11-9 あっちも忘れずに
冒険者ギルドでの話は簡単にまとまった。で、生産ギルドでの要件も済んでるし、そろそろ帰ろうか。あ、アークからくる荷馬車に手紙を持って帰ってもらわないと。内容としては、セバンスに事情を説明して、可能であればあっちで余っている薬草類や家で作った薬類もこっちに回してもらおうかな。
そう思って倉庫に戻ってから気が付いた。俺、こっちの字が書けないわ。この間だって、ギルドにお願いして書いてもらったんだから、今回もそうしなきゃいけないのに。マジで忘れてた。
ひとしきりへこんだ後、改めて生産ギルドに向かおうと倉庫を出たところで、救いの神が現れた。
「おや。旦那様。
いったいどうされたんです?」
「ああ、ちょうど良かった。生産ギルドに伝言しようと思ってたんだ」
「それは奇遇ですな。先にこちらに回って良かったですよ。いつもだとギルドに先に伺うんですが、どうも混んでいるようだったので」
そう言いながら、幌馬車の御者台から降りてきたのは、そろそろ中年に差し掛かる男。純朴よりも朗らかとの表現が似合いそうな顔には、穏やかな笑みを浮かべている。うちで雇っているシェールさんだ。
初めは荷物の運搬役として馬車ごと雇われ、現在は我が家の馬丁兼御者として活躍してくれている。本人曰く、ちょうど行商人を引退しようと思っていたので渡りに船だったとのこと。
愛馬のブランと一緒になって精力的に荷物運びをしてくれているのは、本当に助かっている。セックとのやり取りだけじゃなくて、生産物を売りに行くにも素材を買いに行くのにも大活躍とのこと。まあ、思いのほか雇っているメイドさんが多くなって、必然的に出来上がる数も、必要となる素材も大量になるわけだ。自分が向こうにいた時にはインベントリを活用したり、作る当人が必要なものを購入してたんだけど、さすがに無理になってきたからなぁ。
そんなことを考えていたら、シェールさんから爆弾を投げられた。
「ああ旦那様。セバンス殿から前回のお手紙に対するお返事をそろそろいただきたいとの言葉をいただいたんですが……」
「……手紙?」
そんなんあったっけ?
俺のつぶやきに、彼は頷いた。
「ええ。入り口脇の机にある文書箱にいつものように入れましたが、もしかして……」
「いつもみたいに販売数とかの報告だけだと思ったんで。今すぐ見ます」
机を見ると、文書箱には3通の手紙が入っていた。1通目と3通目は薄いが、2通目は明らかに分厚い。こいつだろうと思ったが、念のため、1通目から確認するか。
いつものように売り上げなどの報告と、近況が少し描かれていた。報告の数値からもわかるが、メイドさん達の習作を販売する店舗が中々に好評なこと。生産ギルドが少し落ち着いたこと。ここ最近、冒険者ギルドがにぎわっていること。なじみの冒険者の多くが大量購入した後、来なくなったこと。
……ふむ。時間的にはリアルで昨日の朝、こちらでは5灯前か。シロが言っていた、別の街へと続く門の抜け方がプレイヤーに浸透したのかな?少なくとも、最後の一文に出てきた冒険者はそうして旅立ったと推測できる。冒険者ギルドの賑わいと生産ギルドの落ち着きも、それ関連かな?
どうせ利益はそのまま設備や待遇に還元するから赤字でなければ十分。だから報告書なんてと急いで見もしなかったけど、それなりに情報源になるんだな。通信機器がないとこういう機会に伝えないともったいないって感覚もあるのかもな。……あれ?ゲーム内の住人からもメッセージが届く仕様じゃなかったっけ?
2通目の封を開けながらもメニューを見ると……だいぶ溜まってるな。メンテナンスや更新の案内が大半だ。親しいプレイヤーにはこの機能を使っていないことを伝えてあるからかな。つーか、そもそもメッセージを送り合う間柄のやつがいないな。今回ここまで連れてきてくれた『名無し』の面々とかミル・クレープなら該当するけど、実際は言伝で間に合うし。活動範囲が広くなれば使うんだろうけど、どうにも世界観を壊すからなぁ。
「こりゃちゃんと見ておくべきだったな」
肝心の2通目は、相談事が結構あった。メイドのお店(あやしくないよ)が人気のため、きちんとスケジューリングをしてお店にしたい。併せて、販売スペースを大幅拡張し、俺が作った商品も大々的に並べると。……俺のコーナーは小さくて良いと思う。
そのためにも、追加でメイドと警備員を増やしたいってのは当然だね。中世さながらの勤務体系じゃなくて、現代の雇用条件でなら文句はない。あ、シェールさんを正式雇用することと、馬の世話と育成のために近くの村の廃牧場を買い取る?将来的には騎獣貸しも見据えているみたいだけど、当面は運搬馬車用馬の世話か。良いんでないかい?それよりも、まだ正式雇用してなかったのか?
各人を生産ギルドに登録したいので後見をって俺で良いのか?いや、雇用主なんだから俺じゃなきゃいけないのか。まあ、登録すれば、余暇の時間に作ったものを売れるから小銭稼ぎも……って、自分のところでできるじゃんか。登録する必要性は低いと思うけど、したいならどうぞってところだな。
後は……こいつは困ったな。とは言っても良い案なんてそんな簡単に思いつくもんでもなし……ってか、そもそも思いついたことはやったからなぁ。よし!後回し。
「人員増とお店の拡張とか、相談されているのは軒並み大丈夫。と言うか、ぜひやってくれって伝えてくれる?」
「では、こちらを」
「手紙?また?」
報告書でしかない3通目に目を通しながら、シェールさんが差し出した新しい手紙を見る。厚くはないけれど、薄くもないよなぁ。