閑話
「早朝にごめんね。でも、良い話だったから」
「確かに良い話よね。騙されてるんじゃ……はいはい。違うのね。判ったからそんなにむくれないでよ」
「ぷぅ~。むくれてませんよぉ~だ」
「ごめんって。ほら、お詫びにこれ」
「……うわぁ。可愛い。
もしかしてこれって」
「作ったのよ。手芸にちょうど良い革が手に入ったから。
でもやっぱり難しいわね」
趣味の手芸は健在か。学校でも休み時間にチクチクしてたもんね。自分の机から動かないから、自然とみんながそこに集まって……楽しかったなぁ。
私なんか、木を触っていてもまるで現実と同じって思うほどだけど、ちーちゃんには違うんだろうか。このゲームの触感に違和感を覚えるほどに革を触っていることを驚くべきか、そこまで行かないと違和感がないこの体感に驚くべきか。まあ、リアルとの違いに気が付けなかった自分に凹むべきよね。
でも、ちーちゃんは、まったく違った感想だった。
「市販されている革や道具がどれほど洗練されているかが理解できたわ。
なんと言うか……そう、積み重ねてきた人の営みってすごいのね」
「あ、そっちね」
「え?どっち?」
「ああ、いや、別に……あ、そうそう。スキルならアシストがあって簡単にできるんだって。知ってた?」
「……今更何言ってるのよ。ミルだって【木工】持ってるでしょ?」
「あれ?そう言えばそうだ。どうも忘れちゃうな」
パッシブスキルって意識して使わないからどうも存在を忘れがちになっちゃうな。勉強を兼ねて、スキルアーツを使わないで、一から工作してるし。どれだけ効果があるか実感がないからなぁ。
でも、師匠よりもましだよね。あの人は、絶対にスキルの存在自体を忘れてる。それくらいに技術ばっかり……あれ?でも、【錬金】使うって言ってたっけ?あと、【水魔術】も。実はスキル活用してるのかな?
使っているところ見たことないけど。
「ちーちゃん。スキルってちゃんと活用してる?」
「どうしたのよ急に。そんなの当たり前じゃない。無ければ、魔法なんてどうやって使うのよ?武器だって、正しい持ち方すら知らないわよ。
そういう貴女は……使えてない自覚があるのね」
「戦闘系は使ってるけど、【木工】は実感がなくて。ほら、私アーツ使わないでしょ?」
「アーツだけがスキルの効果じゃないでしょ。木を扱いやすくなってるんじゃないの?よく聞くわよスキルの恩恵」
「……簡単に持ち運べたり、作業がしやすくなってはいるけど、ほら、ステータスがあるし。最初と比べると、筋力も器用力も倍近いもの。そっちの影響だと思うのよね。持ち運びはインベントリだし、スキルの効果って言われても」
「そう言うからには、【木工】の効果はきちんと調べたの?……調べてないんでしょ?
はぁ。スキルアーツも。最初っから全部手作業でって言ってたものね。もしかして、自分のスキルレベルすら、把握してないんじゃない?
……まだみんな揃うまでにちょっとあるわね」
そういうと、ちーちゃんは中空を見つめて、細かく手を動かし始めた。たぶん、何か調べているんだと思う。
幼馴染のちーちゃんは私のことをよくわかっていらっしゃる。でもさぁ。スキルレベルとか気にしなくなってもしょうがないと思わない?最初スキルの説明文を読んだけど、【木工】なんて、木での工作に長けるとしか書かれてなかったのよ。他のも似たかよったか。運営さん手ー抜きすぎじゃないって怒ってたのちーちゃんじゃない。アーツの習得はメッセージが届くのも、気にしなくなる理由の一端を担っているよね。
あーあ。スキル選び失敗したかな。最初っから自分の手で物作りするって決めてたんだから、何も【木工】なんて取らなくてよかったじゃん。そういえば、スキルレベルいくつだっけ?スキルレベルの確認なんて最初だけしかしてなかったから、えーっと、たしかここのこっちで……あった。ステータス。
もっとこまめに確認した方が良いのかもしれないけれど、スキルの派生も進化もまだ先だもんね。わざわざしなくても、スキルアーツ覚えたらメッセージ出るし、レベルアップの時のステータス分配もショートカットでできるから、わざわざ確認するの面倒なんだよね。あ、結構上がってる。
あれ?
