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ELEMENT 2015秋号  作者: ELEMENTメンバー
テーマ創作「月」
3/17

月夜に響くメロディー(作:紫生サラ)

このお話は夏号「異世界の風・開封前」、紫生サラさんマイページで公開中の「異世界の風・開封後」、鈴木りんさんの「ぬいぐるみ犬探偵リーバー」が関連しております。単独でももちろん楽しめますが、是非関連作もご覧ください。

「ええ、そうなんですか……最近ね……」

 玄関の方からママさん同士のいつもより高めの声で話す話し声が聞こえてきます。 

 ご近所付き合い情報交換。

 日々、新しい情報を仕入れ、ご近所と自治会の荒波をうまく乗り切っていくのは大変なことです。

 とはいえ、こちらのママさんのキリリと光る判断力と洞察力はとても優秀なので、特に問題らしい問題も起きず、平和な毎日が送られているのですけれどね。

 ここは北海道札幌のマンションの一室。 

 この家のリビングで、ピンク色の羊のぬいぐるみのメメは少々暇を持て余しながら、玄関の方から漏れ聞こえて来る声に耳を傾けていました。

 とうのメメにもよく理由はわかりませんが、この家のぬいぐるみは動いたり、しゃべったりすることができるのです。

 もしかしたらこの地域にあるという活断層が活発になった影響で、何だかすごいエネルギーが出てきているのかも? と、考えたりもしましたが、その理由は定かではありません。

 とにもかくにも、この一室のぬいぐるみ達は自由に動き回ることができるので、彼らは自分達で約束事を決めていました。

「人間に頼ってはいけない!」

「人間に動くところを見られてはいけない!」

「人間と話してはいけない!」

 これを守ってぬいぐるみ達は楽しくくらしていたのです。

 ママさんたちの噂話からすれば、どうも最近この近所で不可解な出来事が起きているらしいのです。

 刃物のようなものでボロボロに引き裂かれたぬいぐるみが連日発見されているというのです。

 そう、「殺人」ならぬ「殺ぬいぐるみ」。それも、ボロボロに引き裂かれるなんて、なんて猟奇的なのでしょう。

 メメはゾゾッと可愛らしいしっぽを震わせました。

 猟奇的な殺人を犯す人物が人間を殺す前に猫などの小動物を殺したり虐待したりということはよく聞く話ですが、殺されているのはぬいぐるみ。とても悲しいことなのですけれど、いくらぬいぐるみが殺されても警察は捜査をしてくれたりはしないです。 

 こんな時は頭のキレる名探偵にでも登場してもらうしかありません。

 この家に住む、自称狼の血筋を持つゴールデンレトリーバーのぬいぐるみ犬探偵リーバーなら、少々不満がありそうな口元をしながらも食いついてきそうな事件だわ、とメメは思いました。

 ですが、生憎と、名探偵とその助手である大きな耳が自慢のビーグル犬のぬいぐるみコーハイは、別の事件を追ってレオナちゃんの鞄の中へ潜入捜査中。美少女高校生探偵のレオナちゃんが帰ってくるまで、リーバーもコーハイも帰ってはこないでしょう。

「はあ……」

「うん?」

 メメは窓辺で空を見上げながらため息をつくうさぎのぬいぐるみのミミに目を向けました。すると、メメの横からペンギンのぬいぐるみのギンが顔を出して言いました。

「ミ、ミミの奴、ここ最近あんな、か、感じなんだぞ?」

「……うん」

 少し間をおいてミドリカメのぬいぐるみのカメが頷きます。

 ケンカ友達のギンもここ数日のミミの様子がおかしいので、いつもみたいに楽しくふざけることができませんでした。

「原因はわかっているわ」メメの言葉にギンとカメはピンク色の羊に目を向けます。見た目はふわふわで朗らかなメメですが、ときに鋭い着眼とツッコミが光ることをギンもカメも知っていました。

 いつもなら恐ろしく感じるミミの洞察も今は頼もしく感じられました。

「だって、もうすぐあの時期でしょう?」

「「ああ」」

 メメの言葉にギンとカメはすぐに思い当たったように頷きます。

 そう、もうすぐ十五夜。

十五夜と言えば……。

「お月見したい……」

 ミミは空を見つめながらボソリと呟きました。

 空を見上げながら想いを馳せるうさぎのミミの一年でも特別なイベント、それがお月見なのです。

「な、なんで、そんなにお月見なんかしたいんだ? つ、月なんかいつでも見られるんだぞ?」

 ミミはジロリと鋭い目を向け、うさぎの俊足でギンに詰め寄ります。

 ギンの小声でいった言葉を、長くて立派なミミのうさ耳は聞き逃しませんでした。「あんた今、月なんかって言ったわね!」

「おお!?」

「月にはね! うさぎがいるのよ! 私の眷属が今でも月のクレーターで巨大なお餅をついているんだから!」

「お、おう?」

「あんな厳しい環境の中でお餅をつくのは大変なんだから! うさぎじゃなかったらそんな偉業はできないわ! 私は誇り高い仲間を地球から応援したいのよ!」

 熱弁を振るうミミにギンは圧倒されました。圧倒されるギンの横で「何だか、認識が偏っている気がする……」とカメは思いましたが自分も巻き込まれると大変なので黙っておきました。

「落ち着いてよ、ミミ。月はここからでも見えるわ。ここから月を見てるだけじゃダメなの?」

 メメに言われてミミはまたさらに声高に、鼻息荒く力説しました。

「もっと高い所! もっと月に近いところで応援したいのよ!」

「でも……」

 そんなミミの希望を叶えることは難しいとメメは考えます。

ぬいぐるみが家を抜け出して外を勝手に出歩いたりしたら大変なことになってしまいますし、ぬいぐるみのルールの「人間に動くところを見られてはいけない」を守るのがとても苦労しそうです。

「うーん」

 みんなが頭を悩ましていると突然「パリパリ」と大きな線香花火が弾けるような音がしました。と、ほぼ同時にリビングの真ん中に何か黒いモノが降ってきたのです。

「ぶみゃ!?」

 ビクッとみんな驚いて目を見開きました。

「な、何? 今の猫が着地に失敗したような声は?」

 思わずメメが言いました。

「あわわっ!」

「びみゃ!?」

 今度はさっきよりも大きな音に思わずみんな目を背けてしまいました。

「ね、猫が何かの下敷きになって、お、押しつぶされた時みたいな声だぞ?」

 今度はギンが言いました。

 ミミ達が恐る恐るその方向に顔を向けると、ソリでも引きそうな三毛色の巨大なバーニーズマウンテンドックがお座りをして辺りをキョロキョロと見回しているではありませんか。

「……犬?」

 カメが見たまんまのことを口にして、みんなの視線は三毛犬の足元に注がれました。

犬の足元では黒い猫が飛び交う星の中で目を廻しています。

「……? ロデムさん、ここ、どこですか?」

 巨大な三毛犬は自分の足元で目を廻している黒猫に「ロデム」さんと呼びかけて尋ねましたが、猫は巨大な犬の足がどいてくれないと、その問いに答えられそうもありません。

「ふ、フレン、どいてくれ……」

 ロデムは大きな三毛色の犬に「フレン」とやっとの事で呼びかけます。

 その時、部屋の外から慌てた様子の足音が近づいてきました。

それはそうです。小さな黒猫だけならまだしも、こんなに大きな犬が降って来たのですから、その音に驚いてレオナちゃんのママさんが部屋へと向かってきていたのでした。

「まずいわっ!」

 部屋の中にいきなり見知らