11-16 未来へ
「面白くとも何ともなかっただろう?ただの昔話だ。
思い入れが強ければ強いほど、挫折した時の痛みもある。それを乗り越えられてこそ、夢への道が開けるんだろうな」
時には思う。焦らずに、腐らずに、ひたすら進むことができていれば、と。でも、時計屋として生計を立てるのは難しいと、そのたびに現実がささやきかける。
俺には無理だった。その言葉は飲み込んだ。そこまで強い心を持って歩めなかったのは俺の、俺だけの責任だ。自分の人生だからな。
大人になってそれがわかっても、遅いんだが。
たしか、ミル・クレープも宮大工になろうとして諦めていたはず。女性には狭き門であることと、家族の反対。一筋縄ではいかない道のりだ。彼女から見たら、ありうる未来の一つの結果が俺である。
このままいっても俺みたいにはならないかもしれない。でも……また違った形へと進んでくれるのであれば、とてもうれしい。そんな気持ちがないとは言えない。自分にはできなかったことを、後進には成功させてほしいって考えるのは年長者のエゴだろうか。
「……なんと言っていいか」
「いい。いい。別に感想はいらないさ。褒められるような人間じゃないってことだな。どこにでもいる、挫折を経験した人ってだけだ。
ま、だからってどうこうしたいとは思わないんだが。こんな自分との付き合いも長いもんでな」
「……」
「人ってのは感情の生き物だからな。なかなか難しいんだが、良い人がやろうが、悪い人がやろうが、良い事は良い、悪い事は悪い。本当はそう判断すべきだと思う。
だから、余計な事情は横に置いて判断してほしい」
「……判断?」
あ、何の話だか忘れた顔だな。そうだよな。急に昔語りが始まったんだもんな。
もともとは、俺からの依頼を受けませんかってところから流れたんだよ。
「護衛。君らの友人一同でセックまでの乗合馬車を護衛しないかって話。昔話はただの脱線だろ?
依頼を受ける気があるなら、セバンスに言ってくれ。冒険者ギルドにも出す予定なんだが、そっちよりも融通を聞かせるぞ。あ、ギルドへの手数料が要らない分だからな。そう言う意味では身内価格か?」
知り合いだから優遇したって表現の方が良いのか?
どっちにせよ、どうせ賭けるなら知人にお願いしたいもんだ。知らない人に成功を付託するってのはやっぱり、ね。
あ、ミル・クレープが笑ってる。うん。さっきよりもちゃんとした笑顔になってる。納得してくれたのかな。それにしても切り替えが早いな。これが若さかね。
「スキル枠ゲットを考えると願ってもない話ですね。みんなに連絡してみます」
「おっ。成長したな。仲間の都合もあるからな。
まあ、予想では今晩には迷宮崩壊が起こる。行くなら早い方が良い」
「今晩ですか?よくわかりますね」
「ほら、ゲームとして考えるなら、平日昼間にそんなイベントは起こさないだろ?ただ、日数的にはそろそろだからな。明日までは持たないだろう……つまり、結論として今晩って訳だ。
ありえそうだろ?」
「そうですね。
あ、そのお話受けますね。今みんなから返事が来たんで」
「うーん。使っているところを見ると便利だな、その機能」
「あれ?師匠は使ってないんですかメール」
「あるのは知ってるし、時には送られてくるけど、積極的には使ってないなぁ。なんか味気なくて」
もちろん、仕事ではメール使ってますよ。必須の機能です。でも、何となく、こっちの世界観を崩すんだよなぁ。
俺の言葉に、ミル・クレープは大袈裟なまでに頷いた。
「わかります。よくわかります。下手に鉋をかけるよりもスキルで切った方がきれいにできるのが嫌なのと同じですよね。
結構いるみたいですよ、そういう人。攻略じゃなくて楽しむ派に集中しているようですが」
「……そうか?まあ、そうか。一定層はいるわけか。そうだよな。
まあ、それはさておき、集まったらセバンスにひと声かけてくれればそれで大丈夫だ」
「えっと、協力することを伝えておかないとでは?」
「セバンスのことだ。すでに準備が終わってるさ」
今頃、作業小屋の前に初心者回復薬の詰まった箱がいくつも重ねられているはず。彼なら、間違いなくやっている。っても、元々依頼を出してどこかのプレイヤーにお願いする予定だったからな。馬車の護衛兼空きインベントリを使った輸送。
小遣い稼ぎとして今後採用されるならうれしいな。あまりセックに行く馬車の護衛は不人気な依頼らしいから、これを機に変わってほしいものだ。
「じゃあ、集まったらセバンスさんに話をしますね。
それまではここを使わせてくださいね」
「おう。好きに使え。
素材は持ち込みでな」
「もちろんです。あ、ボス戦についても話してくださいよ。
『名無し』の方々と一緒に行ったんでしょ?攻略組最強との呼び名も高いプレイヤーの戦い方に興味があります」
「他人の戦い方を聞いたって参考になるのか?」
「参考になんかなりませんよ。だって、プレースタイルが全然違いますもん。ただ、聞いたら面白そうだなって」
「そうか。まあ、別に話してもかまわないって言われてるから良いか。手に汗握る戦いを伝えられるかわからんが、文句は受け付けないぞ?
それじゃあ、チーム『名無し』の大活劇。始まり始まり……」
「……師匠は?」
「大人しく聞いてなさい。ほら、手も止めない。時間は有限だぞ。
……細かいことに拘るなぁ。そもそも俺は活躍してないし、自分で自分の話をするのは間抜けすぎるだろ?話の流れで必要なら出るから気にするな。
んじゃあまず、草原に出たところからだな……」
あと登場人物紹介(簡易)と閑話で、この章は終わります。