スキルレベルって、こんな表記だっけ?
「今調べた範囲だと、生産系のスキルは、関連している道具と素材の取り扱いに補正がかかるみたいね。まあ、当り前よね。目に見えて違いが判るにはそれなりのレベルにならないとダメみたい。
同じことを繰り返しても大してレベルも上がらないみたいね。これは先に進みなさいってことね」
「あーうん」
「何よ、気のない返事ね……って、どうしたの?」
「あ、うん。
ねぇちーちゃん。私の【木工】なんだけど、確認したらレベル5なの」
「……変なくらい低いわね」
「うん。でね、その横にカッコ10ってあるんだけどなんだかわかる?
他のには無いの」
「うーん。聞いたことないわね。調べてみるけど、そっちでも何か操作できないかやってみて?」
「はーい」
えーっと、特に説明文を見ても詳しく書かれているわけじゃない。最初と同じ文言のままだ。スキルって変更できないからもっと考えるべきだ……あれ?動く?
いわゆるパソコンでのドラッグ的にすると【木工】だけが動かせる。他のは無理なのに。って理由はこれよね?この括弧内の数字。こんなのがあるの【木工】だけだし。
うーん。でも、動かせるけどそれだけよね。どこで放しても元の位置に戻……ってうわっと。手がすべ……あ、【木工】なくなってる。ど、どうしよう。
「ミル。どうしたの?大丈夫?」
「も、【木工】なくなっちゃった!」
「は?……詳しく、詳しく説明して」
ちょっとパニックになりながら説明を試みていると、気が付けばみんなが集合していた。結構な時間が経っていたみたい。ちーちゃんだけでなく、みんな心配してくれたし、いろんな予想が返ってきた。スキルの廃棄ができたとか、外せるようになったとか。【木工】以外じゃできないし、みんなもできないので確認のしようがな……え?
「だから、スキル取得の項目を見てみたらどうですか?廃棄したとしたらまた取得可能になっているはずです。再取得するにしても、優遇措置がある可能性が高いですよ」
「それよりも、技術だって。ミルはあれだけ作れるんだから、絶対にタブが出現してるよ。
スキルがなくなったって、そっちは残ってるに決まってるよ!」
「そうね。ミル?二人の提案を確認してみてくれない?もしかしたら、大発見かもよ?」
「う、うん」
興奮しているユキチーとサキチーを軽くあしらい、笑顔で簡単な確認を促してくるちーちゃんに感謝。ちょっと落ち着けた。
ステータス画面を見慣れていない自分じゃわからないことも多いから、みんなに見てもらおう。
でも、前ちーちゃんに聞いたのと状況が同じなら、外せないはずのスキルを外すか消すことができたってことでしょ?大発見よね。さっきまでのパニックとは違って、興奮で心臓がバクバク言ってるわ。
「そうだ。ステータスって他の人に見せられるよね。どうやるんだっけ?」
「ステータス画面左上の歯車ボタンから、変更できるわ。一度閉じたら自動的に自分のみに変更になるから心配いらないわよ。
あ、パーティー限定にしておきなさい。余計なトラブルになるから。
さ、見せて」
「はーい。あ、ユキチー。セバンスさんに全員揃ったって伝えてね。準備ができたら出発だよ。
ちゃっちゃかボスを倒さないと。学校さぼるわけにはいかないでしょ」
スキルもそうだけど、セックにも行けそうだし、なんか色々新しい出会いがありそう。
うん。これから大冒険が待っている予感。よし。楽しむぞー!
11章はここまで。
次回の更新は……がんばります。