7-9 理由
俺はそれなりにゲーマーである。社会人になってからはとんとご無沙汰だったけど、学生のころはゲームで徹夜を何度もしている程度には好きだ。
だから、戦闘、戦い自体はかなり経験している。ま、コマンド以上でも以下でもなかったけどさ。
そのことをはっきりと自覚したのが、最初のウルフ戦だ。後で戦ったコッコやウサギはまだ良かった。リアルっぽい戦いを楽しめたし、何より楽しかった。
でも、ウルフは違った。あれだけいい装備をしていたのに、死にかけた。その後、死に戻りは経験したけど、あっけないゲーム内の死と、あの死を間近にした苦戦は、ウルフ戦の方が何倍も、いや、比較できないくらいきつかった。
その後に、周りにいた人が色々言ってたのも堪えた。あれは気持ちいいもんじゃない。
おかげで、ちょっとばかり戦闘に拒否感がある。最初は気付かなかったけど、今ははっきりと自覚している。戦いに赴かず、街中だけで暮らしていたのは、自覚がない逃避だったのだ。
正直、戦いは嫌だ。正確には、きつい戦いは嫌だ。だな。こっちの攻撃は別に良い。血しぶきが飛ぶわけでもないし、生々しい手ごたえがあるわけでもない。ダメージだってそうだ。別に激痛があるわけじゃない。それは良い。でも、襲いかかられた時のあのリアルさ。感じる体温に息遣い。そして、殺意。あれは、ゲームだって認識できる、割り切れる人間じゃないと厳しいと思うぞ。
冒険者としてはどうかとは思うけど、これだけのプレイヤーがいるんだ。一人くらい、最初っから生産引き籠りプレーヤーがいたっていいだろう。生産ギルドもできたし、ユーザーも増えるから、今後は増えていくだろうけど。
リアルを追及しているこのゲームは、生産だって一筋縄じゃいかない。スキルだと結構簡単とはいえ、アーツを使わなければやっぱり大変。動作アシスタントと作業の簡素化、短時間化は素晴らしいけど、昔のゲームみたいにボタン一つでできるわけじゃない。
技術なんて、ほぼ素と変わらない。……と思う。薬なんて作ったことないからアレだけど、木工なんてかなりリアルだし。そんな状況でも、これから先、現実ではありえない素材――ドラゴン素材とか魔物素材とか――が現れれば通常ではありえない方法を探して、試行錯誤が行われるだろう。それを生産職だから“当たり前の行動”とは思えない。『冒険』に値すると思うんだ。製作者だってそう考えてると思う。
そうじゃなければ、生産なんてこのゲームでおまけ要素にしても問題ないはず。戦闘やら街並みやらの圧倒的なリアルさと面白さだけでも十分なゲーム世界だし。
閑話休題。
まあ、色々あって、俺は戦いが好ましくない。得意ではない。そういうことだ。自覚すると、全然街から出ようとしなかった自分の行動も納得できる。無意識に戦闘を避けてたんだな。生産が楽しかったのもあるけど、最近の状況を考えると、言い訳にすらならんだろ。
「戦いは性に合わないんで、それ以外でやって行こうかと」
「「そりゃ勿体ない」」
「もったいない?」
「祝福の冒険者は成長が早いんよ。現に、ちょっと教えただけで【短剣】を覚えたやん」
「普通は一心に頑張らんと自分の限界すら到達できん。無人族は短命じゃからな」
「うちら獣人種比べても短めやからね」
大抵のゲームではドワーフは長命だよね。へー。獣人もそれなりに長命なのか。
それで、命が短い無人族の俺を心配してくれる、と。ありがたくはあるけど、別に、ねぇ。
「下手したら通常の何十倍もの早さで成長する者が目の前にいて、自らの道を狭めていれば勿体ないと思うんじゃよ。
助言好きなのもあるが、なにせ、ここは始まりの街。材料も技術も、一級品はなかなか届かん。学ぶためにも旅に出たほうがええ。
そうなると、それなりに戦えんと話にならんぞ。常に護衛付きじゃあ、いくら金があっても足りゃぁせん」
「あー。そう言われると。そんな先のこと考えてもいませんでした。
……まともにウルフも倒せないレベルの俺なら、護衛しかないですね」
「そう先でもなかろう。一心に生産に打ち込むお主なら、自ずとここでの限界が見えてくるじゃろう。
……それにしても、ウルフが倒せんと?お主が?何の冗談じゃ」
いや、本当ですが何か。あんだけガチガチに装備を決めてもギリギリでしたが何か。腰が引けてる今じゃあ、勝てる気がしませんが何か。正直、ものすごい武器防具を作るか、購入しない限り先に進もうとは思いませーん。だって、ソロウルフであれだぜ?ボスどころか、集団だってとても無理。
「手持ちの最上装備とやる気十分で行ったら、殺されかけまして。
正直、セックにすらたどり着けるとは思えないんですよ」
「ふむ。セックへの道筋にはハイウルフがおるが……」
「ウルフに?ちょっと、それほんま?
