9-13 セックへ
丘のすそ野では丈が高かった草も、登るにつれて踝の辺りまでに縮んでいく。まるで、見晴らしの良い丘の上で休憩を誘うかのようだ。
この丘の上まで来られるのは、フィールドボスを倒した者のみの特権である。ま、一度倒せば普通に歩いて来られるんだけどさ。
ここから先は、街道から逸れない限りほぼ接敵しない。戦いたいプレイヤーだけが戦うのだ。さすがの親切設計である。
「さて、そこの丘の上で休憩しますか?」
「それが良いである」
「そうね。そうしましょう」
「……なんか企んでない?」
「いやいや。別になんも」
確かにボスは倒したけど、戦利品の整理も必要だけど、別に丘の上でやる必要はない。ここから目的地であるセックはそれほど遠くはないし、どうしてもというならば、それこそさっきの広場に戻っても良い。
余韻に浸る間もなく、中途半端に先に進む意味がよくわからない。
でも、そんな疑問はすぐに解消された。
小さくとも丘である。ステータスの体力もそう高くない生産系プレイヤーだから、フル装備で登れば少しは疲れる。どうしても目線が下に行く。
ふんわりと顔を持ち上げる風に誘われて正面を向けば、一面の青空。一色なのにのっぺりとはしておらず、この空が見られただけでも、苦労の報酬としては十二分だ。
吸い込まれていた意識が徐々に戻り、一度大きく深呼吸をすると、さっきまで感じていた身体のほてりと一緒に目線も下がる。
眼下に広がるは、広大なる草原。よくよく見ると、広く木柵で囲われている。セックはかなりの敷地を持つ村、いや街?なのかもしれない。その面積に対して、人がいるのはごくわずか。街道は半分もいかないうちに途切れている。その付近は建物が密集しているので、中心街なのだろう。
街道沿い以外は、動物の小屋らしきものが点在しているだけだ。牧畜と生産の街の面目躍如である。
「どうですか?」
「良い景色よね」
「我も初見ではなかなか動けなかったである」
「壮大な風景ですよね」
「……」
無言の戦士ジーンに倣い、ただただ言葉もなく見入ってしまった。
長閑で、壮大で、どこか懐かしい風景。映画で描かれる西洋ファンタジーの世界。
それを、今、俺は体験している。
「生産が楽しい。街からほとんど出なくったって堪能できる世界ではあるのよ、ここは。さすがの造り込みよね。
でも、やっぱり冒険は、新しいこととの出会いは何よりも楽しいと思わない?
だって、私たちは冒険者だもの!」
歌うように笑うのは、『戦乙女』リリー。ついさっきまで血で血を洗う戦いを繰り広げていたとはちょっと考えられないほどの笑顔。
……でも、そうだよな。一理あるかもしれない。
俺にとって、戦いはやっぱり性に合わないし、別に他の人よりも先に行きたいとは思ってもいない。そういった意味での冒険は、今回みたいな協力者がいないと難しい。
でも。それでも。新しい物との出会いは楽しい。今までできなかったことができると嬉しい。初めて完成した時の喜びは何にも代えがたい。
戦える人たちは言う。冒険こそが冒険だと。
でも、俺は違うと思う。さっきリリーが言ったように、新しいこととの出会い。それ自体が冒険なんだと。戦いだけが冒険じゃない。物を作ろうが、歌を歌おうが。何かに挑戦するなら、それが冒険なんだと。
「おーい。そろそろ帰ってこい」
「無粋である『目抜き』の。もう少し浸らせてあげるである」
「それもそうですが、ギーストさんもセックに着いたらやりたいこともあるでしょうし。この風景は、また見ることができます。
そろそろ移動しても良いのでは?」
シロのそのセリフを契機に、丘の上からの展望時間は終わりとなった。
今後、俺が街道を歩くときにはほぼ敵が出ない。だから、何度でも、何時でも、この景色を見ることができる。
しかし、同じ景色を見ることはないだろう。ほとんど活躍しなかったとはいえ、ボスを倒した達成感とともにこの丘を登ることは。
「いつか、ソロ討伐したいわね」
「出没条件が判ればいつでもできるである」
「私には無理ですがね」
そうか。ソロ討伐すれば……って、おい。俺もシロと同じで戦闘向きじゃない。相当高レベルにならないと不可能だって。やっぱり、これだけの思いの詰まった風景を堪能できるのはこれで最後かもしれない。
でも、自分なりに満足いく物ができたときの快感は、この風景に勝るとも劣らない。そう思う。
戦闘は移動に不自由しない程度でいい。なんだったらおんぶにだっこでもいい。今回のように、必要なら依頼を出してお願いしよう。自分で集められない材料を買うことは、経済循環を考えれば当然だ。恥じることじゃない。
その分、モノづくりを楽しもう。生活を楽しもう。自分で楽しいと思ったことを心の底から楽しもう。それだって、俺の中では十分に冒険なんだから。
「じゃ、行こうか」
ワイワイとしながらも俺を待っていてくれる友人達に声をかけた。
さ、まだ見ぬ街が俺を待っている。