2-3 取り決め
明日月曜は仕事だけど、水曜は休める。木曜に須佐見へVRを渡すのを忘れないようにしないと。
夕方までに、洗濯、食事、買い物、掃除と一通りの家事をこなす。独り暮らしは楽だけど、手を抜いても他に誰もしてくれないから、こういうときは実家暮らしがうらやましい。
では、ダイブしますかね。
ダイブした瞬間、目の前にメニューがあった。
『運営からのお知らせ(臨時メンテナンス)』
読むと、時間設定の変更だった。
現在は、異世界は一日24時間、一週間5日、一ヶ月30日、一年十二ヶ月360日となっている。体感が3倍だから、現実の8時間で日が変わる。
いつも同じ時間にしかアクセスできない人から、昼(夜)も経験したいと強い要望が出たので、1日を21時間にするが、一ヶ月30日(5日で1巡)、一年360日は変わらない。現実だと7時間で日が変わり、105日で一年となる。 こっちの1月1日0時に向こうの1月1日0時を合わせて、現実とのズレはメンテナンスとイベントで調整するらしい。
サービス開始早々でなければできない大型変更だ。
それに併せて、時計アラームの追加や細かいバランス調整も行われる。来週土曜のオープニングイベントは予定通り。
臨時メンテナンスは火曜の12時~18時か。再開時は0時になるようだ。
つーか、イベントが予定されてるのは初めて知った。
時間関係が変わるなら、現地時間だけを表示して、後はアラームにするかな。
【英雄歴263年春3月9日12:37(6月5日18:12)】
今日も初心者回復薬を作ろうか。
その前に、スキルはっとあれだけ作ったのに、【薬剤】は1上がっただけか。【水魔術】も1しかあがっていない。なによりも、【鑑定】のレベルが変わっていないのは残念。
レシピは、お、増えてる増えてる。
初心者回復薬も(小)(中)(大)で別になってるし、(小)はその中にさらに2つある。毒草バージョンが追加だな。
メンテナンス後は、レシピの横に1回作ると星1つ、そこそこ作ると星2つ、沢山作ると星3つがついて、どれだけ作成したかが一目でわかるようになるみたいだ。
生産から要望があったんだろうな。そのうち、作成数が表示されるんじゃないかな。
他には、料理に干し肉と野菜のスープ、干し肉スープが追加。これで料理は計3つだ。
室内設備で未鑑定で残っていた5つを“鑑定”すると、ゴミ壷だと思っていた物が高価な魔法道具だと判明した。
魔力分解の壷 毎時容量の5%分の物質(非生物)を魔力に分解し周囲に放出する特殊魔法が込められた壷
だから、ゴミを入れておくと無くなるのか。その効果に敬意を表して塵壷と呼ぶか。
この離れにある魔法具はこれと照明だけ。どちらも起動時に魔力をちょっと消費するだけで使える、使い勝手の良い日用品だ。落ち着いてから店に向かうと、店内はそれなりに落ち着いていた。
「遅くなりました」
「ああ、丁度良かったわ。冒険者ギルドから薬草を持ってきて」
挨拶もそこそこにお願いされた。
またダッシュで受け取りに行く。
なぜか受付にいたギルド長から、たまには訓練に来いと言われた。
はい。私もそう思います。せめて、【短剣】と【回避】、それに【夜目】を鍛えるなら【投擲】も併せて学びたい。そう。あこがれの忍者プレイだ!
