7-12 落ち着くなぁ
家に戻って、買ってきた素材を倉庫に。
……こう見ると、かなりの種類と量だな。消費期限の短い薬草類などを除いても結構なもの。値段にしたらものすごいんじゃないかな?
その素材を使って商品を作り、売ったお金で流通上余っている素材を購入する。そうすると、ますます素材が貯まるってわけだ。メイドさん達が失敗する分や錬金で消費する分を考えても十二分に利益になっている。まだまだ作成レベルは低いし、素材からすると作れそうな物はたくさんある。生産ギルドで教えてもらえる技術はほとんど覚えたいと思うし。
そう考えると、まだまだ他の街へ行く理由がないんだよな。
勧めてくれたギルド長たちには悪いけど、ここアークは俺にとってまだまだ魅力たっぷりだ。
「魔法ギルドと生産ギルドに登録がお済みですか?」
「ああ、さっきしてきたよ」
食事を持ってきてくれたメイが、机の上にセットしながら聞いてくるので、軽く答えた。
魔法ギルドでは冒険者カードっぽいのを渡されたので、早く統合できる規模の組織になってくれないかと勝手ながら思ってしまった。なくしそうだし、間違えそうだもの。
デストリアル・ハイランド・カカーチョ曰く、登録してくれる祝福の冒険者が増えてきているので、このままのペースだとそろそろ規模拡大してもおかしくないとか。まあ、登録者数だけじゃなく、依頼数や達成数、組織功績とかいろいろな条件があるみたいだけど。
あ、デストリアル・ハイランド・カカーチョって、あの、魔法ギルドの受付の方です。アルは愛称です。あれで副ギルド長なんだって。……絶対、運営はギャグで名前を付けたよな。どう考えても、ですはい係長って裏で呼ばれてるぞ、あの人。
「それでは、現在冒険者ギルドへ納品している物資については、その両方にも振り分けたほうがよろしいですね」
「あ、そういえばそんなのもあったっけ」
「はい。現在は、旦那様が作られた商品については、ある程度の数をこちらで確保したのち、私どもの作品とは別に冒険者ギルドへと納品しております。生産ギルドへも納品予定でしたが、魔法ギルドにも登録されたのであれば、そちらにも、と」
「悪い。手間をかけるな」
「いえいえ。それもこれも、旦那様のお力があってこそですので。
では、旦那様のお名前で依頼を代行させていただきます。もちろん、持ち込みました商品で可能な依頼といたしますが」
「おう。お願いね」
そんな依頼解決でも、経験値が入るのかな?ちょっと気になる。
ま、そんなのはすぐにわかるか。今日は金曜日。時間いっぱいまで作ったら、現実の方でさっさと寝ようか。
そう思っていい感じの大きさの木片を取り上げる。薬関係は最初に作ったからもうやらなくていい。細工などに集中するのはもっと時間があるとき。なので、後で細工するために、机や台、杖とかを作ろう。
机2脚、台が大小合わせて4つ、杖は5本作れた。特に杖は、お年寄りとかが使うような素朴な物から、魔法使いが持っててもおかしくない形のやつまで作ってみた。
鑑定しても、どちらも杖なのは驚き。同じ木を使ったからか、腕が悪いからか、ほとんど性能には違いがない。さすがに太い杖は耐久も攻撃力もちょっとだけ高かったけどさ。
一仕事終わったと大きく息を吐いたら、タイミングよくメイが声をかけてくれた。
「少し休憩されては」
「そうだね。ありがと」
入れてくれた紅茶は、作業前とはちょっと違って、甘みが強い。作業で疲れた身体と脳にはとても嬉しい……VRなのにか?良く考えるとなかなかすごいな。個人的な感覚をフィードバックしているのか、それとも、疲労に対する回復物質として糖分を設定しているのかわからんが、リアルっぽくてすごいなと思う。
