10-12 日常
と、いうわけでやってきました冒険者ギルド。
え?なんで生産ギルドじゃないのかって?
答えは簡単。まずは「名無し」の面々に伝言をお願いしとこうと思って。それに、俺のことだから、先に向こうに行ったらいつまでたってもこっちに来ない可能性が高い。仕方ないんだよ、面白いものが次から次に現れるんだから。
今の時期は冒険者に不人気なのか、相変わらずホールは閑散としている。見知った顔も特になし。受付に話を聞いてみようか。
「すみません。伝言ってお願いできますか?」
「村の方へですか。それとも、冒険者や行商の方とかですしょうか。どちらにせよ、依頼料がかかりますけどよろしいですか?」
「冒険者仲間です。アークに戻る際にはここで護衛依頼を確認するって言っていたので、まだ受けていないようならお願いしたいと思いまして。
あ、依頼料はおいくらですか?」
「依頼料は期間によりますが30Gからですね。お手紙を渡すのであれば50Gとなります。こちらは伝言よりも長期間が基本となりますのでお勧めです。ただし、相手方に文字が読める方がいないと、結果的に割高になりますが」
あ、そうか。文字が読めることは教養の証的な設定なんだな。一般的にイメージする中世ファンタジーの世界観だな。
クロは読めるから伝言でも……「おや、ギーストさん。タイミングが良いですね」
かけられた声は聞き覚えがあった。振り返ると、よく見知ったシロの顔が。
ちょうど良かった。ここで会えるとは。伝言も依頼も必要なさそうだ。受付に一言断って場所を移す。
「メッセージ送っても良かったんですが、急ぎでもないし、趣味に合わないようだったので。
そろそろお帰りですか?そうでなければ、あちらで少し話しませんか?」
「先日はお世話になりました。
そうですね、ここで話し込むのはあれですからね」
「まあ、カウンターですから。
こっちなら、文字通り腰を落ち着けて話ができますよ。それで、どうですかセックは。中々に楽しいでしょう?生き生きしていますよ」
「わかります?アークとは趣が違って、良いですね。昔行ったキャンプを思い出します。
別に、急ぎでやることもないんで、じっくりとセックを堪能しようかと思って」
「生産系の方には楽しい場所でしたね、βの頃から。魔力水が何よりも魅力のようで。劣化が早くなったんで文句が多少出たみたいですが、その分、アークに生産ギルドができたのでバランスは良くなったって意見が強いですね」
初心者用回復薬(大)を大量に持って戦えば、フィールドボスもそこまで大変じゃないから、セックにはβ時代よりもかなり行きやすくなったようだ。けれど、回復量の大きい物は出回らず、あっても期限が短いため使い勝手が悪い。そもそも、使わなきゃいけない敵がでるフィールドには行けていないから、概ね高評価なバランス調整のようだ。生産系の金稼ぎが難しくなったとの意見もあるけど、そもそも稼げるのは【薬剤】であって、それなら初心者系の薄利多売の方が効率が良い。だから、あまり気にされていないってのが現状らしい。
「それはそうと、こちらには長期滞在ですか?」
「ええ。動物の世話が結構面白くなってきたんで。時々魔力水を貰えるってこともあるんですが、リアル感がすごいのに臭いやきつさが少ないから、楽しむには良いですね」
「それは良いですね。癒されそうです。今度手を出してみようかな。
それに、依頼をこなしていると、魔力水だけではなく、確率はかなり低いらしいですけれど、【牧畜】も覚えられたはずですよ。
いたせりつくせりですね」
「……それなのに、人がいませんね。もったいない」
「生産系を始めるにも、レベル上げにも、アークの方が素材も集まりますし便利なんでしょう。先の街が開放されたらまた変わるのでは?
まあ、私はここが好きなので現状で満足ですが」
「確かに。牧歌的で良いですよね」
「実は、私のプレー的にはロケーションも良いんですよ。
フィールドボスに近いですから、いつ行っても辻ヒールは引く手あまた。そろそろエリアヒールに手が届きそうで、その時が待ち遠しいです」
回復に対する感謝の言葉を貰うためにゲームをしているんだっけ、シロは。その点では最高の立地条件かもね。
生産系を色々やってみたい俺にとっても、ちょっとした息抜き兼で考えると高評価の場所だよな。施設が空いているのもグッド。
「ミラとジンは狩りですね。最近、牧草地の奥に森の獣が出るって依頼があったので、二人で行きました。ジーンは相変わらずウルフです。クロはリリーとアークに帰ったようですよ。何か用事ができたとかで。
私は、日課の辻ヒールですね」
「なんか、自由ですね」
「まあ、もともとソロの集団ですからね。切っ掛けがないと集まりもしませんよ。
この緩さが良いんですが。どうです?ギーストさんも」
「……いや、この付かず離れずの距離感が俺には心地よいですね。そもそも出歩かないので」
「生産系プレイヤーは引きこもりがちなのは知っていますが……」
しょうがない。戦うよりも作る方が楽しいんだから。
「まあ、戦うよりも回復が楽しい私が言うのもなんですが、いつもと違うことをすると、世界が広がりますよ。
それもまた“冒険”でしょう?」
「新しいことへの挑戦も“冒険”ですね」
さんざん、戦わなくては冒険ではないと言われてきたシロだからこそ言える台詞だろう。生産系だって、趣味プレイヤーだって冒険していないわけじゃない。ただ、“冒険”の方向性が違うだけだ。
確かに、今回の旅は、イメージする“冒険”だった。だけど、俺の過ごす日常だって、十分“冒険”だと思うわけだ。
日本で一般的なサラリーマンである俺にとっては。
「所詮はゲームですから、楽しくできることが一番ですよ」
「そうですね。毎日が楽しいですよ」
「私もです。
そうそう、楽しいと言えば」
話し上手なシロとひとしきり会話で盛り上がった。
こんな日があっても良い。
そう思えた。