11-3 いつかの人
「じゃあ、シロはまだそっちに行かないんだ」
「ええ。うちはミラくらいですかね。森に興味があるそうです。
クロはもう少しこっちで色々と試すって言ってましたね。実験場兼倉庫として家を購入したみたいで。リーダーは自己鍛錬ばかりで、ジンもリリーもそうですね。情報が確定してから動くとのこと。
私も、別の街に行かなくてはスキルレベルが上がらないのであればともかく、現状で問題ないですから。余裕ができたら考えます。そういうプレイヤーも少なくないですよ。
まあ、ほとんどが先に進もうとはしていますが」
「新しい街は見たいもんね」
「生産系でも、自力でドロップを集めている方々は戦闘系の依頼も増やして、門を抜けようと頑張っているようですね。
新しい素材を早く手にしたいようです」
「待ってれば売りに出されるだろうに……」
「まあ、そうなるとどうしても高くなりますし。
それに、不思議に思いませんでしたか?アークで売っていた素材はそんなに種類がありませんでした」
「そう言えば……その革だって、門から先ですぐに手に入ったものだろ?なんで今まで売られてなかったんだ?」
「売られてはいたんですよ。ただ、プレイヤーには提供されていなかっただけで」
俺の疑問に、シロは苦笑で答えた。これこそまさに、ゲームシステムの面目躍如とのこと。同じ依頼掲示板を見ていても、個人によって表示されるものは同じではない。これは確認がされているし、体験した。
それは販売品も同じだったというだけ。時にはバザーなどで掘り出し物もあるけれど、基本は、自分のレベルやランク、進行状況にに合わせた物しか表示されない。これもここ一週間で確認が取れたこと。なので、先に進んだプレイヤーや加工した工房なら選択肢に現れるが、他のプレイヤーでは無理とのこと。ただ、バザーに出品される確率が増したようだとのこと。
人によって購入できる商品が違うことには特に違和感はない。でも、他のプレイヤーの行動が影響するのかと驚いたら、シロに呆れられた。一番の証拠が何を言っているのかと。そう言われれば、そうか。俺としては、たまたま他の人がやってなかったことに手を付けただけって意識だからなぁ。色々言われるけど、達成感とか困難とかがあったわけじゃないから、本当に実感がないんだよな。家とかについても、最初からこんな感じになっちゃったから劇的に変わった感がないし。お金は結構あるけど、それはログイン時間の大半を費やす生産活動によるものだし。
シロが簡単に影響について教えてくれた。
「貴方からレシピが提供されたことでアークが変わりました。商品についていえば、どう考えても、プレイヤーの生産量以上と思われる数が出回っています。それはプレイヤー以外の方が作成しているからでしょう?最近は、こっちの村でも作っているようですし、影響は強いですね。プレイヤーの結果が、街どころか世界全体に影響する実例ですね。
他にも、冒険者のマナーが問題になったりしましたね。最初は街の住人と交流するプレイヤーが少なかったのも問題を後押ししていました。まあ、プレイヤーが積極的に依頼をこなすようになったら減ったようですが、一時期は風当たりが強かったみたいです。
たぶん、この革も今後門の向こうへと行くプレイヤーが増えれば一般流通するでしょうね。ある意味、後発組への優遇策と言えるかと」
「最初っから入手可能なアイテムが多いってのは間違いなく利益だよね。試行錯誤の結果を享受できるのも先に進みやすくなるよね。
ただ、他のプレイヤーが切り開いた利益を得られるってことは、開拓の余地が減ってるってことでもあるから」
「その通りです。後発組としては痛し痒しでしょうね」
進めば進むほど、先発組のアドバンテージが減って追い付きやすくなるシステムはバランスが取れていると思うし、個人的には先に進まなくても新しい素材が手に入るようになるのはありがたいよな。どうやっても、生産系が直接自分の手で入手するのは難しいし、トップチームだと固定の生産プレイヤーを囲っていることもあるって聞くから。
「それでですね、貴方が今後どうするのかを良い機会なので聞いておこうと思いまして。近々アークに戻ります?
ここでの生活も楽しいでしょうが、新しい素材を弄りまわすのは、生産者として何よりも心躍る瞬間ではありませんか?」
「あーそれは否定しません。色々試している時間は良い作品ができた時と同じくらい楽しいですよね。
でもなんで急にこんなことを?」
「いやいや、急ではありませんよ。以前帰るときの話をしたじゃないですか。ほら。タイミングが合えば帰りの護衛も協力しますよって。あれから結構経ちましたけれど、そうそうアークには戻らないのかなと思っていたんです。楽しそうですし。
でも、そこにこの話じゃないですか。条件を満たすにはアークが便利ですから。
移動に協力するのは問題ないんですが、急になると他のメンバーの都合がつくかちょっと心配になりまして。なので、ちょうどお会いしたのでご予定を伺っておこうかと」
「そう言うことか。別に気にしなくて良いのに。
ここに連れてきてもらっただけで充分助かったもの。別の街にこうやって訪れることがここまで面白いとは思わなかったよ。セックに来てよかった。そう思ってるよ。
まだまだこっちにいるだろうから、本当に、気にしないでよ」
ここまできたら【牧畜】も覚えたいし、魔力水を使ったレシピも気になる。すっかり忘れていたが、【言語】のレベル上げも全くやってない。アークからの護衛依頼で冒険者が増えたことが妨げになるほどならアークに帰ろうとも思うけど、ほとんど変わらない今ならまだ戻ろうとは思わない。
移動するにも、時間がかかるからね。