7-7 ギルド長
重厚な机に座っていたのは、見慣れた顔。【鍛冶】代表のボルボラン。俺の【鍛冶】師匠(?)でもある。……合間にちょっとだけ教えてくれたのよ。ほんとに。
「おう。早かったな。
忙しいのに呼び出して悪いのう」
「いえいえ。忙しそうですね」
「おかげさまでな」
気軽に挨拶をしながら案内されたソファーに腰掛けると、向かいに彼が座る。横からさりげなくお茶が差し出された。
思わず凝視してしまった。今案内してくれた人だよね?いつ、お茶入れたのよ。
「おっ悪いのう。ノース」
「いえ。ギースト様のついでですので」
「儂がついでか!」
「いえ。おまけです」
「もっと悪いわ!」
急に漫才を始めた二人に戸惑っていると、我に返ったボルボランがこちらに意識を向けてくれた。
お客様を置いてきぼりはひどいよ。
そう言おうと思ったけど、彼の雰囲気がとても真剣だったので止めた。茶化せる雰囲気ではない。
「改めて、だ。
ギースト殿。このたびの助力。心から感謝を。
あれほど素晴らしい生産ギルドの象徴ができたのは、そなたのおかげだ。謝礼としてできることがあるならと思わんでもないが」
「こちらとしても、色々教えてもらえたので。それで充分です」
「……象徴作成の名誉。それくらいしか与えられる物がなかったからだったんだがのう。与えた以上の物で返されたのでな。そう言われると、こちらとしても立つ瀬がないんじゃ」
「……お金の面では、税金を安くしてもらってますし、ギルドでも優遇してもらえることになってますし……」
正直、この辺りで手に入る素材やアイテムはほぼ持ってるし、買える。それ以上のものは今の俺では扱いきれない。お金だって、現状では特に不足を感じてない。
やりたいことはできてるし、欲しい物もないので、お礼とか言われても特に希望はないんだよな。
「そう言うな。お金を渡そうにも、こちとらできたばかりで余裕がない。素材も製品も、貴殿には魅力とは言えまいが……」
「そうだ!一つだけお願いがあります」
「ん?なんだ。何かあるのか!」
ガタッっと立ち上がって身を乗り出すボルボラン翁。近い!顔が近い。
そう。俺には一つだけ思いついたことがある。たとえ、彼の顔が近すぎたとしても、叶えてほしいことが……。
「ギルド内での職員の応対を一般住民と同じにしてください」
「は?」
「えーっ」
まだいたのかノースさん。思いのほか可愛い抗議の声を上げたのは彼女だった。
「特別扱いは、皆の目線が煩わしいので」
「せっかくのちやほやなんですから、気にせず受けましょうよ」
「あまり注目されたくないんですが」
「……何があった?」
「会う人会う人に丁寧な挨拶をいただきました。それは嬉しいんですが、ものすごく目立ってしまいまして」
「……全職員がか?」
「ええ。流石に仕事の手を止めてはなかったですが、切れ間を見つけては、それはそれは丁寧に」
その時のいたたまれなさを他の人にも味わってほしい。あれに慣れなきゃいけないなら、有名人になんてなりたくないわ。
思いが通じたのか、ボルボラン翁は丁寧に頭を下げた。ついでに、ノースさんも深々と。
二人とも、自分がやられたらさすがに嫌と思ったんだろう。良かった。俺の気持ちを理解してくれて。
「それはすまんかった。この通りだ。
今後、優遇措置は別にして、対応の特別扱いはしないように通達しよう。
目立つことを忌避する者もおる。そのことは全職員に理解させないといかんな」
「少数派でしょうが、ね」
目立つことを、特別扱いされることを嫌がる人はそれなりにいるけど、冒険者として考えたら少数派だろう。もっと先に、もっと上にと突き進むのが冒険者だから。
人とは違う待遇を得る優越感は、冒険者に限らないかな。
でも、俺は現状で満足している。何せ、作りたい物は作れるし、面倒な家のメンテはやってくれる人がいる。新しい素材もある程度は手に入るし、そもそも今ある素材ですらまだまだ使えるので、新しいことに手を出す暇がないくらいだ。一足飛びに先に進むより、じっくりと楽しみたい。
それに、そんなに感謝されるようなことをしたつもりはないから、理解ができずにかなりむず痒い。どちらかと言えば、目立つことよりも、こっちの方が主な理由だったり。
「まあ、皆の気持ちもわからんではないが、それでギースト殿に迷惑をかけたのも事実。
頭を下げて終わりにするつもりもないが、他に謝意を示せるもんもないのでな」
「ああ、まあ気にしないでください。設立には協力しましたが、そこまで感謝される覚えがないので戸惑ったんですよ」
「ギルドの設立は悲願であったと知らんのか?」
「聞きましたが、生産者にとってですよね?職員さんには特に関係ないかと思うのですが」
呆れたように言うボルボランに、ちょっとだけ反論。生産系プレイヤーに感謝されるのはまだわかるけど。
「ギルドの職員は、大半が身内に職人や見習いがおる。本人としても貴重な就職先じゃ。中には、街中冒険者として日銭を稼いで生きてきたのもおるくらいじゃ。安定した職が得られりゃ感謝ぐらいはする。
こういったギルドの窓口は若もんの出会いの場でもある。そっちも考えりゃ、そりゃ本人に一言お礼を言いたくなるじゃろう」
「別に俺が」
「確かに、お主は切っ掛けにすぎん。それでも、感謝の気持ちくらいは持ち合わせてるし表したいと思う。それが当然じゃ。
素直に受けとくがええ」
「……はぁ」
最近、ゲーム内では似たようなことをよく言われる。俺のおかげだと。でもさ、別に俺一人の成果でもないし、俺がいなけりゃありえなかったってわけでもない。色んな回復薬も、あのレシピならアークでは無理でもセックでならそのうち作られたはずだ。好影響はあったのかもしれないが、そんなもの、俺の手元に入った金額と、家やら何やらで十分以上に報われている。
つーか、象徴なら実際に作ったのはアロを始めとした一番弟子グループだし、追加効果はクロがいなけりゃできなかった。俺なんて、最初のアイディアと場所、材料の提供位だ。先駆者に利益が行くのは当然だけど、集中するのは違うって思うわけだ。
俺のことを謙虚だって言う人もいる。でもさ、考えてみてよ。営業として物を売って感謝されたって、そもそもその物を作る人、見つけ出して流通に乗せた人、運ぶ人やら沢山の人がいて初めて渡せるわけだ。今回も同じ。どちらかと言えば、試行錯誤で作り上げたクロ達がすごい。俺だけが感謝されるのは何か違うって思うんだよね。喜ばれれば嬉しいけど、それで増長するのは間違ってると感じる。ま、性分だね。
どちらにせよ、これで金額以外の特別扱いはなし。名前はそこそこ売れた、特に住人や生産系なら聞き覚えがある人間になったけど、あまり他人との接触がない現在は無問題。素材の購入をしたら、せっかく出かけてきたんだから魔術ギルドへ行ってみようかな。
つらつらとそんなことを考えつつも、表には出さず、曖昧な笑みで受ける。ま、日本人的だね。
「細かいことは抜きにして、お主が目立ちたくないなら、今後は表立った特別扱いはせん。それでいいじゃろ」
「助かります」
そう答えたら、なぜかノースさんが急に立ち上がって扉へ。
さっと開くと、丁度ドアを叩こうとした人がすかして体勢を崩した。
あれっ?なんでこんなところで。




