1-9 βテスター
1月31日修正
「止めとけ、サラム」
「人が話してんだ。こっち向けよ」
肩に手がかかったので、反射的に振り払う。
「何すんだ」
「そりゃこっちの台詞だ。余計なお世話だ。引っ込んでろ酔っ払い」
振り返って酔っ払いをにらみつける。
「んだこら」
「ほら、気持ちはわかるが止めろって」
仲間二人が酔っ払いの肩を叩いておとなしくさせようとする。何だよ、その気持ちはわかるってのは。
「ギルド内での喧嘩はダメです!」
急に復活した受付嬢が金切り声を上げる。声の高さが耳障りだ。
「ギルドは、構成員同士のトラブルには口出ししねぇはずだろうが」
ほら、より興奮しちまった。
んで、受付嬢よ。口出ししたなら黙るな。酔っ払いが勝ち誇ってるだろうが。
その向こうでは一緒に飲んでた奴らが額に手を当てて天井へと顔を上げている。同情しなくもないが、抑えきれないおまえらも悪いんだぞ。
そのままにらみ合う酔っ払いと俺。
「何しとん?」
受付嬢の奥、職員用の廊下から声と共に誰かが入ってきた。
「ねぇ。何しとん?何しとんの?」
背筋が急に冷えた。目の端に映る酔っ払いの仲間は、天井に向けていた顔を下に向け、身体を小さく縮込めている。
なんだ?
「あんたにゃ関係ねぐゎ」
酔っ払いの言葉は横から伸びてきた白くて細い腕に物理的に遮られる。のどを押さえられているので、あれは喋れない。
俺?同じく掴まれていますよ、顎。一瞬で砕かれる未来が見えて、身体が動かせません。助けてください。
痛みはないけど、声がでません。
「ここはうちのギルド。うちがルール。うちは五月蠅いのは嫌や」
「ギ、ギルド長」
視線を動かすと、腕の先にいるのは、冒険者としてどころか、この世界の住人としても細く感じるほどの深窓の令嬢風獣人。イメージ的にはシャム猫か銀狐かね。
「それに、こっちの子はまだ冒険者やない。うちが手ー出すのも当然やろ?」
彼女の目線の先には、たぶん、受付嬢とギルド証になる腕輪がある。
確かに、たぶんまだ正式には登録が終わってない。
「ちゅーこって、きっちり話ししよか」
あ、姐さん。なんで俺の顎を持ったまま階段を昇ろうとするのでしょうか?俺の顔は取り外しできませんよ。
「仲直りがお互い必要やろ」
私の顔をつかんでいく必要はないのではないでしょうか。
あー他の冒険者がいなくて良かった。俺らよりもちょっと背が小さいギルド長(?)なので、とても間抜けな体勢で歩かされるのは、傍から見れば楽しいかもしれないが、見られる方はたまったもんじゃない。
2階の受付を通り過ぎて、そのまま会議室に押し込められた。
そこそこ大きい会議室だ。貸し会議室ってやつかね。
「まずはお互い話し合ぃ。じっくりとな」
そう言って、4名の当事者だけが残される。急展開に酔いが覚めたのか、しらけた雰囲気が漂う。
「あーさっきは申し訳ない」
さっき、酔っ払いを止めようとした男が口を開いた。
「俺はグリフ、こっちはユニックだ。うちのサラムが失礼した。迷惑をかけたね」
グリフは細面の剣士型、ユニックは筋骨隆々のタンク型、サラムは魔法使い型か。バランスの取れたパーティーかね。
「でも、初心者、特に俺らと同じ轍を踏もうとしている奴を初めて見たから、ついね。
形は悪かったけど、親切心だったって事だけは理解して貰えればとは思うよ」
こちらが口を開く前にグリフは続けた。
勝手なことを言うよな。
ん?同じ轍?
小首を傾げると、グリフが訳知り顔で頷く。
「ああ、なんで初心者だってわかったか不思議かい?
