9-6 朝
昨夜は中々為になった。クロとの相談を振り返ってそう思う。
街中以外での自分のプレースタイルが決まったのが大きいな。実際にうまくいくかどうかは別にして。
話しながらの手作業は難しいので話している間中、〝簡易錬金”できたのも先のことを考えれば小さくない。作成数スターのコンプリートは遠いけど、こうやって小さくとも積み重ねていくしかないからな。
さて、今朝はどうしようか……と思ったら、入口からセバンスが顔を覗かせた。外は真夜中なのに来客のようだ。
「ミル・クレープだろ?なら、気にせずに入れるといい」
「承知しました」
本人には、気にせずここでログアウトしても良いって言ってるんだけど、どうもそうしていないようだ。まあ、まだ出会ったばかりだし。
「師匠。おはようございます」
「今は夜だな」
「おはようございます」
「……まだ丑三つ時にすらなってないがな」
「お、は、よ、う、ごじゃいます!」
「ああ、おはよう。まさに早いな」
現実ではまだ5時前。いくら何でも早すぎないか、学生さんよ。それにしても、現実をあまりゲーム内に持ち込んで欲しくないな。折を見て話とくか。
朝の基本だからとおっさんにも積極的に笑顔で挨拶して、噛んだことに赤面する。ダメといったことはやらないけど、何も言わなければ自分ルールで話をするのはまだ若いからかな?別に話を聞かないタイプでもなさそうだし。
ま、来づらくなったらなったでこっちとしては構わないけど。……賑やかさがなくなるが。
「いい加減、ここでログアウトしたらどうだ?宿屋に泊まるのもただじゃ無かろうに」
「いやぁ~そうなんですけどね。でも、こんなに良くしていただいてるのに、これ以上ご迷惑をおかけするのも。
それに、ここを勝手に使うのもあれじゃないですかぁ」
「今更だな。迷惑だと思えば、最初から断ってるぞ。この設備も俺だけじゃまだまだ使いきれないし。狭く感じるころには、自分の店だって持てるだろ?」
「……それに、私だけ得しすぎるのも心苦しい感が」
「それこそ今更だな。まあ、この待遇は自分で選んだ道についてきたってだけだろ?他の奴は、他の面で違う経験とかしてるさ。そんな世界だろ、ここは」
「……そう言われると」
「それにな。
外から来られると、早朝夜間にこの家の者が対応しなきゃいけないからちょっと大変なんだ。まだまだ使用人の数も少ないからな。
そっちの面でも、ここで始めてくれると助かるかな」
夜間警備もいるけれど、中の対応はセバンスがほぼ一手に引き受けている。内部の人間も夜当番はいるけれど、外からのお客様については結局セバンス頼りだ。これ以上ブラックにはしたくない。
その思いがわかったのか、彼女は今度ばかりは素直に頷いた。
表情は少しばかり申し訳なさそうだ。
「……そこまでは考えていませんでした。セバンスさんに申し訳ないです」
「ま、俺がダイブしてる時には大抵起きてるから、あまり気にしなくても良いんだが……」
「さすがにそういう訳には」
思わず慰めたら、苦笑で苦言を貰った。なぜに?
「でもそうなると、ますます何かお礼を」
「曲がりなりにも師匠なんだがな、俺は」
「なら、素直に弟子にもてなされてください」
師匠らしいことはほぼしてないし、今提供している場所は、生産ギルドよりははるかに良いけれど彼女にとっては自分の城ではない。貸していることに対する対価も、実は貰っている。サロの助力という形で。サロだって、弟子の育成実績や経験、ぼんやりとした和風建築の情報なんてものがミル・クレープから手に入ったと喜んでいた。こんな形だ程度の情報だとしても、彼らにとっては未知の考え方だから。
こっちの住民にとっても、珍しかった祝福の冒険者が大量にいる状況ってのはかなり手探りのようだ。今は少しでも情報と経験が積みたいらしい。
だから、本当に気にする必要はないのに。……でも、まあ。好意を無碍にするのもなんだしなぁ。
「と、言う訳で。
一緒に冒険に出かけませんか?まずはフィールドボスを攻略しましょうよ。
師匠は生産特化とのことですが、私や友人はそこそこ戦えます。何か作っても経験値が貯まりますけど、やっぱり戦った方が効率良いですよ。アイテムも手に入りますし。
何よりも、セックに行ければ色々と捗りますよ!」
「……気持ちは嬉しいんだがな。実は、今日の夜に友人と行く予定でな」
「う~ん残念ですぅ」
とても残念そうな顔をする。……気持ちの良い子ではあるんだよな、彼女は。今回の話だって、俺のためを考えての提案だろうし。
でもまあ、これだけは言っておかないと。
「それにな。
女子の集団に、見知らぬ男を入れるのは慎重にした方がいいぞ。たとえゲームでも。
俺を知っているお前は良いかもしれないけれど、友達にも聞いてから提案すること」
「それはそうですけど」
「まあ、顔が見えていても危ないことがあるんだから、ネット上なら特に女の子は気を付けないとな。特に可愛い子は狙われやすい」
思い当たる節があるのか、ミル・クレープは軽くうつむきながら無言で頷いた。だいぶ器用だな、おい。今後は気にせずここを拠点として活動するそうだし、当分は外へは仲間としか出ないようだし。
なんだろうな。なぜか、俺が、短期とはいえ、旅に出るための後顧の憂いが鮮やかに解決していくな。これが、良いタイミングってやつなのかもな。せっかくだからセックまでの旅。楽しんでいこうか。