7-14 やってきた人Part2
待ち人はすぐにやってきた。サロの時もそうだったけど、なんでこんなに早く?
「丁度作業の切れ間だったんで早くこれたッフ。生産ギルドはやっぱり便利ッフ。
あ、こいつが弟子希望ッフ」
「初めまして。ミル・クレープです」
「初めまして。ギーストです」
……?なんか、どっかで見た気がしなくもないが……特に絡んだプレイヤーじゃないよな。
内心首を傾げていると、真剣な顔をした彼女が、改めて頭を下げた。
その拍子に、音を立ててポニーテールが動く。
「その節は、ご迷惑をおかけしました」
「おや?初めましてでは?」
急になんなんだ?
言われてみれば、見覚えがある気がしなくもないが、謝罪されるようなことは特に思い当たらない。
「いえ、ついさっき、この家の前で友人と騒いで迷惑をかけたので。
覚えてらっしゃいませんか?」
「あ、あーもしかして、あの集団で」
「はい。お恥ずかしながら。
あの時は盛り上がってしまっていたので、ご迷惑でしたでしょう」
痴話げんかっぽいのをしていた女の子集団のポニテの子だ。一人でやりたいことって生産か。
そういえば、宮大工どうこうって言ってたな。だから、【木工】で弟子入りでサロな訳か。
納得納得。
「いやいや。盛り上がれる友人がいるってことは良いことでしょ。まだ若いんだし、羽目を外しすぎないことを時々思い出せば。
で、貴女が弟子入り希望者?」
「はい。私はスキルではなく、技術で【木工】を学びたいんです」
「あー、サロにも言ったけど、貴女に「ミルって呼んでください」、あーミルにも事前に教えておく。よく聞いたうえで、弟子入りだぁなんだは考えてくれ。
まず、俺は【木工】に関しては素人だ。スキルも持ってない」
「えっ、でもあれは?」
「ああ、あの小さい台とかはさっき作った。……こう見ると、ちょっと微妙だな、あれ。
ま、【木工】に関して言えば、あれが俺の実力だな。
だから教えられることは少ないぞ」
【木工】を学びたいって気持ちで俺に弟子入りしたって特に教えられることはない。そのことはきちんと伝えないと。
そう思っていったのだが、ミルはきょとんとした表情だった。理解してないのか?
「あ、それは聞きました。基本はリアルである程度学んでますし、必要なら調べますから大丈夫です。
それより、師匠はプレイヤーですよね?」
理解したうえで気にしませんか、そうですか。それよりも、いきなり師匠呼びの方が気になるけど。
「俺は確かに、祝福の冒険者だ。
それはそうと、師匠は止めろ、師匠は」
「先ほど聞いたんですが、師匠は祝福の冒険者でありながら、住民の方々から多大な信頼を得、領主様から屋敷を賜り、生産ギルド立ち上げに助力したって。
あー、つまり、かなりこっちに溶け込んでいるんですよね?」
「……使い慣れない言葉を無理して使わない方が良いぞ。
だいぶ誇張されてるが、まあ、そうだな。大筋間違ってない」
「それも、スキルじゃなくて、技術で作り上げた結果とか」
「それも間違ってはいない。メインスキルが【錬金】で、評価されたのは【薬剤】の成果だからな。ただ、スキルも色々使ってるから、純粋に技術のみじゃないが」
「それでもすごいことですよ!まだ始まったばかりなのに」
「始まったばかりだからだろ。他の人が進む前に出てきたから、ちょっと話題になって、もうけが集中した。現実でもよくある話だ」
「そう、現実。現実ですよ!
私は、現実でできないことをやりに来たんです」
彼女は、急に俺の言葉に反応した。
そういえば、彼女は現実に問題があってここで【木工】をやろうとしてるんだっけ。
「私はここで宮大工の技術を身につけたいと思っているんです。
現実では、私はまだ高校生です。趣味の範囲ならまだしも、丸太を切り出したり、加工したり、家を建てたりなんてできないじゃないですか。
それが、ここではリアルにできるんです。何物にも代えがたい経験です」
「……それでも、リアルじゃないって理解してるか?」
「……ええ」
そう。彼女は俺に似ている。祖父の跡を進もうとし、壁にぶつかり、祖父とも父とも違う道を選んだ、俺に。諦めた、俺に。
若さゆえに未来を夢見ているなんてことはなく、今まさに俺と同じ道を歩もうとしている。
共感し、同族嫌悪し、応援したからこそ、門前での言い合いを30細刻も眺めていたんだし。
「今の私に必要なのは、経験です。現実ではできない、私にとって必要な経験を積みたいんです。
ここが現実でないことはよくわかっています。……だって、材木が一人で運べるんですよ?ありえません。
でも、ここなら。この状況なら。私は学びたかったことが学べます。
やりたかったことができます。……リアルを考えるのは、その先を見てからにしたいと思います」
俺は。ここまで素直になれなかった。
まっすぐに前を見ていたら。そう思わないでもない。でも、だからと言って。今の自分を否定したいとも思わない。
反省はしても、後悔はしても、今の自分が自分なのだから。
「……サロにはすでに伝えてある。が、あえてもう一度言おう。
俺は【木工】は素人だ。大して教えられない。
メインスキルは【錬金】だけど、アーツについても、このゲームについてもほとんど理解していない。ネットで調べてお終いってのは味気ないからな。俺は体験派だ。
祝福の冒険者だからアクセス時間もマチマチだ。
それでも良ければ。それでも弟子になりたいというのであれば。
俺は君の師となろう。協力者という名の先達に」
「……ありがとうございます。
師匠。これからよろしくお願いします」
俺の言葉を聞き終えて、真剣な表情で深呼吸をした後にミル・クレープは深々と頭を下げた。
職人の家系に育ち、先達に対する尊敬を叩きこまれた少女は、見事なまでに真面目な体育会系だった。
これが、彼女との出会いで。
師匠と呼ばれるにいたった始まりで。
平穏な悠々自適空間の終わりで。
新たな世界へと第一歩になった。
「これで悩みが一つ解決ッフ。早く他の職人も教えられるくらい育つと良いッフ。
主においらのために」
あ、いたんだ。忘れてた。
もういい時間だから、ダイブアウト。
ああ、これから楽しみだ。週末もイベントがあるみたいだし。
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