9-7 草原へ
やってきました、草原です。
まだ街の近くなので草丈は低いけれど、遠くの森辺りだと幹が見えないくらいには伸びている。たしか、あっちまで行くとウルフが群れで出てくるんだよな。
長閑な風景を区切るように、草原を貫く一本の線。ま、セックへと続く街道である。今回の旅の目的へのつながる道は、踏み固められた土でできた、まさに田舎道。時代設定的にアスファルトなんてないんだろうな。ローマンコンクリートだっけ?あれなら可能性はあるかも。
「不安であるか?」
「いや。
この状況でそんなこと考える奴はいないだろ?」
攻略組第一線とも言えるチーム『名無し』。そのほぼフルメンバーとパーティーを組んでセックに行くわけだ。彼ら自身、何度も通り、幾度となく、道を遮るハイウルフ達を撃破している。それどころか、最初にハイウルフリーダー率いるフィールドボスをせん滅したのは彼らである。その後の護衛依頼を含めて二ケタを超えるボスを討伐した猛者なわけだ。
先頭で戦うは、無口なるリーダー『廃神』ジーン。よくある勇者タイプの戦い方。片手剣を振り回し、戦場を自在に駆ける。
その脇を固めるは、風に舞う白き花『戦乙女』リリー。細剣でのヒットアンドアウェイが身上で、舞い踊るとの表現が最もふさわしい戦い方だ。
本来ならそこに、タンクも兼ねる斧使い『両断』ジンが勘所を抑えて安定した殲滅戦を繰り広げる。
中央には、貴重なる回復役『辻ヒール』シロ。その回復範囲と速度は、他の追随を許さない。ただ、最近は敵が弱くて仕事がないらしい。
彼を守るは、遠近両用の遊撃手『目抜き』ミラ。狙撃から速射まで各種技能を取り揃えております。森のフィールドがまだないため、本来の活躍ができていないレンジャーである。
最後尾には、多彩なる魔術師『魔術狂』クロ。遠近どころか、ピンポイント攻撃から広範囲までよりどりみどり。敵味方が入り乱れていようがフレンドリーファイヤーなんて毛の先ほども心配ない魔法の申し子。
そんなメンバーに守られて旅するんだから何の問題もない。
「初めてセックに行くプレイヤーがパーティーにいるとフィールドボスと強制戦闘が発生するってのはゲーム的には正しいんだろうけど、生産職にはちょっと厳しいよな」
「そうですかね。こうやって護衛を雇えば問題なく行けますし、攻略組にもお金が回らないと困りますから。
お金だけではなくて取り巻きと延々と戦えるのも良いですよね」
「引き際を間違えると死に戻るけどね。ウルフだけなのはさみしいけど、良い経験値稼ぎにはなるわね」
「我らくらいになるとそうそうレベルが上がらないので、張り合いがないである。うまく調整すれば大量に倒せるあのボスはありがたい存在である」
「草原の奥だとチェーンするのが手間だもんね。つながるとそっちの方が効率良いんだけど」
「うーん。レベル高ければ楽かと思ったんだけど、高いだけの苦労もあるんだな」
「高レベル帯の場所がないからね。経験値とお金を稼ぐのは大変だよ」
新しいマップが開拓されない限り、トップを走ることの利益は少ないようだ。継戦力は上がっても、装備や消耗品に金がかかるから裕福にはなかなかならないみたい。ま、それでも稼ぐ力は文字通り桁違いなのがすごいな。
それで得たアイテムとかに付加価値を付けて生産職は儲けられるんだから、彼らには本当に頑張ってほしい。
雑談しながらも、草原を緩やかに通る道から外れ、近道を突っ切る形になる。街道ではないから足元が少々悪く、敵も来るけど、このパーティーなら十分に時間短縮になるわけだ。
まだ背丈の低い草がちょっと不自然に揺れたり、隙間から顔を覗かせた瞬間、リリーの細剣がきらめく。俺の目じゃ、まともに敵の姿を確認できないくらいに鮮やかな動きだ。ウサギやコッコだけでなく、ウルフですら鎧袖一触でなぎ倒していく。
なんか、寄生してるっぽいな、これ。もう少し戦闘に協力できればいいんだが、このレベルだと手を出すのも躊躇われる。どう考えても邪魔だし。
回復役のシロは俺と同じくのぼーっと歩いているが、護衛役のミラは、時々遠くへ矢を射っている。
「二人がいると楽でいいですね」
「鈍らないようにするのが面倒なのよね。まあ、遠当ての練習には良いんだけど」
「……歩きながら射れるのは変である」
「そう言うクロだって、歩きながら魔法使ってるじゃない。おんなじよ」
「我は並々ならぬ訓練の末、可能になったのであるが」
「私だってそうよ。
なんだって、慣れよ慣れ。そのうち魔法格闘だってやるプレイヤーが出てくるでしょ」
ミラの戯言にクロの瞳がきらりと光った。ああ、こりゃまたスイッチが入ったな。そっちの方面に手を出す日も遅くないな。
でもまあ、当分は魔法と【言語】のようだけど。
「あ、ギースト。そろそろ練習する?ボス前にウルフに慣れたほうがいいでしょ」
「あー。ケイブウルフなら洞窟で結構戦ったんだが」
「そうねぇ……あなたに苦手意識が残っていないのであればそれで構わないけれど、念のため実際に試した方がいいと思うわ。
失敗って、いざって時よりは、フォローが効くうちにしておくものよ」
「そういやそうか。……ならやってみるかな」
すでに苦手意識はない。と、思う。今のステータスなら、1、2撃で倒せるだろうからな。
そう考えると、苦手意識ってよりも、負けるかもしれない恐怖にとらわれてたのかもな。
体を軽くほぐしながらウルフとの戦いを想像しても、特にこわばりもしない。うーん。我ながら現金だな。