1-11 初日の終わり
1月31日修正
「……ま、今回はええわ。そこまで騒がしかったわけやない。でも、街中で騒いだらまずいことくらいは理解できたやろ?
あんたら、次はないで」
幻獣旅団の三人は、首を思いっきり縦に振る。なぜだかわからないけど、怖い。なぜだかわからないけど、ね。
青い顔で頭を下げつつ、幻獣旅団の三人は去って行った。去り際にフレンド登録――連絡が簡単に付く友達登録――をするのを忘れた。……しかたない。今度会った時には忘れないようにしよう。そうじゃないと情報交換もできやしないから。
「ギーストはんには、悪いことしたな。けど、あんたも街中で騒動起こせばどうなるか理解できたやろ?」
うん。こっちもある意味、現実と同じなんだって理解できました。三人からの祝福に関する忠告と併せると、こっちもある意味現実なんだと深く思うよ。
「反省してくれればええよ。
さて、本題や」
そういうと、ギルド長は深々と頭を下げた。
「ギルドの構成員が迷惑をかけましたことを深くお詫び申し上げます」
「や、止めてください。もう解決しましたから」
わたわたと無意味に手を振ってしまう。いくらゲームとはいえ、美人のお偉いさんにこうまで謝られるといたたまれない。
俺が言ってからきっちり5秒で頭が上がる。
「そう言っていただけると」
にこやかに微笑む。
机の上に、ギルド証が置かれた。
「ほな、お詫びといこか。まずは、訓練場の利用料は終日無料や。んで、技能講師についてもタダにさせてもらうわ。
ま、ここでのみやけどね」
壊した場合の修理費はまけられないとのこと。そりゃそうですね。
ギルド証にその情報が入っているから、受付で見せれば無料らしい。
そこまでしても、祝福を取らなきゃ意味ないんじゃと思ったけど、違うらしい。
「祝福がなくても技術は覚えられるで。祝福があると成長も早いってだけや。訓練すれば、最低限使えるようなるし、使えば成長もするんやで。
そや、試してみんか?」
いたずら小僧のような笑顔で誘われた。美人に言われると断りづらいね。
訓練場はギルドの奥にあった。かなり広めだ。もう薄暗くなっているので、ほとんど誰もいない。
そこでギルド長に直接訓練をしてもらえることになった。
若くてもギルド長だからどんなもんかと思ったけど、やっぱり規格外だった。
「あー武器はどれもダメやね。しいて言えば短剣かね」
武器を一通り体験させられて息も絶え絶えになっている俺に、無情な一言が降ってきた。
相手は呼吸を乱してすらいない。
【英雄歴263年春3月6日18:58(6月4日20:39)】
あー2時間も動きっぱなしか。素振りだけじゃなく型とかもさせられたので全身運動だった。訓練としてはさわりでしかないんだろうけど、素人にはきつい。
「さて、最後はこれや」
えーまだやんの。その言葉は、目線一つで止められた。
ギルド長が指さす暗闇の奥を集中して見る。言われるがままに、一度目を閉じてから再度見る。
不意に、ぼやっとした物が見えた!
「見えるやろ。それを忘れんとき」
声は耳元でした。ギルド長が離れると、また何も見えなくなる。彼女が何かしてくれていたのかもしれない。
「【夜目】は迷宮でも役立つからええやろ。ま、ちょっとしたサービスや」
ありがたいけど。なんでだろ。
「クリスが、ああ受付してた娘や、が、えろう気に病んでての。
こうでもしなけりゃ、お詫びに夜這いをしかねんし……あ、そっちの方がえかったか?」
つーか、このVRじゃそんなこと出来ないでしょ。からかわないでほしいね。
受付でクリスさんと簡単にお話しして、やっと開放された。計三時間ちょっと。クリスさんをなだめるのに少々時間がかかりました。
宿はまだ空いてるかなぁ。心配だ。
ペルさんから紹介された宿は一階が食堂のようで、にぎやかにしている。
右手奥の厨房横に宿用の受付札が立ってるが、誰もいない。
「ギーストじゃないか」
配膳している女性に声をかける前に、横手から声がかかった。
振り返ると見知った顔が食事をしていた。こんな所で会えるとは!
