8-11 土曜が終わるとき
てなわけで、土曜日はひたすらダンジョンアタックに明け暮れた。休憩に入るとレベルが変わるかもしれないから――間違いなくレベルアップするだろうが――連続で5回入る羽目になった。
最初に時間が大丈夫か聞かれたのはこれだったのかとわかった時にはすでに遅かった。検証に入ったら前提条件変えられないもの。
持ち込み有りの作業は軽く生産のみ、持ち込みほぼ無しの作業は軽く生産のみ、持ち込みほぼ無しの戦闘がっちり、持ち込み有りの戦闘がっちりの順でやって、もう一回持ち込みほぼなしの戦闘がっちり。これで獲得ポイントと行動を分析して、どんな行為が高ポイント化を調べるそうな。……悪いけど、俺は頼まれてもやりたくないなぁ。
検証班の人にそう言ったら、こっちもあの状況で生産に進むのはお断りですと返された。お互いさまですね。
もちろん、護り手、グローリーハンズ、流れる風、アイアンメイデンの面々とも各2回潜ったし、フレンド登録もした。フレンドが一気に3倍ですよ、奥さん。……名無しのメンツしか居なかったからなぁ。そういや、元気にしてるだろうか。セックに行くときにはクロとシロにお願いすることになってた気がするが。落ち着いたら連絡してみよう。
今までとは比べ物にならない経験値と山ほどのアイテムを手に入れた。一番の収穫は戦闘の経験をしたことかもしれない。今まではコッコとウサギ、一度だけのウルフしか、それもソロでしか戦ってない。陽炎迷宮の時はまともに戦ってないし。これでウルフも怖くない……って言えればいいんだけどなぁ。正直、やってみないとわからない。気持ちの問題だから。今は大丈夫に思えるんだけど。
でもまあ、レベル的には8から13に大幅アップしたし。スキルも大幅増。特に【水魔術】と【錬金】は結構使ったから。あ、技術の【詠唱短縮】も上がったな。これは今まで使わなかった“ウォータブレッド”を連発したからだと思われ。まあ、低レベルで13回も潜れば、そうなるか。
ちと困ったこともあった。なんと、バレたのだ。流れる風のミナに、前回イベントのことが。
それは、錬金祭りのために初心者魔力薬(大)を大量生産していた時の事。あ、材料の魔力草は馬車屋さんにお願いして、アインの冒険者ギルドや生産ギルドでダブついている物を大量に運んでもらいましたとさ。
「それって魔力回復薬?」
「初心者用のね。みんなも周回するんでしょ?MP回復に必要なら使っていいよ」
「これってあなたが作ったのよね?」
「そりゃ、目の前でやってるんだもん。見りゃわかるでしょ。
主に作るのは自分用だけど、作り始めると大量に作りたくなっちゃうから。材料もダメになると困るしね」
「技術の【薬剤】でそれ。【錬金】はあの精度。
自重しなさいよ。バレたらうるさくなるわよ」
「……何が?」
何を言っているのかわからなくて聞いたら、ミナはあきれた表情をした。
でもほんと、作り始めるとたくさん作りたくなるんだよね。特に、このゲーム。製作数をレシピ毎に星で示しているから、カウンタストップまでやりたくなる。コンプリート精神に訴えかけるよ。あー時間と材料が無限にほしいな。
「技術持ちの大金持ちの拠点持ち。で、【錬金】と【薬剤】の第一人者。生産系住民の大御所に顔が利く。
どれをとっても、妬まれるには十分だと思うわ」
「……世知辛い」
「わよねぇ。私は妬ましいとは思わないけど、そういう人がいることはよく知ってるわ。
他人を羨むくらいなら、自分でやればいいと思わない?『走る行商人』さん」
「……なんのことやら」
わざとらしく、横を向いて下手な口笛を吹く。しっかりとはわからないけど、たぶん、前回の時につけられた二つ名もどきの一つだろうことは間違いない。こっぱずかしいので、二つ名なんてシステムやめてほしいんだけど。
ミナは笑顔で肩をすくめながら両手を軽く上げた。
「顔が知られてなければクレクレ君や勘違い正義君なんかは寄ってこないと思うわ。アイテム程度なら宝箱や良い露店を見つけたである程度ごまかせるけど、作るところ見られると粘着されるわよ。
