9-10 ボス戦の前に
「あの丘を越えれば、セックが見えてくるわ」
「……その手前にある広場と叢は?」
「ボス戦である」
「わかりやすいですよね」
「いかにもって感じがテンション上がりますよね」
「リリーは若いわねぇ……何よ」
「何も言ってないである」
にぎやかだなぁ。別にいがみ合っているわけじゃなく、ただのじゃれ合い。なんか仲が良くて羨ましいな。こういうのを見るとチームを組むのも良いなって思う。今の俺はVR部分は満喫しているけど、MMO部分はなおざりだからな。
体感では20細刻ほど。さっき戦闘をしていた叢から街道へ出てテクテクと歩いた。何もせずにこの道を歩いてきたなら、数刻とかからずにここに着くんじゃなかろうか。
ここで半ばだとすると、朝飯後に出たら夕方前には着く。アークとセックの距離感覚はそんなもんか。最初の町としては良い距離だと思う。
広場で再度荷物の整理。錬金失敗や粉砕で空いた俺のインベントリに、皆のドロップを集める。ドロップをあきらめなくて良いように大袋を前線連中に多めに渡す。雑魚キャラはとどめを刺したプレイヤーにドロップすることが多いからな。もちろん、処理した毛皮やら牙を詰めた袋も渡してるぞ。
え?MPは大丈夫かって?
ふふん♪実は、かなり有効な小技を知っているのだ。回復薬や魔力薬は、初心者用を別にして、連続して使用しても効果がない。飲んだ場合は、回復が終わるまでは連続して飲んでも意味がない。これは、俺でも知ってるくらいに、かなり最初から知られていることだ。回復魔力両方は同時に使えるので、同一薬品の連続使用ができないと考えられている。
しかーし。魔力薬(小)と魔力薬(中)のように、アイテム名が違えば、同一アイテムとは見られないのだ!ただの使用だけでなく、飲んでも効果は重複する。これをミルロン――メイドさんの一人で、商品販売の責任者をしてる――に言われたときは驚いた。住人には常識らしく、冒険者コーナーの商品について話してた時に(大)だけにしようとして指摘された。どうりで、(小)や(中)を買っていく強そうな冒険者が結構いるわけだ。最近は、祝福の冒険者も同じように買っていくようになりつつあるとのこと。ほかの店ではセット販売も始めたとか。つっても、そもそも町で流通しているのは純粋な回復薬とかじゃなくて初心者用ばっかりだけど。
と、いうことで、各種魔力薬は取り揃えてあり、ガンガン消費して、めちゃくちゃにMP回復して、どんどんスキルを使用している。スキルレベル上がり放題だぜ!この調子なら、明日には【錬金】がすごいことになってるかも……あ、新しいレシピじゃないから経験貯まらず作成回数だけか。ま、それでもいいや。そうでもないと、いつまでたっても星が貯まらんし。
「それにしても、街道には結構人がいたのに、広場に来ると一気に減ったな」
「そりゃそうよ。ここは別フィールドだもの。ボス非攻略者専用のボスフィールド」
「パーティー全員が倒していると、背丈の高い叢の中に街道が続いて見えますよ」
「そうやって目隠しをして別フィールドに違和感なく飛ばしてるのである。ちなみに、この広場へ向かうとボスが出てくるであるが、ここで休憩していると叢の向こうに足を踏み入れたようにしか見えないである」
「はー。そんなことにも気を使ってるのか」
「この世界を心から楽しんでほしいんでしょ」
「ちなみに、ボス戦に入る演出も結構凝っているであるが、これは見てのお楽しみである」
「変なところに力を入れるスタッフだよなぁ」
「そのおかげで違和感なくこの世界を楽しめるである。そんなこだわりなら大歓迎である」
「ぃよっと。そろそろ行きますか」
会話しながらも、荷物整理の手は休めず。時間ももったいないから、HPとかは薬で回復させて、体力と腹減りの回復のために、簡単に食事。俺は“簡易錬金”で作ってもいいんだけど、そっちにMP使うくらいなら牙とかの加工に使いたいので用意してきた出来合いの物で賄う。
うん。結構旨いな。プレイヤーメイドって聞いてたけど、生産ギルドができてそんなに経ってないのに、もう住民レベルの屋台が出てるんだな。俺もうかうかしてられないな。これでも第一陣なんだから、レシピ探索と自作を頑張らんと。
てなことを考えながらも、飯を食べながらも、作業の手は止めない。回復しているMPがもったいないからね。……最近は、単純作業だけになってるかも。ちと冒険して、オリジナルレシピができないか試すべきかな。
「さて、そろそろ準備は良い?」
「……あ、オッケーです。はい」
「まったく。集中しなさいよ。私たちには楽勝だけど、あなたは油断して良い相手じゃないでしょ?」
「頼りにしてますよ」
「泥船に乗った気分でいると良いである」
「ばかばかしくて突っ込む気にもならないわ。さて行きましょう」
ま、同感です。自分にとっては、ボスは荷が重い。注意してもしすぎることはない。それを忘れちゃいけない。俺が死んだら依頼失敗になっちゃうし。
でもまあそこまで緊張すべきボスでもないと言えばない。ウルフに対する恐怖とやらは、自分自身で作り上げた虚像だったってのも理解できてる。『幻獣旅団』をはじめとする友人たちのおかげだ。……『名無し』のおかげ?あれは、協力とは言わん。しごきだ。まあ、おかげでウルフなんて屁でもないと言えるようになったんだけどさ。だからまあ、ウルフ系だから戦えないってことはない。
でも、まだまだフィールドボスが問題ないと言えるレベルじゃない。たぶん、気を抜いていたらクリティカルで一撃死もありえるだろ。
ここからは気を引き締めよう。大船に乗った気分ではあっても。