8-19 二コマ目
「彼らもまた、独自の価値観をお持ちの方が多く、気難しい方もいらっしゃいます。
買う者が何と言おうと、自ら付けた値段以外では売ろうとしないなどという話もありふれております。高かろうが安かろうが。自分の判断に絶対の信頼を置き、曲げない者も数多い。
鍛冶職人ヌルポの『俺の商品に俺が値段をつけて何が悪い』が有名ですが」
「……俺も?その頑固おやじと同じだって?」
「ぶふっ……失礼。
気質に似ている部分がある。ただそれだけでございます。
旦那様が気になっているのは、提供された情報に自らが考える価値よりも高い値段が付いたからかと」
「それだけなら」
「思い悩みませんね。
高い値段が押し付けられ、想定よりも多大な利益を得たからでしょう。心の隅で不当な利益を得たと感じていらっしゃるのではないでしょうか」
うーん。そう言われるとそんな気もするが、そんな大層なことなんて考えてもいないってのが本当な気も。
自称頑固おやじに噴出したセバンスは、柔らかい表情のまま続ける。
「私の友人を思い出します。彼は今でも不世出の船大工として名が知られております。以前の街では彼の船であれば沈むことはないと断言する船乗りすらおりました。
今でも覚えております。作り上げた船を褒められるたび、腕を称えられるたびに彼は喜びとは言うには微妙な表情をしておりました。皆口々に、自らの腕を誇らず驕らず。これぞ職人の鏡であるとほめそやしましたが、古い付き合いの者には、喜びを抑えているのではなく、困惑しているようにしか見えませんでした」
「素晴らしい腕を持ち、作った船も喜ばれてるのに?」
「ええ。
実は、元々彼は家具職人だったのです」
「家具?木工繋がりではあるけど……」
「飾り気のない実用本位の家具でしたが、中々に評判だったのです。撓まず狂わず壊れず、使いやすい。ある時、船大工が足りず街中の木工職人が駆り出されたことがありました。その際、棟梁に見いだされ、いつしか押しも押されぬ船大工職人となりました。
周りは喜んでいたのですが、本人は……不本意だったのかもしれません。以前見た、家具を褒められた時ほどの笑顔は、ついぞ見られませんでしたから」
「つまり」
「はい。彼の中では、彼自身は家具職人であり、それ以外の面で評価されるのは、嬉しい反面、何か違うものがあったのでしょう。私のような素人からすると木工という同じ括りに入りますし、素直に喜べばいいと思うのですが、本人はそう思えなかったようで。
ただ、だからと言って反発するようなことでもありませんし、それがその表情の理由だったのではないかと今では思います」
評価は純粋にうれしい。作ったものが喜ばれるのもうれしい。でも、なんか違う。その彼もそんな思いを感じていたのだろうか。
確かに、俺の情報に価値を見出してくれるのは嬉しい。自分がやってきたことが評価されている気になるから。でも、冷静に考えると、後追いの情報が出ているような状況で、たまたま最初に情報を提供したからってだけであそこまで利益を渡されるのはちょっと心苦しい。自分が苦労して開発したレシピならまだしも、今のやつはどう考えても初級編ですぐに広まる程度のだし。
「それもありまして、年甲斐もなく、旦那様へお声掛けした次第です。
前の旦那様もそうでした。商人になり切れず、苦悩されておりました。
ですが、それでよろしいのかとも思います」
「悩んでってこと?」
「いえ。ご自分の考えに従って生きて。で、ございます。
万人に正しい理屈など早々ございません。相手の評価を素直に受け取ることも正しいでしょう。しかし、他人にとっては高額の価値があると判断されたとしても、旦那様にとって安い物であれば安く売っても構いませんとも。
こう申し上げてはなんですが、旦那さまはお金持ちとはいえ高々アークでのこと。影響力もたかが知れております。一人の力でどうこうなるほど、世の中は狭くございません。
少しは旦那様の思うとおりにされても、そう問題にはなりますまい」
「……」
「とやかく申す者もいるかもしれませんが、旦那様の道は旦那様自身が歩まねばなりません。参考にするのは構いませんが、お決めになるときは自らお決めにならないと後悔につながります。
自らが決め、自らが責任を取る。それが我らに許された自由というものでございましょう」
……自由には責任を伴う。
自らの考えで動くにしても、他人の考えを加味するにしても、はたまた状況に流されて生きていくにしても、それを自分自身で決めて、その結果を受け止めなければいけない。なんか、成人式で言われた気がするな。
それができている人間が、どれだけいることか。
「ですが、商取引は既に完了しております。それは覆しようがございません。無理に返そうとすれば軋轢を生みます。
……ですから、その利益の分、何か無駄に使われるのがよろしいかと」
「……無駄に?」
「はい。不当な利益と思えるのであれば、その分使って街へ還元してしまえばよろしいのです。その利益がなくなるまで。
旦那様の心の平穏のために」
穏やかに笑っているのに、イイ笑顔で言われた気がする。セバンスも、執事として、自分の中に譲れない何かがあるのかも知れない。いつか、聞いてみたいものだ。
……まあ、彼の言うことも一理あるか。
なんか、あんな情報でこんなに色々と貰っちゃって、借りをいっぱい作った感じがして嫌だったんだけど。ちょっとありがたいけどなんか違うなって思っていたけど。
その分ぱーっと使おうか。
……あれ?この屋敷を貰った時と同じか?あの時もそんなことを考えた気がするぞ?住民に還元する意味で、人をいっぱい雇うことにしたんだよな。今回はどうしようか。
……やっぱり自分自身に全部使うのは違う気がするな。そうだ!アークに3つギルドがあるから、そっちにどどーんと渡して、新人教育に使ってもらおうかな。プレイヤー対応お疲れさまってことで。
自分は成長してないなぁと思ったけど、あれがあったのは一月程度前。二十歳を超えた大人がそんな簡単に変わらんよな。
まあいいや。今後は、思いがけない高い価値を提示されたら、素直に受け入れつつ街に還元。そう決めてしまえば楽になる。でも、決めることは決めたけど、これから先に進めば進むほど、こういうギャップはなくなるだろうな。そもそも他が知らない新しい情報とかを簡単に手に入れる状況がありえないだろうから。そうなると、必然的に自分の中での価値も高まるのでギャップで悩むこともなくなる。はず。
……現実的なしがらみなんて無視してゲームを楽しみたいけど、MMOでしかもVRなんだから現実的要素がたんまりなのは仕方ないか。そう考えるとストレス発散のためにも、好き勝手できるスタンドアローン系のゲームが根強い人気なのもわかる。
それはそれとして、今は、納得できる自分ルールがしっかりとできたことを喜ぼう。
今回で言えば、現金で貰った分程度が自分の中での価値。なので、素材については、製品にして売った利益も計算したうえで、ギルドに迷惑料として寄付してしまおう。そうしようそうしよう。
「ありがとうセバンス。なんかすっきりした」
「それはようございました。
では、私はこれで」
事実は何も変わっていない。変化があったのは心の持ちよう。周りに合わせることは重要だけど、自分を持つことも重要。
相手に合わせることでモヤモヤが残ったのであれば、自分なりに解消すればいいってことよ。メンタルヘルスの基本だね。
ってことで、自分の解消手段は物作り。さーて、明日からの仕事を忘れて作るぞー!
……げ、現実とのしがらみ……。