7-13 やってきた人
まあ、要は仕事が集中して大変とのことだ。
弟子の大半が独立した師匠のこと、そこに入った新弟子のこと、導くべき弟子のこと、請け負った仕事、ギルドでの初心者指導、その他もろもろが一気に双肩にかかってきたんだから、サロがこうなるのも仕方ないのかもしれない。
お茶で酔っ払った感じになっているサロの延々と続く愚痴に対応しながらそう思う。
「……大変なんッフ。そりゃ、家でやってたって子は楽でいいッフ。でも、本当に初めてって弟子もいるッフ。そのバランスが難しいッフ。
成長もマチマチで教える内容も問題ッフ」
「ああ、そうだな。その通りだな」
「そもそも仕事量が多すぎるッフ。対応できるだけの人員がいないのが問題ッフ。祝福の冒険者の講師なんて家庭レベルの弟子と一緒じゃやってられないッフ」
「ああ、そりゃそうだ。大変だな」
「おまけに、おいらの弟子になりたいって頼みこまれるんッフ。
せめて、同じ祝福の冒険者つながりで、ギーストさんにお願いしたいッフ」
「ああ、いいぞ」
「本当ッフ?助かるッフ!」
……ん?あれ?
今、やっちまったか?
適当に聞いてたから、直前の話もよく覚えてないぞ。
いったん、自分自身を落ち着かせつつ、サロの話を聞くか。
「あー、そうだな。まずは詳しい話を聞かせてくれるか?」
「今、生産ギルドで新人指導があるのは知ってるッフ?こいつは、給料もたかが知れているんで若手の親方連中が中心になって回してるッフ」
「そう言ってたな。人が多くて忙しいだろ」
「基本は巡回して時々質問に答えるだけッフ。最初にやる道具の使い方以外の個別指導は別料金だから、そこまでじゃないッフ」
「ああ、いなきゃいけない系の時間がかかる仕事か。他にも仕事があるときついよな」
「新弟子の教育もしなきゃなので大変ッフ。特に【木工】は経験者に変な癖が付いてることも多いから厳しいッフ。
人がいるとお金も必要になるんで、そっちで頭が痛いッフ」
それまでは雇われだったので気にしなくて良かった部分が、独立したために全て自分の双肩にかかってくる。そのために生じる混乱と苦労。よくある話ではある。つーか、こういうリアルさはゲームにあまり求めてないんだけど……でも、こういうのを削るとどこかで歪みがでるのかね。
「まあ、順次やってくしかないだろ。一足飛びに全てできるようにはならないし」
「わかってるッフ。わかってはいるッフ。
でも、祝福の冒険者を見てると、つい、愚痴が出るッフ」
「……そうか」
自分もそうだが、祝福の冒険者は住民に比べるととても優遇されている。ゲームとしたら当然かもしれないけど、住人側からしたら理不尽だろう。自分の長年の努力が一瞬で追い越されるのだから。
俺だって、ちょっと手作り品が完成したら技術が付いてる。作れば作るほど、レベルが上がる。でも、現実では、んなとんとん拍子にはいかないんだ。それなのに、教えなきゃいけない。それがきついのはわかる。
「……なんで、あれだけ成長が早いのに、おいらに師事したいなんて言うッフ!教える方の身にもなってほしいッフ。
そんなに早く覚えられたら、教えることがなくなるッフ」
「そ、そうか」
「いや、教えるのは良いッフ。どんどん成長するのは見てて面白いッフ。刺激になるッフ。
でも、そんないつまでも教えてられないッフ」
……なんか、思ってたのとちょっと違う。もっとこう、ネガティブ系の意見がでると思ったんだが。
「もちろん、教えることで弟子も含めて成長してるッフ。……それでも、彼らの成長力には追いつけないッフ。
……頼られても、手助けできないのは歯がゆいッフ」
「……そう、か」
「生産ギルドができたのはこの間ッフが、もうおいら達の技に追いつこうとする人もいるッフ。本当に先が楽しみッフ」
まぶしいくらいに、さわやかだな。
明るくなっていたサロの表情が、また暗くなる。
「ギルドでもそうッフ。祝福については、おいら達じゃ教えられないッフ。基本的な道具の使い方、基本レシピ、物の良し悪しくらいしか教えてあげられないッフ。……こんな時ばかりは、おいらにも祝福があればって思うッフ。
ま、それはそれッフ。ない物を思っても仕方がないッフ。……でも、ないから困っているッフ」
「できないことはできないだろ」
「そうなんッフ。だから、祝福の冒険者は、基本的なことを学ぶと後は独学ッフ。
……でも、一人珍しい子がいるッフ。おいらに弟子入りしたいって言ってるッフ」
「普通に弟子にすれば……ああ、それで祝福か」
「そう、祝福を持ってるッフ。でも、本人はアーツを使わずにすべて手作業でやりたいって言うからそこは問題ないッフ」
「じゃあ、何が」
「ギーストとクロも同じッフ。あの作業中だって、突然いなくなったッフ。
弟子がそれじゃ困るッフ」
「……ああーそっちか」
現実とこっちの世界じゃ時間速度が3倍違うし、長期ダイブはできないし。こっちで通常の生活ができるプレイヤーなんていないよな。あ、俺がいたわ。家持って生活してるわ。……だから俺か。
でも、俺みたいに住民に助けられながら好きなことだけする生活なら何とかなるけど、学ぶための弟子入りはなぁ。……時間に都合のつく隠居老人に時々教わりに行くレベルじゃなきゃ無理ぽ。
「と、言うことで、最初の話に戻るッフ。ギーストに手伝ってほしいッフ」
「育成の手伝いか?俺だって【木工】は始めたばっかだぞ?
それに、俺に【木工】の祝福はないし」
「それは別にいいッフ。でも、ギーストも祝福の冒険者ッフ。だから、アーツの使い方もわかっているッフ。さらに、祝福なしで【薬剤】を修めたッフ。そこが胆ッフ。
どうせおいらだって教えられることには限りがあるッフ。だから師匠として必要なのは、仕事に対する情熱、分野は違えどアーツの使い方、【木工】の基礎、そして何より祝福の冒険者に対する理解があることが何よりも重要ッフ」
そこまで持ち上げられるとなぁ。
現実では職人の世界に入ることもなく逃げ出した身分で、こっちの世界じゃ褒められまくり。勘違いできるほど若くないからか、余計になんだかなぁと思ってしまう。
でもまあ、こう、理由を聞くと仕方ないかとも思う。住民がプレイヤーを弟子に取るのは難しいだろう。生産ギルドみたいに短時間にちょっとだけ教えるならまだしも。
「……サロの頼みじゃ仕方ない」
「本当ッフか!」
「まあ、先に了解したのは俺だし、な」
「ありがとう、本当にありがとうッフ」
「……できることしかできねぇから、そこまで喜ぶな」
「できるできないじゃないッフ。その心意気が嬉しいッフ」
「んで、そいつっていつ来るんだ?顔合わせは必要だろ」
「ギーストさえ良ければ、すぐに連れてくるッフ!」
そいつも近くで待ってるんかよ!じゃあ、ぐだぐだ言わずに、すぐに要件言ってくれれば良かったのに。かなり待たせたぞ。