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生産だって冒険だよね  作者: ネルシュ
世界は続くよどこまでも?
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11-15 過去

 昔。時計屋さんになりたかった。動きの止まった大切な時計を、魔法のように蘇らせる。そんな時計屋に。


 祖父が時計屋をやっていたんだ。別に歴史ある店ってわけじゃなかった。そりゃそうだろ?江戸時代には時計屋なんてないんだぜ。どんなに古くたってたかが知れてる。曽祖父が始めたらしいが詳しくは今はどうでもいいな。続けるぜ。

 俺が持っている一番古い記憶は、直した時計を愛おしそうに見つめる祖父の笑顔だ。あとは、預けていた時計を受け取りに来たお客さんの喜びよう。たぶん、小学校に入る前だろうな。自分の年は覚えていないのに、二人の笑顔と、古い腕時計は今でも思い出せる。

 子供ってのは単純だよな。自分もああなりたい。自然とそう思った。小学校の時は、来る日も来る日も時計を分解しては直してたっけ。……ああ、もちろん友達ともきちんと遊んだぞ?ゲーム機のせいで外で遊ばなくなったって言われていた世代だからな。

 ん?今も言われているのか?……まあ、紀元前から今どきの若者はって言われていたみたいだから。

 話を戻すぞ。祖父を見ていたからか、自然と、将来の夢は時計屋。ものづくりに関する仕事をしたいって思っていたな。父親も同じだったんだろうな。時計屋は継がなかったけれど、町工場を立ち上げて、今でも元気に励んでるよ。それなりに儲かってて、跡継ぎもいるから、まあそっちは安泰だな。

 自分の中での目標は、目の前にいる祖父だった。でも、どうしても同じにはできない。そんなこと、中学に入ることにはわかるし、納得もする。経験が違うってね。これから腕を磨けばいい。当たり前のことだ。

 でも。でもな。やっぱり自分の立ち位置って気になるだろ?思春期真っただ中ならなおさらな。

 調べたんだ。調べちゃったんだよな。他の人ってやつを。

 自信があったんだぜ?何せ、毎日時計の分解から組み立てまでやってたんだ。細かい作業が得意で、忍耐力と集中力がある。祖父には及ばなくても、それなり以上にできてるつもりだった。


 ……まあ、つもりでしかなかったんだが。

 もちろん、テレビに出るような天才もいた。ほら、いわゆる天才中学生ってやつだ。当時は、たしか、紙で電車作って紙のジオラマで走らせるのをやってたな。でも別にその天才と比べたわけじゃない。

 その時見つけた、手作りでオリジナルの腕時計を作るような、世界的職人が作業風景を公開していた映像は、まだたぶん家に残ってるんじゃないかな?自分のバイブルとして、見る用と保存用でDVDにした記憶があるぞ。

 そんな中見つけたのが、素人が難しいことに挑戦する動画だった。言わなくてもわかるよな?手巻き時計の分解組み立てだよ。最初に見つけたその動画は、だいたい1時間で完成してた。感動したし、うれしかった。デジタル時計が当たり前の時代に、わざわざ手巻き時計を取り上げてくれたんだ。しかも、自分の好きな分解組み立てをしてるんだぜ?俺は知らなかったんだけど、やった人はそこそこ有名だったみたいでな。それでちょっとしたブームになって、いろんな人が挑戦して映像を公開してた。片っ端から見たよ。楽しかった。素人が不慣れな手つきで、でも、一生懸命に手巻き時計を分解して、組み立てていく。中には、一生触ることができないくらいに高級なものもあったし、プロ顔負けの手つきのやつも、失敗してたのもあった。

 そんな中気づいたんだ。気づいちゃったんだよな。素人のはずの彼らと、自分の作業時間とほとんど変わらないってことに。


 それまでは、自信もあったんだぜ?何せ、何年も日課にしてたんだ。少しずつ完成までの時間も短くなってた。自分は成長している。本当にそれがうれしかった。いつの日か、祖父を超える。そう思っていた。……それがまあ、初めてやる人と同じなんだ。どれだけ不器用なんだよって話だよな。

 風邪ひこうが旅行に行こうが必ずやっていた日課なのに、その晩は触ることもできなかった。……今思えば、それがいけなかったんだろうな。

 まあ、これが切っ掛けになって、自分の不器用さを自覚した。そっからが大変だったな。落ち込んだり、葛藤したり、悩んだり、吹っ切ったり、また落ち込んだり。下手したら、絶望から自殺してたかもな。他人には馬鹿らしいかもしれないけれど、俺にとっては、それくらい大事件だった訳だ。


 最終的には、時計屋になる夢を、ものづくりの夢をあきらめた。決めたのは自分だ。後悔していないって言ったら嘘になるが、納得はしている。日常生活をするには何の問題もないが、それを商売にするってのは難しいだろうな。何年も訓練してあれだけかかる。他の作業時間を考えれば、生きていけるほどの収入にならんだろうから。

 堪らなかったのは、それを告げた時の家族の目だな。さすがに無理だってわかってたんだろうな。そうかとしか言われなかった。でも、な。あの、何とも言えない目で、二度と見られたくない。そう思ったな。慈しみと、悲しみと、諦めと、納得と、寂しさと。色んな感情がごちゃ混ぜになったあの目で。

 この時からだな。臆病なほどに優しくなったのは。自己評価が低い?高くなりようがないだろ。自虐的?傷つきたくないだけの予防線だな。

 どこにでもある話で、よくある結果さ。挫折して、中途半端に立ち上がった。それでできた結果が今の性格なわけだ。人生の半分以上これで生きている。今更変えられないし、変えたいとも思わない。それがトラブルの原因になったとしても、死ぬまで騙し騙しやっていくだろうな。自分のことだからよくわかる。


 ……大人になるとな、自己分析はできるようになるんだ。でも、変える、変わることが難しくなる。そのことは覚えておいても損はしないかもな。

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