「それはそうと、常時依頼の薬草の受け取りをお願いします」
「そか。じゃあ、ちょっと奥でええか?クリス、後はよろしゅう」
連れて行かれたのは奥の倉庫。
大きな袋が積まれている。嫌な予感がするねぇ。
「あれは全部薬草。一袋に100枚で6袋ちょっとや。
制限無しの常時依頼やと、たまにこんな事があるんやよね」
薬草は他にも必要としている店があるから、普通ならそっちにまわす。もうけは少なくなっても、立ちゆかない店ができるよりはよっぽどマシって判断らしい。
今回は、他の店にも最大限受け取ってもらった上で、650枚以上余っているとのこと。
「あー依頼にしたのはうちなんで、こっちで引き取りますよ」
必要なら他にまわした分もって話は断られた。もう取引が終わってるから良いらしい。
ただ、一回では運べないから、何度か往復しないとだけど。
「助かるわ。これだけあると支払い滞るて泣きつくのもおるし。依頼は取り下げやろ?」
「うーん。個人的に100枚までなら毎日買いますよ。確か数日は持つんですよね?」
それだけ余裕があれば、【錬金】のレベル上げに使える。
費用は、初心者回復薬の売り上げでまかなえるし、一石二鳥だ。
「はー。なんか心配して損したわ。それやら100枚までで依頼にしとくで。
……持つってゆうても6日、いや作ったもん売ること考えたら1巡(5日)が限度やと思いぃ。無理や思うたら早めに言うんやで。言わんと腐らせても請求はさせてもらうからな。
ほな、早う運んでな。袋はサービスしたるわ」
今空いているインベントリは2つ。依頼金4,550Gは先払いさせてもらった。よかった、これで手持ちのお金を減らせた。大金持っているとなんか怖いし。
ダッシュで往復するか。
荷物を離れの隅に置き、インベントリの中は財布が入った袋と薬草袋7だけとなった。
はい。運んでいるうちに空いてた袋が一杯になりました。端数は他店にまわすとのこと。
ポム店長はその数に驚いていたけど、今日も既に(小)を100個作って完売している。午前中だけで今までの2日分の売り上げをたたき出した訳だ。
なんとポム店長は初めて作ったってのに作成失敗をしていない。さらには5割増しの時間でまとめて3つ作る技が使える。【薬剤】のアーツ?らしく、“少量生産”と呼んでいるそうだ。
たぶん、というか間違いなく、上位アーツに“中量生産”と“大量生産”があるよな。
とても疲れるらしく、連発は難しいという。
つまりは、ポム店長はMPが少ないので30分で1回と多用はできないし品質が落ちるみたいだが、効率が向上するアーツが使えるってことだ。効率が向上するなら文句はない。それはともかく、【薬剤】レベルいくつなんだろう。
俺も早く使えるようになりたいな。
早速、俺も(小)作成に。うーん。こうなるとMPがネックだな。レベル上げもしていないから、現在のMPは24。忙しいほど“クリエイトウォータ”は使えず、販売のために“鑑定”での消費がメインとなる。
売り物だから、少なくとも品質と効果は確定していないとだし。
そのために、井戸から水を汲む時間が発生して思ったよりも作成に時間が掛かる。まあ、現実に比べればものすごい早さなんだけどさ。
1時間あたりの作成は30個。今日は9時間以上ダイブしているから残り2時間ちょっと。こっちでは7時間ってところか。
210個も作れるな!……計算してて嫌になった。
でもまあ、作る端から売れてぐし、薬草も消費しなくちゃだから。500枚ほど余るけど。
水を汲んでは運び、運んでは作り、作っては鑑定し、鑑定しては店に出し、店に出しては売り、売っては水を汲みとエンドレス作業。
5巡目に突入した時、おかしなことに気がついた。
作成した初心者回復薬(小)の説明文は???のままだったが、品質と効果が確定情報になっていたのだ。
通常、初めて見たものは名称、品質、効果、説明が???となる。俺にとってスライムの核がそうだった。最初は「草?」だった薬草がいつの間にか「薬草?」になっていたから、理解度によって変わるシステムなんだろう。
でも、効果とかまで確定しているのは初めてだなぁ。それだけ沢山作ったってことか。
いくつか作成して確認してみても状況は変わらない。まあいいか。“鑑定”にMPを消費しない分“クリエイトウォータ”に割ける。水汲みが減ってラッキーと思えばいい。
そう思ってガシガシと作成していると、ポム店長が呼びに来た。まだ日は高いけど、何かあったかな?