冒険者ギルドでの登録はログインして最初にすることさ。それだけで初心者ってわかるから、サラムは先達として有益な情報を提供しようとしたんだよ。声のかけ方は悪かったけどね。
例えば、受付嬢が驚いたのは、攻撃、つまり、武術や魔法系のスキルを持ってないプレーヤー限定のイベント。訓練場が当分の間無料で使えるようになるんだ。マイナス補正がなくなるまではタダで訓練できるようになる」
「詳しいね」
「これでも、俺達はβテスターなんだ。正式版では初めて見たけど、受付嬢の対応はβの時と変わらないね。ここに連れ込まれるイベントは聞いたことないけど。
で、βの時点でスキルの評価が色々言われていたのは知ってる?」
「知らないな。基本ソロだし」
下調べが必要なのは仕事だけで十分だ。ゲームは事前情報なくするのが楽しい。ま、情報収集が面倒なだけなんだけどさ。
俺の言葉に、グリフは納得したように何度も頷く。
「あーやっぱり。持てるスキルは10だけだから調べておいた方が良いよ。使えないスキルがあれば、楽しめないからね。
【光魔術】や【夜目】、【言語】なんかは使い所が難しいって有名だけど、何も知らない初心者が取る死にスキルの代表が生産、特に【錬金】だね。武術では【弓】なんかも苦労するって聞くけどね。
今生産を選ぶのは、こだわりがあるか調べてないかのどっちかだと思う。でも、本当に苦労するよ。何せ、ここには生産ギルドがないんで、ほとんど何もできやしない。自分だけ縛りプレイをしてるようなもんだから」
10しかないらしいスキル枠を今使えないスキルで潰すとしたら、そりゃ確かに縛りプレイって呼ばれるか。でも、生産って戦闘には役立たなくても金儲けに使えるってイメージだけどな。
「β時代から有名な話だから、今はみんな武術や魔法系のスキルを必ず選択している。生産職を目指している人もね。
もしかしたら、僕らがこのイベントを正式版で体験する最初のグループかもね。
先に進んでからやり直すのは大変だから、そこまでの思い入れがないならすぐにやり直した方が良い」
う~ん。本当かなぁ。βと違う要素がでてくるのは、こんなゲームじゃ定番ネタじゃないか。
「苦労ってどんなの?」
「うーん。表現が難しいな。
このゲームは楽しめるゲームってよりも、少しばかり現実的すぎる。重い物を持つと疲れるし、臭いものは臭い!痛みや空腹は軽減されてるけどさ。
反面、現実にはないスキルは便利なんだけど、その分不便に感じることもあるんだよね。そのために生じる苦労ってのがあるんだ」
何が言いたいのかよくわからない。現実に近い分、非現実的なスキルが使いづらいってことか?
「生産に必要なのは4つ。素材と道具とスキルとレシピ。
生産ギルドがないからレシピを教えてくれるクエストもないし、冒険者ギルドじゃ素材も大して売ってない。ま、買っても使い道がないけど。
スキルのチュートリアルをしてくれる指導者もギルドも次の町まで行かないといないし、道具がそろった作業場所もね。この街じゃ道具を売ってないんだ。そもそもギルド員じゃないと売ってくれないし。
【錬金】なら指導者がいなくても何とかなるけど、その分成功率と生産品の質が落ちるね」
どっちにしろ、次の町までいかないと生産は始められないと。
普通のゲームなら、材料とスキル、MPあたりがあれば作れるのにな。変な部分で現実に近いってことか?
「剣を振る。これは剣があれば誰でもできる。だから【長剣】は使いやすい。装備をきちんとすれば初心者でもウサギとも戦える。使えば使うほどスキルレベルが上がるから、より戦いやすくなる。“スラッシュ”みたいなスキルアーツは武器を装備してれば使えるし、レベルが上がれば自然と新しいのを覚えるからね。
こんな感じで身体を動かす系は使えるスキルだし、必ず一つは取る。取らないと街から出ると死に戻りって言われるくらいさ。
運営もそう思ってるからこそ、何も持たないプレーヤー限定でイベントを起こすんだろうし」
でもそれよりもチュートリアルが欲しいよねとのこと。そこも現実風味だからないっぽい。
「魔法は?」
実生活で魔法が身近な人間はいないだろ。
「魔法ギルドで訓練イベントがあるよ。そうすると、ショートカットメニューを使って連射できるようになるんだ」
「慣れるとイメージだけで連射できる」
ぼそっとサラムがつぶやく。こっちを見ないのはバツが悪いからかな。
それにしても、戦闘系はなかなかアフターサービスが良いんだな。
荒くれ者に慣れてる組織で騒動を起こせば、普通は〆られますよね。
※1月31日修正