8-18 日曜の一コマ
おっ。これこれ。この瞬間が嬉しいんだよな。一番は、成功した時だけど。ダイブして最初のステータスチェックが楽しいのは順調に上がる中盤までだろうけどな。
【裁縫】【皮革】が上がってるな。成功率が低かったから大した数値じゃないけど、もう少しで器用力がアップするな。【細工】も新しく生えたし。
さて、続きをしようか。
革を作るのに“錬金”で簡易なめしをするしか方法がないのが問題かな。現状で良い物を作りたかったら、毛皮を売って革を買ってくるしかないし。『名無し』の都合がつかないようなら、月曜の夜は図書館に行くかペトロのところで勉強してくるかな。……ペトロのところは邪魔になるか。クロ達からの連絡もないし。
そうなると、えーっと、前作った、あ、ちゃんとレシピにある。皮紙かぁ。そうだよな。ウサギの毛皮とウルフの毛皮で別レシピになったら管理が大変だもんな。これを……んーっとなんか忘れて、あっ。そうだ!クロに練習紙として売るって話をしてたんだ。作らないと。
作業小屋に積んだ失敗作は全部なくなっていた。外の塵壺に入れれば自動で処理してくれるとはいえ、かなりの手間だったろう。こっちの人はインベントリなんてないんだし。なんかお礼したいな。
そう思ってセバンスに問えば、実はあれ。失敗した残りも有効活用しているとか。たいていは【皮革】【裁縫】【細工】の練習台として。切ったり縫ったり抜いたり削いだり。あらゆる作業に使っているとか。どうにもならない端っこの部分などは火を使うときの燃料にも……臭いがすごいんじゃないかな?革って燃えると臭いって聞くから。
あ、臭いといえば、ここで【皮革】、なめしや膠作りの手作業は不可とのこと。臭いがきつく、問題になるらしい。こっちにもあるんだ。公害問題って。
まあそんな事情もあり、燃料にするよりも、最終的には塵壺に入れて魔素へと返すのが基本らしい。庭にある大きな塵壺のことすっかり忘れてました。
でも、あれだな。例えば、革の切れ端をスライムゼリーで固めてマットとかにできないかな。後で試してみるか。だけどまずは、皮紙作りと糸紡ぎ、そして袋の作成だ。余裕があれば、革のベルトとかもやってみよう。
良く洗った毛皮から、裏面の脂肪や肉をさらに削ぎ落す。穴をあけないように加減が難しいが、慣れてきたので結構手早くできるようになってきた。そうしたら今度は毛を抜く作業だ。羊毛のように刈っても良いんだけど、毛がその分短くなるからケイブウルフの毛皮には向かない。羊系の毛皮ならOKだろう。そこもセックに期待だな。ただ、この毛で作った糸は、どんなに細くてもそれなりの太さがあるし、さらには強度もそんなにない。正直、縫うのにはあまり向いていないんだ。化学繊維は無理だとしても、生糸とかの長いやつが欲しいなぁ。麻だっけ?植物系で繊維が長いのは。そんなやつもあるなら手に入れたいものだ。
残った皮の部分を再度洗って干す。この干すときに伸ばしておけば皮紙もどきになるんだ。本当はもっと面倒みたいだけど、こっちではこれで最低限のものはできる。
バットの翼膜は“簡易なめし”後に袋の素材として使う。大きさが大きさなので小袋や水袋程度しかできないが、ケイブウルフは今回は皮紙に使うので仕方ない。スキルレベル上げだと思って割り切ろう。
やばい。楽しい。こうやってちまちまと作業をしていると自然と鼻歌が出てくることがある。作っている感がリアルだからかな。なんか!今まさに!俺!物作ってる!!
テンション上がるわー。
「ご機嫌ですな」
え?居たの?いつから?
「こちらにいらっしゃったときには何やら思い悩んだ様子でしたので声をおかけしませんでしたが、気分転換できたようで何よりです」
さわやかにセバンスは笑うけど、こっちは顔面から火が出そうなくらいに恥ずかしい。鼻歌も聞かれたよな。触れてこないけど。つーか、リアル系VRでも、顔が熱くなるのまで再現しなくていいと思います。
「声かけてくれれば良かったのに。
あ、それはそうと片付けありがとう。助かったよ」
「いつものように、納品、販売、練習用とさせていただきました。報告につきましては」
「連纏めでお願いします」
「承知いたしました。
……差し出がましいようですが、何にお悩みかお聞かせいただいても?」
急にそんなことを言うので驚いてセバンスの顔を見ると、彼はとても心配そうな表情をしている。俺はそんなに変な顔をしていたのかな?悩みらしい悩みなんて……あ、ほかのプレイヤーとの付き合い方か。何度も価値ギャップで色々利益を得ちゃったことが悩みとして出てたのかな?正直、自分の中で折り合いがついたから別に良いんだが。でも、そうなるとほかに悩みなんてないしなぁ。
まあいいか、ちょっと他人の意見も聞いてみよう。
とりとめのない俺の話。嬉しいんだけど、もやっとしたこと。落ちもないし、漠然とした感覚でしかない感想を穏やかに聞いていたセバンスは、ゆっくりと頷きながら話し始めた。
「旦那様は、これほどまでに栄達はされましたが、心根が商人ではございませんな」
「商人?」
「はい。商人でしたら、そこに悩みません。金稼ぎを主とし、時には自らの命にすら値段をつける。それで利益を得ることに喜びを感じます。その境地にまでたどり着く者は少のうございますが、商人とは突き詰めればそういったものです。
ですので、物にも、命にも。形のない情報にも値段をつけます。」
「それはわかる」
情報にあふれる現代だって、ごく一部の情報は、有用な情報は金がかかることもある。必ずってわけじゃないから、最先端を行こうとしてる人でもなければ情報は無料って思ってる人も多いんじゃないかな。一般的な情報なら基本タダだし。安全と同じでただの勘違いなんだけどさ。
でもまあ、セバンスの言う商人ってのはよくあるイメージだ。ステレオタイプと言っていい。確かに、自分はそうなれないと思う。
「まっとうな商人であれば、売り物には、価値にふさわしいと思われる値段を付けます。そうでないと、後々の商売に差し支えますから。不当に安く買い、不当に高く売れば何よりも自分の信頼に傷がつくのです。ですから、広く万人が納得できる値段となります。
周りから見た値段とも言えます」
「それもわかる」
「しかし、商人とは異なった考えを持つ方もいます。例えば、冒険者や船乗りのように、お金以外に理由を求める者もおります。
旦那様もそのお一人かと」
「お金は大事だよ?」
よーく考えよう。
「もちろん。それがなくては生きづらい世の中ですから。
しかし、冒険心を糧に生きる冒険者がいるように、波の音がなくては眠れない船乗りがいるように。考え方が違えば価値も変わるもの。彼らは彼ら自身が納得できる値段を付けます。
旦那様は少しばかり、職人の気質に近いのかと」
えっほんと!?職人なんて言われるとうれしいなぁ。