「トルークさん。珍しいところでお会いしますね」
「儂は夕飯はここと決めとる。貴殿こそ、よくこの店を嗅ぎつけたな。侮れんわい」
知る人ぞ知る名店なのかな。
「いや、知人の紹介でして」
「お客さん、どうする?相席?」
手が空いたのか、配膳していた女性が声をかけてくれた。ペルさんの名前と宿を取りたい旨を伝えると、幸いなことに一泊二食40Gの空き部屋があったのでお願いした。残念ながら普通の旅行者用だ。祝福の冒険者専用の部屋が空いたらそっちに移る予定。
ちなみに、ログアウト中に料金がかからない祝福の冒険者専用の部屋は狭くて荷物が置けない。ログアウト中はこの世界から消えているからできる、部屋の複数利用のための設定だろう。
夕食は食べ始めたばかりだったトルークさんと一緒に。仲間連中は帰宅し、彼は一人で食べていたらしい。
話をしながらも、こまめに”鑑定”を行う。インベントリの中でも鑑定できるのは、ここまでの道すがらに見つけた大発見だった。他にも色々なことができそうだ。メニューの便利な使い方を調べるのも楽しいかも。
それにしてもやっぱり、トルークさんの話は面白い。小さく街道や狩り場の情報を混ぜてくれるので参考にもなる。
明日は、図書館の後はヒラリ草原でコッコかウサギを試してみようかと思ったけど、やっぱりその前に訓練かな。今の俺じゃあ、コッコにすら負けかねない。死に戻りは金半分と経験値喪失、一時的ステータス低下にランダムでアイテム喪失らしいからあまりやりたくない。デスペナがきついなぁ。
「そういえば、この先はどうするのかね?」
「当分は、この街を楽しみたいと思っていますよ。
戦うよりも作る方が好きなので、できることがないか図書館にでも行って調べようと思ってます」
ゲームは、この生活は始まったばかり。まだまだ知らないことばっかりだ。
それならちょっとお願いしたいことがあるって前振りから、トルークさんの話が始まった。
「実は、薬屋の息子が行商にでておってな。そこの手伝いをしてくれる人を探してるんだよ」
残念ながら、俺に【薬剤】のスキルはない。今のところは取るつもりもない。まずは一つでもレシピが手に入ってからだと思っている。
「私には知識も経験も」
「ああ、必要なのは力仕事さ。水を運んだり、商品を並べたり。時間があれば作り方も教えてくれるかもしれん。どうだ?頼まれてはくれんか?」
うーん。それならできるかな。ただ時間がなぁ。
「住み込みだから宿代もなく、わずかでも賃金がでる。手伝いもできるときだけで良い。
それに、【薬剤】の技能を身につければ役立つぞ」
視界の隅に新しいウィンドウが立ち上がる。
『クエスト:薬屋の手伝い(計120時間)
受託しますか? はい いいえ』
手伝った合計時間で達成になるクエストみたいだ。達成までの制限もなさそうだ。これなら受けられる。それに、今の言い方だと、【薬剤】のレシピも手に入るかもしれない。
「わかりました。トルークさんの紹介ですし、手伝わせていただきます」
そう言うと、トルークさんは安堵のため息をついた。心当たりに声をかけていたけど、みんなダメだったらしい。
「そうかそうか。では、昼間に手が空いたら声をかけてくれ。案内しよう。
儂は大抵西道の巡回をしておる」
ダイブは8時間(ゲーム内で24時間)までしか連続で行えず、ダイブ1時間あたり10分のクールタイムが義務付けられている。1日最大12時間までの制限もある。まあ、ダイブ中は身体を休められるし、中で睡眠を取っても実際に効果があるらしいが、万が一のために制限がかかっている。
宿で寝てログアウトすると既に9時になっていた。今回のクールタイムは20分。再ダイブするにしても、それ以降だな。
ゲーム内で朝の6時は現実では夜の12時。いつもなら悩むけど、明日は休みだ。
1時間の仮眠とシャワーを浴びて少しだけ夕食をつまもう。今日のダイブ時間に余裕があるし、メニューも色々試したいから、11時前には再ダイブだ。
鑑定が終わってないからな。
街の探検は一段落です。
※1月31日修正