12-13 下見開始
さあ、待ちに待ったイベント開始日。
最初は、是非ともソロキャンプ……と思ったんだが。
「なしてここにいるとね?」
「……どこの方言ですか?まあ、意味わかりますけど。
きっと師匠は最初ソロで参加するって思ったんですよね。だから、ここに居れば会えるかと思って」
バレテーラ。別に、若い娘たちと一緒にプレーするのが恥ずかしいわけじゃないの。ただ、年長者としての威厳保持のため、わたわたする場面をなくしたいと思ったんです。一度行っておけば、大抵はなんとかなるだろうし、自作品の不具合だってわかるかもしれないし。
で、ここは俺の家だから居て当たり前。広場に人が集まりすぎるとあれだから、そこ以外でも個人の所有地やギルド内の訓練場からもイベントに参加できるから、別に誰かと待ち合わせなんてしていないので、ソロなら邪魔されない自宅からのイン一択だろ。
「明日の10時に広場じゃなかったっけ?」
「もう今日ですよ。だからです。
アクセス制限がかかるくらいにインしないでくださいね。それだけ言いに来たんです」
「……それは、お互い様だな。徹夜するなよ?」
「美容に悪いですからしませんよ。朝ちょっとだけインするくらいにします」
ミル・クレープから忠告を受けた。確かに、生産活動にはまると色々と忘れる俺には必要なことだろう。まあ、いい気分とは言えないが、実績があるから反論しようもないし。
日を跨いだからここからの3時間ダイブは翌朝きつい。精々、2時間。そうなると、1泊2灯でキャンプだな。簡単に各種道具を使ってみて、今後の改良の参考にするくらいしかできそうもないが、それだけできれば十分にも思う。
弟子に見守られつつ、不肖の師匠として、いざ。イベントへ!
やってきましたイベント会場。
はい。見渡す限りの木です。林です。森です。右を見ようと左を見ようと、それなりに太い木に囲まれた小さな広場。それが、イベントのスタート地点。うーん。まあ、なんとかテントを4つくらい張れそうかな。その場合は、料理する場所も何もないけれど。
目にした中で一番太い木の前、良さげな枝の下にテントを張る。あ、これ。思いのほか重労働だわ。ステータス上がってて助かったな。
それなりに丈夫にしないといけない骨組みは、木製でそこそこ太い。革も現代のテントにあるような物とは違い、分厚い獣の革だ。一面毎に分けたとしても、決して軽くはない。今後のことを考えると、もうちょっと薄手の革がないか、骨組みに使える軽いものはないか考えないとな。
幸い、手ごろな大きさの石と乾いている枝はすぐに見つかり、簡易かまどは問題なく作ることができた。ここまでやるだけで結構な時間がかかり、そろそろ辺りが薄暗くなってきた。森の中だと日が暮れるのが早いな。
まだ日が出ているうちに軽く見回りを……って思ったけれど、飯の準備をしないと。暗い中で準備からするのは勘弁です。
拾い集めた枝が乾いていることを確認して、火をつける。網や鉄板は、最初から試すのはやりすぎだろう。まずは、一人用鍋も可能な深めなフライパン。オリーブオイルとニンニクがあれば、アヒージョができる深さだ。……うん。リアルでも作ったことはありませんよ。
以前試しに作ってみた自家製ベーコンを削ぎ切りして炒める。うーんいい香り。出てくる油で揚げ焼きになるベーコンの匂いは食欲をそそります。ベーコン同様持ち込んだ野菜を刻み、フライパンへ。パチパチと中の水分と油が喧嘩する音がまたたまりませんなぁ。
匂いと音は、おいしい料理に欠かせない要素……あ、やばい。
「……」
耳を澄ましても、聞こえてくるのは長閑な虫の鳴き声。時々遠くから鳥の歌が聞こえてくる。
生命の音に満ちた静寂の中、ひとしきり油の独演会を息をひそめて聞き続ける。しばしそのまま待ってから、大きくため息を出した。ふぅ。失敗失敗。
ここはイベント会場。スタート地点はセーフティーエリアって可能性もあるけれど、どこから魔物や獣がやってきてもおかしくない。だからこそ、テントの背後を木で守る形で位置を決めたくらいだ。それなのに、匂いや音が原因のエンカウントの可能性をすっかり失念していた。つーか、料理が思いのほか美味そうで楽しくなっちゃったから失念してた。
スタート地点はセーフティーってことはないだろうけれど、最初っから敵が襲い掛かってくるほどの鬼畜設定ではなかったようで、とっても助かった。
さて。気を取り直して料理の続きだ。仕上げに取り出したる薬草と魔力草。今回はこれを青菜として使ってみようと思う。薬にするくらいだから、食べられるだろう。味の保証はなくても。
「念のため、少しずつ試そうかね。遠火で温めたパンを割って……っと」
薬にした時からあまり草臭くないって思っていたけど、元々そんなに特徴のない味なんだな。ほうれん草よりも癖がなく、こんな炒め物だけでなくスープの具材としても問題なさそう。
食感だけは、もう少し柔らかい方が食べやすいなって思ったが。
あんまり食べたって話を聞かないが、よくよく考えれば一束いくらの金になる存在。趣味でもなければ食べはしないだろう。ちなみに、やわらか草とかはまだ自分的には貴重なので、俺も食べようとは思いません。
「後は、マットと枕か。どっちも好評だったから楽しみだな。あ、その前に罠仕掛けないと」
鳴子みたいな、引っかかると音が鳴る仕掛けを、テントを中心とした範囲に二重に仕掛ける。ソロで森の中キャンプをするなら、これくらいは最低限しておかないと。……なんて言ってるが、野営のことを知ったセバンスに、是非ともと言われて用意したものだ。聞いて納得、冒険者ギルドで取り扱っている、メジャーな商品とのこと。
知らぬ間に死ぬってのだけは、誰だって避けたいのだ。
ではでは。おやすみなさい。