そうそう、リアルと言えば、普通、木製品にはニスを塗るよな。持ちが良くなるし、毛羽立ちもせず、色もそれなりに良くなる。無垢には無垢の良さがあるんだけど、そればっかりでも面白くないし。あ、柿渋を塗るってのも聞いたことあるな……そもそもこの辺で柿とか取れるのかって言うかこのゲーム内に柿があるのか?ニスも微妙だし、漆は……漆塗りの器とか見てないなぁ。
ファンタジー素材で使えるのがあると良いんだけど……。
「サロ様からお手紙が届いております」
「別に直接来ればいいのに。わざわざ手紙なんて」
「旦那様がいついらっしゃるかがわかりませんから。
それに、サロ様もお忙しそうです。この手紙も、お弟子さんが持ってらっしゃいましたし」
【木工】のサロは天然もののエルフ師匠トルルッカの元で自由気ままな師匠を支える筆頭弟子。苦労性の三つ子次男。皆で包丁を作っていた時も、淡々と自分の仕事をこなしていた印象がある。兄のアロは嬉々として、弟のカロは黙々と作業していた気がする。まあ、見た目はほとんど同じだから、何を加工しているのかで見分けたんだけど。
手紙の内容は、俺に時間があれば訪れて良いかとの内容。他人行儀だな。同じ釜の飯を食った仲だ。別に気にせずに来ればいいのに。
「来たッフ」
「はやっ!」
「表にいたッフ。助けてほしいッフ」
「穏やかじゃないな。
まあ、言ってみろって」
サロの口調は慌ててないから、冗談なんだろう。そう思ったけど、聞くとかなり深刻であり、かつ、なんとも言えない感じだった。
……要は仕事上の愚痴である。誰かに吐き出したかったんだろう。
「ほら、皆で象徴を作ったッフ。それ自体は名誉だし、有名になるし、本当に良かったッフ。これでおいらも一人前ってその時は思ったッフ。
でもほら。一人前なら独立する必要があるッフ。それは考えてなかったッフ。失敗したッフ~」
「……独立した方が良いんじゃないのか?」
「ずっと目標だったんで嬉しいことは嬉しいッフ。師匠の世話がなくなったんで、その面でも良いッフ。
でも、仕事が大量で困ってるんッフ」
そもそも、ここアークは小さな街である。田舎にしては大きいと言われる程度の街。そのため、生産ギルドもなく、魔法ギルドも小さかった。
そこに現れた大量の冒険者。そう、祝福の冒険者達の存在だ。一気に人が増え、それに伴い生産量も求められた。そこで、各生産分野でそろそろ独立可能な弟子を見繕ってって計画が進んでいる中、生産ギルドが設立されることとなった。
うん。そこまでは良い。人が増えればそうなるのは当然の流れだろう。力のある弟子たちも早めに独立できて良かったんだと思う。生産ギルドのおかげで仕事があるし。
ただ、【木工】だけはちょっと事情が違った。独立できる弟子のアテがサロ以外にいなかったという。土地柄というかなんというか、ここアークでは簡単な木工作は各家庭で行ってるし、代表が代表だ。生活と研鑽には困らないが大儲けできないほどの依頼しかなかったので、他の分野に比べて専業が少なかった。
生産ギルドができ、木製品の要望も増え、専業を目指す者や、スキルアップをもくろむプレイヤーが大量に発生。他分野の新人親方は仕事の傍ら、空き時間にギルドで教員をして生活を立てている。先達は新しい弟子をとり、育成に余念がない。
翻って【木工】は今の人員ではとても足りず、独立したばかりのサロにすら数人の弟子が付いたらしい。
「おいらはまだ人に教えるレベルじゃないッフ。それなのに、急に弟子が4人もッフ。ギルドでの仕事もあるし、師匠のところでも引継ぎが終わってないしでてんてこ舞いッフ~」
「そうかそうか」
「師匠も師匠ッフ。もっと弟子を育ててくれてればこんなに仕事が集中しなくて良かったッフ」
「まあまあ。大変だな。
ほれ、飲め」
……っはっ!危ない危ない。飲む酒なんてないぞ。
机にぐでぇ~っと凭れて愚痴を言うサロを適当になだめていたら、思わず同期飲み会と同一視してた。ここはゲーム内。ここはゲーム内。リアルじゃないぞぅ。