12-9 次のイベント
気が付けば、セックから帰ってきてからけっこうな時間が経った。実際の季節も、ゲーム内でも夏本番はすぐそこだ。
日頃この作業小屋に引きこもり、各ギルドや図書館くらいにしか出かけない俺だったが、体感気温以外にも季節を感じられるものがある。青々と茂った庭の畑の薬草や魔力草だ。日の出も早くなり、日の入りも遅くなった。ステータス上で時間を確認しなくても、体感的にわかる。
そろそろ、次の新規参入プレイヤー向けのイベントが企画されるんじゃないかな。特に、夏なんだから学生向けに……って、このゲームは学生には参入障壁が高いか。でも、夏らしい海イベントとか山イベントがあるかも。
ちょうど、追加販売のニュースも出てたし。
「そろそろ次のイベントがあってもおかしくないな」
「そーですね。まあ、あるとしてもいつもと同じじゃないですか?インスタントダンジョンと経験値増加、ドロップ率アップくらいで」
「いやいや。きちんとしたイベントがあっても良いんじゃないかな?ほら、夏だし」
「……そういえば、最近公式を見てないです。
あ、もしかしたら念願の水着イベントかもしれませんよ?」
「この辺りには、海も湖もないがな。さすがにそれはないだろ」
それに、今はまだ十二分に機械が行きわたっていない。水着だなんて、参加プレイヤーを増やせるPRイベントは次回まで取っておくんじゃないかな?
まあ、ほとんどのプレイヤーは顔やら体型やら弄っているから見せることに抵抗が少なく、要望があったって可能性もないわけじゃないが。
うーん。他に夏らしいイベントか。花火や祭り?祭りは秋で収穫祭があるか。海じゃなければ山?っても、ほぼ自然の状況で山ってのもなぁ。
そう考えていたら、公式サイトを確認したミル・クレープが声を上げた。
「あ、キャンプイベントみたいですね。夏らしく。
ほうほう、7倍速で3時間……へへぇ。あ、これならまったり組も楽しめそうですね」
「キャンプかぁ、それはそれで面白そうだな」
話を聞くと、イベント専用別空間の森の中でキャンプするイベントらしい。時間認識をずらす仕組みがあるらしく、3時間で2泊3灯が体験できる。1時間で1灯。つまり、通常3倍の時間が、さらに7倍ってことだ。何やら新方式らしく、脳への負担はないとのこと。うーん。技術革新ってすごいわ。
イベント期間は2日間。何回でも入れるが、ランキングスコアは自己ベストのみ。まあ、この辺りは当たり前か。パーティーでの参加も可能で、アイテムの持ち込み数が制限される。そこには、装備類も含まれるってことだから、なかなかに厳しい。
……つーか、獣だか魔物だかわからんが、やっぱり敵が出るか。討伐数によりポイントと。で、持ち込めるアイテムはインベントリに入る数のみ。それで、装備していると1つが1枠使ってしまうとのこと。そこだけが注意だな。すぐさま襲われることはないだろうから、みんなして袋に入れる、初期服だらけのイベントになりそう。
「広場のほか、自己所有物件内などからでも参加できるみたいですね。あ、装備品として設定すると、着たままでも問題ないみたいです。その分、インベントリを消費するみたいですけど」
「そりゃそうだろ。そうじゃなければ、初期服着たプレイヤーであふれるぞ。
……でも、ハイスコアを目指すプレイヤーは、袋に入れて枠の消費を抑えるだろうな」
「時間終了、死亡、棄権で終わりだそうですよ。その時点で持っているアイテムや成果でポイントが付くみたいですね」
「時間が長いほど追加でポイントが付くんだよな。持ち込んだアイテムもポイントになるのか?」
「……向こうで入手した物、作ったものですね。道具はどっちでも、使った全素材が持ち込みだとポイント化されないので注意ですって。
一つでも入手素材を使ったら問答無用でポイント化ですか。そうなると、レアな素材とかって持ち込みづらいですね」
「ランキング上位を狙う時にだけ持ち込まないと無駄になりそうだな」
「えっ。師匠狙うんですか?」
「狙う訳がないだろ、めんどくさい。
それよりも、せっかくだからキャンプ道具作って、キャンプ体験だな。えっーっと、まずはテントだろ、布団に、忘れちゃいけないバーベキュー用の網。他には……」
「……キャンプの経験はあるんですか?」
「昔、参加したなぁってレベル。ま、寝るとこと、調理器具があって、必要なものを作れる設備があればなんとかなるだろ。リアルじゃないんだし」
「キャンプイベントらしくモンスターとか倒すと食材が手に入るみたいですし、水は水魔法がありますからね」
「だな。じゃあ、必要なものを書き出して、順に作ってみるかな」
「えっと、師匠?」
メモ用の羊皮紙を探し始めた俺の背中に、ミル・クレープが問いかけた。
振り向くと、ちょっとだけ迷った表情をした後に、口を開く。
「一回くらい、一緒に参加しましょうよ。一緒の冒険が難しくても、これくらいなら良いじゃないですか」
「……どちらかと言うと、そのお願いはこっちの台詞だろ?俺と違ってお前はパーティー組んでるだから。
セックの件では世話になったからな。メンバーに聞いてみてくれ。お礼がてら、必要な物品をこっちで用意するから」
「物品ですか?」
「回復薬とか、キャンプ用品。戦闘補助できるようなものはあまりバリエーションがないな。食事系ならいくつかあるが、せっかくのキャンプだから自炊だろ?食べたいものがあるなら材料を集めてみるぞ。
ま、初っ端から一緒ってことはないだろうから、それまでで必要だと思った小物類があれば、あらかじめ言ってくれればできるだけ作るぞ」
そこそこ長い移動時間を使ってセック防衛戦に協力してくれたんだ。それくらいは協力したい。……別に一緒に参加が無理でも、お礼の品は渡すし、新しい物作れるならそれだけで嬉しいから、無理強いはしないようにミル・クレープによく言っておかないと。
変に気を回されてもお互いに困る。
その話を聞いた彼女は、ちょっと困った風に笑う。
「私もそうですけど、野良パーティー組むことは結構あるんですよ。一人、二人だけお初の人ってことも何度か経験してます。
師匠が言うほどには誰も気にしてませんよ」
そですか。……でも、女子高生に一人異物として入るこっちは気になるんですよ。
今、俺に求められているスキルは、空気化に違いない。