一般論として」
「一般論として。
GMへの通報もあるし、衛兵もいる。現実と違ってアバター変更も簡単。PKして奪うのもできないでしょ」
「あら。やっぱり知らないのね。今のところPKは無理だけど、MPKやトレインはできるから。遠くに出かけるならソロは危ないわよ。
それに、ある程度進むとPK系が解放されるって話よ。βではできたらしいもの」
「そうなんだ。それは困ったな」
口では困ったとは言ったけど、別に俺は困らない。ただ、ゲームの一部が楽しくなくなるだけだ。
ここはあくまでもゲーム世界だ。いくらリアルに感じられても、異世界っぽく思えても、ゲームの世界である。システムにより運営されたゲームでしかない。
別にここで有名になったからって収入が増えるわけでも仕事が楽になるわけでもなく。大金持ちになったって強くなったって、リアルで恋人ができたりもしない。……でもないか。時には聞くから。
いくら頑張っても、称賛されても、ゲームの中でしかない。
……だからこそ、楽しい。リアルでは不器用な俺が、生産行為に没頭できる。失敗しても人生がかかってくるわけでもなければ、誰に言われるわけでもない。生活だって依頼をこなせばなんとかなるし、空いた時間でレベルを上げればいつかは強く、上手くなる。死んでも死ぬわけじゃないので、冒険できる。
冒険は戦いだけじゃない。生産だって、扱ったことのない素材をやったことのない技術で加工したり、見たこともない薬を存在しない材料で作りあげる。匠の技で工夫をし、時には無謀にも失敗する。そんな冒険が存在するんだ。
リアルと密接につながっていればそうはいかないけど、これはあくまでもゲーム。そりゃ、どこにでも妬む人や絡む人はいる。リアルだって営業職は給料が良くて良いわねって言われるんだぜ?契約取れなきゃダメなんですが。時間通りの定型仕事なんてないんですが。お互い、芝が青く見えるわけだ。
閑話休題
楽しいゲームなんだから、楽しむ。迷惑な人には近づかないけど、そのために問題のない範囲の自分の行動を制限したいとは、思わない。
今は。そりゃ、被害を実際に受けたら考え直すかもしれんが。
なので、ここのルールを犯すつもりはないし、雇うことになったみんなの生活は考える。が、住民の迷惑にならない範囲で生産行為に没頭するし、いろんなことに手を出したい。
まあ、俺が目立つのも後一月もない。生産ギルドができたから、本格的にやりたがる人は今後ますます増えるだろう。そうなれば、第一人者俺なんてありえなくなる。
たまたま参加人数が少ない状況で、他の人が進まなかった場所を歩いただけ。誰も歩いていない場所だから開拓者として評価されるかもしれんが、人が歩けば道になる。当分この先、プレイヤーは増えこそすれ減ることはないだろう。だから、瞬く間に未踏の荒野は道になり、どの分野でもキーパーソンができあがる。そうすれば、あっちふらふらこっちふらふらしている俺なんて見向きもされなくなるだろう。
だから、それまでやり過ごしませう。
「まだまだやりたいことがあるし。そもそもセック以外にみんな行けてないんでしょ。
ある程度世界が広がったら、俺も出るかもしれないけど、今のところは街中で楽しく生産行為をしているよ」
「……この世界を楽しむためにネットを見ない。攻略に興味がないから、楽しめることを中心にやる。貴方が一番、この世界を堪能してるのかもね。
それはそれで羨ましい位に思えるけど、私には無理ね。
ま、良いわ。お世話になったから忠告したけど、貴方には関係なかったみたいだし。お互い楽しみましょう」
「そうだね」
物分かりが良くて助かります。大人の女性ですな。
回想終了
てなことがあったけど、無事に本日のログイン時間が終了。もうほとんど残っていません。取引に伴う冒険協力も無事終わり、お互いが満足する成果をもって別れました。
明日ログインしたら、レベルもスキルもさらに上がってるんだろうな。楽しみだ。
明日はどうしようかな。ダンジョンアタックも堪能したし、おとなしくしていようか。