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生産だって冒険だよね  作者: ネルシュ
いい加減街から出よう?
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閑話 自らの戦い

閑話です。

誰の話かバレバレかもしれませんが。

 真面目に生きてきた。

 ただ真面目に生きてきた。

 道から外れることに憧れることもあったけれど、想像の中だけ。小説や漫画として楽しむことも、ほとんどない。

 物語のように波乱万丈だけどハッピーエンドになることなんてないって知っているから。それが判るくらいには現実を理解している。

 残念ながら悪い不良に引き寄せられるほど馬鹿でも、自分の生き方に疑問を持たずにいられるほど馬鹿でもなかった。かといって、違う道に進めるほどでも、自ら切り開くほど天才でもなかった。

 だから、ただ真面目に生きてきた。自分の歩む道に不安や疑問はあっても、道を外れることが怖く、かといって興味がないわけでもない。


 羽目外す。


 良い子として育った私には難しい。できることはせいぜい、時々、ゲームや漫画で夜更かししたり、父親に可愛いおねだりをするくらい。

 それで良いと思っていた。



 アレに出会う前は……。




「何か嬉しいことがあったのですか」

「ん?ああ、よくわかったな」

「にやけていましたよ。お父様」


 夕食前。私の指摘に、父は頬を触って確かめている。今日は珍しく両親が揃っての夕食。母渾身の手料理を二人仲良く待っているところだ。台所から漂う香りに、父へと向けていた視線が入口へとさまよう。その間も、気を抜くと笑顔が手の隙間からこぼれてくる。相当喜ばしいことがあったようだ。

 ひとしきり顔の感触を確かめたのち、隠すことをあきらめたのか父は口を開いた。


全没頭フルダイブ型VRシステムが販売になったんだ。これでVRの世界に入り込めるんだぞ」

「……以前からあったのでは?」


 仮想現実を体験できるシステムは、大小さまざまな形で生活の中に溶け込んでいる。有名なのは、お風呂のプロジェクション。世界各地での露天風呂が、家に居ながら体験できると大々的に昨年末からCMしていたはず。そもそも、テレビだってVRシステム搭載型が基本だもの。

 観光地に行けば、過去や作業など、色々な仮想体験ができるのは当たり前。山とかだって、春に紅葉した時の風景も確認できるのだから。逆に、一部ではレトロブームが起きていると聞いたこともある。昔から残る実物を見て、感じることがトレンドだとか。

 それの何が面白いのだろう。私には、そんなことよりも、今、母が運んできてくれたスープの方が興味深い。素晴らしく良い匂いがする。そろそろこのスープ作りも私に手伝わせてくれないかしら。 


「違うんだなぁこれが。ただ体験することと、没頭することの違いというか、こちらの世界から切り離されるというか。

 見ることがメインだった今までのVRとは違って、匂いや味まで体験できるらしいんだ」

「あらあら。まるで昔に戻ったみたいね」

「そうかな?いつまでも若いつもりでいるんだが。

 気持ちだけでも若くないと、君の隣に立てないからな」

「そうね。相変わらず良い男っぷりよ、貴方は」

「お母様。昔のお父様はどんな感じだったのですか?」

「そうね。大人になっても少年のような眼をしていたわ」


 小首をかしげた私の質問に、母は笑いながら答えてくれた。

 横で父が恥ずかしそうに制するのも気にせずに。やはり母は強い。

 それはそうと、今でも父は興味深いものがあれば目をキラキラとさせながら飛び出していく。少年ぽさを持っていると思うんだけれど。


「これでも落ち着いたのよ。貴女が生まれたから。結婚してから数年は、顔を合わせた日の方が少ないほどだったもの。私も忙しかったのだけれど。

 昔のこの人なら、欲しいと思ったらすぐに手を尽くして手に入れているわね。後先も考えず」

「……何のことやら」

「あら?あなた?」

「……面白そうですね」

「ん、あ、そ、そうだろ?興味があるか?

 “ここにはない”を疑似体験できる機会なんてそうそうぞ」

「ふぅ……そうね。もう高校生だもの、時代最先端の技術に触れてみるのも良いわね」

「そう、そうだな。うん。

 何とか手に入れてみようか」

「そうしましょうか。一つくらいなら手に入るでしょうから」

「そ、そうだな。一つくらいならな」


 何か両親間の雲行きが怪しくなったから、自分なりにかわいらしくつぶやいてみたら、なぜかとんとん拍子に買ってもらえることになった。父が冷や汗をかいているのだから、何がどうなったかは大体わかる。確実なのは、私の手元に、全没入型VRシステムと最新のゲームが届くこと。

 ゲームはあまり知らないからあとで調べてみないと。父の様子からすれば、とても話題のゲームのはず。

 父のお勧めは、一緒に発売される中でも、いわゆるファンタジーゲームが一押しのようだ。そちらも併せて買ってくれるみたい。


 疑似体験かぁ。


 自分自身ではない、けれど、まぎれもなく自分。

 そんな存在として、異なった生活を経験する。それも、ある程度安全に。


 それなら、私にもできるかしら。



 一度くらい。羽目を外してみたいわ。



 これから先、私が私として歩むために。







 なんてね♪

ここで9章が終わります。

明日は、登場人物紹介です。

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