ぼろくても装備をそろえれば素人でも狩れるんよ。冒険者なら、剣と盾でもあれば初心者でも問題あらへん」
ゆったりと話を聞いていたココルが身を乗り出した。俺がこんなことで嘘つく必要なんてないでしょ。
つーか、そんなにウルフは弱いのか?住民強すぎね?
「ええ。まあ。
かなりがっちり装備をした上で臨んだんですが、死にかけまして。
ウルフですらそんな状況なんで、その先なんて、とてもとても」
「うちが鍛えたのに……」
「ああ、その節はありがとうございました。おかげで、ウルフに勝てました」
【短剣】と【回避】がなければ、確実に死んでたろうな。いくらレベルが低かろうが、あるのとないのじゃ全然違う。はず。
「それにしても、住民の皆さんも強いんですね。ウルフが問題にならないなんて」
「街の近くにいる動物に手も足も出ないようじゃ、街として機能せんだろう。早晩廃墟となる。
それに、熊のような大型の獣や魔物はウルフとはレベルが違うのでな。じゃが、ウルフ一匹であればレベル10もあれば何とかなる。身体ができてない10の童ではきつくとも、成人にもなれば問題にはならんじゃろ」
今、レベルって言った?しかも、具体的数値付きで?
「レベルってわかるの?」
「ん?神殿や人物鑑定所でやってくれるじゃろ?まあ、それなりに金がかかるから節目でしかやらんがのぅ」
「まあ、成人までは年齢とレベルは同じくらいやからね。わざわざこまめに確認する必要もあらへんし。冒険者ギルドの年齢要件は10歳だから、冒険者は、ウルフならなんとか倒せる。……はずなんやけど……」
じゃあ、あれか?始めたばかりのプレイヤーよりも、住民の方がよっぽど強いのか?そんなことを考えていると、ココルがブツブツと自問自答し始めた。うーん。俺じゃ考えても答えなんて出そうもないが、こういったのを考えるのも面白くはあるな。
……他のゲームでもそうだけど、装備差がすごいのかもな。重装備の街の人なんてほとんど見ないし。
プレイヤーのレベルは上がりやすいから、すぐに基礎値でも大差がつくだろうけど。
そう考えると、強い住民ってすごいな。それとも、プレイヤーに対する恩恵がすごすぎるのか?
「ウルフに大苦戦、か。
戦いは技術も重要じゃが、慣れや武器、体格から相性に至るまで、判断要素が多くて一概に、これ、とは言いづらいのぅ」
「装備に関してはなかなかの物をつけとったみたいやし、気にせんでええんちゃう?」
「体格も……悪くはなさそうじゃしの。話だけ聞いて助言するのは難しいのぉ」
「……たしか、祝福の冒険者について、なんか聞いた気がしたんよ。うーん。
悪いけど、もっかいウルフのあたりまで話聞かせてもろてもええ?
損はさせんから」