8-9 ボス戦
「でさ、誰も突っ込まないけど、コレ何?」
「扉だろ?ボス部屋の入り口は全部こうだぜ。
わかりやすくて良いよな。間違えて入ったりしないし。
迷宮型でも同じだぜ」
「そりゃわかりやすいけど……洞窟の中に急にこれじゃ情緒がないだろ」
「まあ、ゲームだし」
そりゃそうだけどさぁ。
このゲームって変な細部にはリアルさでこだわるのに、なんでこういったとこだけゲームっぽくするかな。あくまでゲームらしさを残すなら、もっと違うところで残せばいいのに。
……気を取り直して。
俺達は隊列を組み直し、ボス部屋へと続く扉に手をかけた。
鈍色の扉が軋んだ音を立ててゆっくりと開く。その先は、広々とした天井と、わだかまる闇の奥に光る、一対の眼。騒がしいはずのゴブリンが黙ってこちらを見ている。
二人も並べば狭く感じる通路からすると、向こう側は戦うのに十分の広さ。あちらで戦いたくなるが、集団戦とのことだから攻め入るのは下策かも。
・・・・・・まあ、ボス戦だから、こっちが入り口で待ってるだけじゃ始まらないみたいだけど。
「行くぞ!」
一声吠えてから、グリフが駆け出す。少し遅れてユニックが盾を掲げながら追随している。
半分ほどの近さになったとき、洞窟内が全体的に薄明るくなる。部屋を見渡すと、壁際にぽつらぽつらとケイブウルフやミニゴブリン。これならどこかにスライムとバットがいてもおかしくないな。難易度やさしいだからこの数だけど、むずかしいなら壁が見えるところが少ないくらいだとか。んな状況で戦いたくないな。
接敵するにはまだ距離があるが、こちらを見据えていたゴブリンが高らかに叫ぶ。その声に背を押され、足の速いケイブウルフを先頭に、ミニゴブリンが続いてグリフに襲い「“ファイヤボール”」
集団戦の基本は、相手を混乱させること。特に、少人数で対処するには、連携させず、個対個の状況を作らないと、雑魚相手でも圧殺されかねない。
マニュアル通りに、サラムは襲いかかってくる集団に対して先制の範囲系魔法・・・・・・というには心許ないけど、ブレッド系よりは着弾後に弾けるボール系は影響が広範囲にある。実際、炎と煙に巻かれ、集団の動きはばらけた。先頭を走るケイブウルフは3匹。爆風に背を押されたのか、驚くほどのスピードでグリフ達に襲いかかる。
しかし、そこは流石の反応。正面から低く突っ込んでくるのに対し、グリフは左前へと踏み込みつつ、軽く一薙ぎで屠る。よく見えなかったけど、ケイブウルフが右側へと少し角度をつけて走ったのは、グリフの動きに誘われたのか。二人の間を抜けてこっちに来るつもりだったのか。
ユニックの動きも、後衛どころか生産系の俺には眩しいくらいに輝いてる。それぞれ角度をつけて迫ってくる敵に対し、片方は盾で、もう片方は短槍で牽制しながら、こちらにもグリフ側にも進ませない。軽傷とはいえ着実に傷を負わせ、一頭目を倒したグリフが後ろから襲いかかるのを待ちながら、後続へと目を配る余裕すらある。
感心してみていると、混乱から立ち直ろうとする後続を遮る火の壁が。サラムの“ファイヤウォール”2連発。こいつにも、攻略組としてふさわしいほどの工夫が。
高さは人の胸レベルで厚みはそこそこ。外から内に向かって手前に角度がついていて、その先に待ち構えるのは2人の処刑人。火壁を避けようと進む集団は出口で詰まり、鮮やかに、着実に削られて死んでいく。中には不意を突こうとしたのか壁を突き抜けて、やけどに耐え切れず転げまわっている。そこまで高くないから目線はさえぎらないし、それなりの厚みで簡単には抜けさせないし、角度で敵を誘導する。まさに、ウォール系魔法の使い方としては、教科書に掲載できるほどのお手本だ。
「すっげぇなあ。ボスがまったく相手になってない」
「集団戦は慣れてるから。こちとら、伊達に攻略組とは呼ばれてないって。
もともと3人でβからだから」
「それでも、だよ。勉強になるわ」
「おっ。戦う気になったかい?やっぱこのゲームは冒険してなんぼだろ」
「……戦いだけが冒険じゃないけどね」
「ん?何か言ったかい?」
「いや、別に。上手いもんだね」
横から飛びかかってきたスライムを上手に前線へとはじき飛ばしながら、サラムが聞いてきた。けれど、議論するような内容でも状況でもないので、軽く流す。いや、マジで上手いんだけど。
どうやったら、あそこまで飛ばせるんだ?打撃耐性のあるスライムなのに。
「耐性のおかげで衝撃がそのまま勢いになるんで楽だよな。これがバットならここまで飛ばない」
「そういうもんかね」
「そういうもんだね。ま、難易度やさしいだから、大船に乗った気持ちでいてオーケーだから。
これがむずかしいなら、こんな余裕なんてないけどさ」
「そこまで違う?
罠、数、連携・・・・・・違うか。無理だね」
「そうだね。道中だけじゃなくて、むずかしいはボス部屋にも罠があるからなぁ。敵の数も増えてお互い連携するし。囲まれると終わるよ。ケイブウルフを囮にミニゴブリンが横から来ると見せかけて頭上からバットが来ての後ろからスライムとかあるし。
ふつうなら、まあ大丈夫かな?あっちは連携も同族のみだし数もそこまでじゃない。会話する余裕くらいはある、かな?」
「戦いながら会話とか、それだけですごいけど」
「慣れればなんとかなるもんだよ。ギーストだって薬作りながら魔術使ってるんだろ?俺からしたら、そっちが信じらんないよ。
あ、終わったね」
そんな話をしているうちに、取り巻き達を軒並み倒されたゴブリンが、おっとり刀で戦場へと足を踏み入れ、そのまま見せ場もなく倒された。
まあ、たった三人でむずかしいをクリアし、ふつうを周回するのが相手だ。ゴブリン単体にてこずることはない。
俺は戦闘については本当に何もしていないけど、パーティーを組んでるからそれなりに経験値がもらえるとのこと。悪い気もするが、これも検証の一つ。今回の行動で個人での評価ポイントがどうなるか。それによって、いろんな予想が立てられ、さらに検証が進むわけだ。手間暇かけてみんなのためにやってくれるんだから、本当に頭が下がる。効率よく楽しみたい層にとっては、何よりも頼もしい集団だろう。
俺はやろうと思わないけど、効率よく楽しむのを否定したいとも思わない。俺はやらないけどさ。だって、わかってたらワクワクが足らないだろ?
「奥が光ってるだろ?あそこが出口。潜れば入り口に戻れる。
さ、検証班にデータを渡したら周回しようか。今回は見学だけでギーストには悪かったね。次は、無理しない範囲で戦っていいから。生産系でも訓練するに越したことないし」
返り血一つないグリフが笑顔で今後の予定を言ってきた。
そう。最初は見学でその後、戦闘訓練。彼らは護衛兼教官で、獲得アイテムのほとんどを貰うことで、足らない情報代金代わりとなった。ほかのチームとも同様の契約。セックへの護衛もって話があったんだけど、そっちは保留。『名無し』の面々にお願いする話になってたような気がしたので。
何はともあれお疲れさま。ドロップアイテムを集めたら、出ますかね。