11-4 試行錯誤
シロと会った日から数日。俺は相変わらずの生活をしていた。
いくつかの変わった点と言えば、無事に【牧畜】を覚えたことと、セックに訪れる冒険者が桁違いに増えて盛況になったため、どちらのギルドにも大勢の人がいて牧歌的な雰囲気が少し壊れてしまったこと、こちらで読める文献や受けられる依頼は一通り行ったことだろうか。
はぐれウルフの討伐やグラスウルフ――ウルフの亜種――の巣のせん滅、採取に出る村人の護衛などのいつもなら絶対に受けない依頼までこなしたのには理由がある。まあ、単純なことだ。冒険者の数が、それも生産系の人が多いことが何度かあり、その際にはそんな依頼しか残っていなかったのだ。魔力水は日持ちしないので、手に入れるためにはそういった依頼もやらないわけにはいかなかった。……いや、まあ、まだレシピは成功していないんだけどさ。
でも、あれから100を超える数を試し、大体の道筋は見えてきた。何回か試せば成功しそうだ。手元にある出来損ないを見ながらそう実感する。
通常、失敗すると消失、爆発、ごみといった結果になる。これは何度も経験してきた。最初はたしか、毛皮だったはず。さっきまで作業していた毛皮が急になくなったのだ。そりゃ驚くさ。同じ作業をしても毎回同じものができるのではなく、いろんな条件を加味したうえで、確率でいずれかの失敗結果が発生するんだと思う。
でも、ごくまれに失敗作ができることがある。これも確実ではなくて確率でだろう。できるのは回復薬系だと薄い色水とかだな。個人的には、成功に近づいたけれど何かが足らない状況だと失敗作として残りやすいんだと思う。大抵は、何の効果もないものだが、目安にはなる。そう、成功への距離を測る目安に。
「ほら、これが追加報酬だ。魔力水ってんだ。知ってるか?
ここの名産なんだぜ」
「ありがとう」
「良いってことよ。また頼むぜ!」
今回の依頼は、材料持ち込みでの製作手伝い。最初は初心者回復薬だったが、今では(小)や(大)などの効果まで指定される依頼へと変化した。成長の証だと思うんだが、魔力水を追加でもらえるときの台詞が毎回同じなので、違和感バリバリだ。主要な住人とその他でAIを分けているんだろうか。それとも、なんらかのパラメーターがあって、俺がそこをクリアしていないだけって可能性も高い。いやまあ、今回のようなこなす依頼にまで人間味があるとちょっとやりづらいから良いんだけど。
それにしても、今回も魔力水が手に入ってよかった。ここのところプレイヤーが増えたことも関係しているのか、もらえる確率が大きく減ってたからな。そろそろ成功させて、いい加減、アークに帰らないとって最近は感じ始めているので。
依頼を受けた生産ギルドへ帰る前に、作業所と化している倉庫へ。どうせ混んでるんだから、先に魔力水で挑戦しよっと。
「改めて確認するか。えーっと、失敗作に多い共通点は、水は魔力水だけを使う、指で細かくちぎる、ぐらぐらに煮るんじゃなくてゆっくりと煮出す。よし、で、こっちの条件は消失と爆破か。うーん」
現状は、羊皮紙に作成手順を細かく書き出し、考えられる類似作業と組み合わせることで無数の場合分けをしているところだ。ただやみくもに繰り返しても成功はおぼつかない。最初の20回連続失敗でそう思った。
条件を変えて作成を繰り返していると、失敗作ができる条件がある程度絞れてきた。後は、品質を高めていけばちゃんと完成すると思う。
一番最初から成功ばかりだったからちょっと驕っていたらしい。指導者がいると成功率がかなり高くなるそうなので、今まではその効果で問題なかったんだろう。でも、完全なる試行錯誤だと、本当に難しい。
素材の組み合わせ、手順、その中でも砕くなら方法から粗さ、いつ入れてどこで出すのかなど、試すべきことはたくさんある。
……今回の魔力水なら試せるのは5回ってとこか。
「一つは、最初から魔力水に浸け込んでみるか。よし、これは最後に使おう。今回失敗作ができたらその製法で試して……ダメならこっちだな。
使う素材の品質は……今回も高品質にこだわるか。ちぎり方は……今まで一枚ずつちぎっていたから、今回は使う分まとめてやろうか。
ふむ。今回で、思いつく限りの条件は一通り試したことになるのかな?問題は……失敗作が必ずできるわけじゃないのと……そもそも、失敗作が成功への道標だってことがあってるかだけど、あ、生産ギルドで聞いてみるか」
俺の思い込みじゃなくて失敗作が成功への道標なのかどうかは、生産ギルドでなら聞けばわかりそうだ。普通の職人はプロに長く師事するんだから教えてもらうんだろうけど、俺の場合は……ポムさんのところに短時間だけだったし、運よくほぼ最初っから成功したからなぁ。もしくは、低レベルの【言語】でわかる程度の本にはレシピが掲載されていないほどの物を作ろうとしたのが初めてだからかもしれないけど。その辺りは、今ここで考えていてもしょうがない。まずは、集中して製作しよう。
「……さて。あと一つか。浸け込み……あ、時間を計ってないや。うーん……4回丁寧に作ったんだからとりあえず10細刻ってことにしておこうか。だいたいそれくらいだと思うし。
あ、やべ。漬けてあるから千切れないや。しかたない、次回は千切って漬けるか」
4回中、失敗作まで行ったのは最初の1回のみ。今までよりも高品質だから今後は期待ができる。とは言っても、他の失敗作はせいぜい5、6。今回が10になっただけで、使い物にもならない。ま、だから失敗作なんだけど。
千切るのはどうしても品質の劣化が激しい。だからこそ、今回は一枚ずつじゃなくて、まとめてにしてみた。器用力が低いとだめだろうけど、今の俺なら千切ること自体は問題ない。
以前、薬草を干すときに千切って干した場合と普通の場合を比べたことがあったけど、千切った方が品質が低くなりがちだった。効能がある葉のエキスが空気に触れると劣化するんじゃないかと推測している。だから、千切った端から使えれば良いんだろうけど、沸かしているお湯に入れるタイプだと、入れる湯温や煮出し時間調整があるからまとめて入れるのでちょっと難しい。擂鉢で擂るのはもっと空気に触れるし品質が低下しやすい。でも、漬けておくなら、ほんの少しの時間差なんて無視できるはず。
なので、千切る端から漬けていけば、品質が向上し、成功する可能性が高まるってわけだ。
……うん、まあ、今進んでいる道が間違っていないことが前提だけどね。