「お疲れ様。今日はもう閉めたから、みんなで食事にしましょう」
もう薬草がなくなったらしい。今日は閉めて、夜のうちに明日の商品を用意するとのこと。
「あ、はい。切りの良いところで終わりにします」
雇い主のお言葉に甘えて、10個作って終わりにする。これで、残りの薬草は500枚。自分で使ったのは120枚でポム店長に渡したのが80枚だ。
「おう。大変だったな」
「あれ?なんでこんなところに」
「やっぱり気づいてなかったのね。昨日今日と手伝ってくださったのよ」
食卓にはすでにトルークさんが座っていた。
詳しく聞くと、昨日の昼頃にお客がひっきりなしに出入りしていることに気づいて、仕事終わりに手伝いに来てくれていたらしい。
全く気づかなかったが、主にポム店長が作った(小)の“鑑定”をしていたみたいだから仕方ない。ほら、会わなかったし。
で、今日は非番なので朝から。ポム店長用の水汲みや“鑑定”、店番が担当だった。何度かすれ違ったみたいだけど、声をかけそびれたらしい。
鬼気迫る表情だったと笑っていた。いや、笑えませんから。
ちょうどいいや。“鑑定”について聞いてみよう。
「そう言えば、私が作った(小)の効果と品質がわかるようになりまして」
「あら、おめでとうございます。
まあ、これだけ集中して作れば当然ですね」
「【鑑定】でも似たようなことがあると聞いたことがあるな。見慣れた物は、わざわざ“鑑定”をせずとも理解できるものだ。集中しているほどそうなりやすいとも聞くが、【薬剤】でもなるとは知らんかった。
ふむ。めでたいことよ」
お祝いを言われてしまった。
つまり、一つの品を作り続けたり、“鑑定”し続けると、見ただけで基本性能が理解できるようになるシステムなのか。
所謂経験が溜まったってやつかね。ベテランなら自分で作った物の性質が大体わかるようになると。グリフが言うように、微妙に現実的だね。
「作り慣れると、他の人が作った物もある程度わかるようになるわ。
そこまで行けば一人前ね」
他人の作品もある程度わかるんだ。そういえば、ポム店長も【鑑定】を持ってないのに、俺の(中)を判別してたし。
それにしても、これだけ作ってもまだ初心者→初級者ってところですか。ま、ほんの数日で一人前になられたら立つ瀬がないか。
それにしてもいくつ作ったっけ?初日に1回で、昨日が140回、今日が全部で100回位か。途中で“鑑定”が不要になったんだよな。
えーと、確か111回作成するまではわずかでも経験値が手に入るはず。見てわかるようになるには200回かな。これが、累計なのか、連続してなのかによって全然難易度が違うけど、それはどうなんだろう。
暇になったら(中)でやってみるか。
まあ便利だし、時間当たりの作成可能数が増えたからオーケーってことで。
楽しく過ごせた夕食も終わりとなり、また作成に入ろうと思ったら、一仕事残っていた。清算と今後の話です。
まずは、渡した薬草の代金560G。その後の売上配分で昨日と同じく揉めそうになったが今回はトルークさんが解決策を提示してくれた。事前にポム店長が相談していたらしい。
「レシピの報酬を後で渡すのだから、ポム殿が作成した(小)は薬草代は別にして5Gでよかろう。ただ、お主の要望通りこれはここを手伝っている間のみとする。
お主が作成したものは、ポム殿が(小)15G(中)30Gで買い取れば良い。ギルドへの売値よりも良いし、全額では居心地が悪かろう」
薬草と瓶代をポム店長持ちとした。お互いの妥協点を上手く拾ってくれている。さすがの年の功だ。いつの間にか、貴殿がお主になっている。ちょっとトルークさんが近づいた気がするぞ。
お陰で、本日の収入は4,190G。手持ちは7,102Gと500枚の薬草。グリフ達から貰った素材と道具類になった。初めたばかりなのに、すごい状況だな。
薬草がダメにならないように、今日のうちに使えるだけ使うか。商品に使った薬草代以外にも、余ったらポム店長が引き取ってくれるみたいだけど、毎日冒険者ギルドから納品される分も考えるとそんなに消費できないとのこと。
支払ったのは俺だし、全部引き取って、錬金用にしよう。
その後の2時間弱で消費したのは272枚。
50回(小)を作ったところで、消費効率は(中)の方がいいことに気づいたのだ。
貰い物の初心者魔力薬を5個も消費してしまった。残りは10個。長期保存は無理らしいので、早々に使いきろう。貰った初心者回復薬も売り物に混ぜるつもりだ。
結果、(小)100(中)201(大)1が今晩の成果。
あ、(中)も情報確定になりました。連続作成ではなさそうですが、短期間って制限はありえる。
消費のことを考えると(大)ももっと作りたいけど、今求められているのは(小)だし。
あ、今晩は明日用の(小)を作る予定だったのに。
すっかり忘れていたけどまあいいか。店長にレシピを教えておいてよかった。
『1日の接続制限まで後『15分(現地時間)』です。』
アラートと同時に警告が視界の隅に表示された。
ぎりぎりまでMP消費のため“錬金”で(中)を作る。全失敗。
では、落ちますか。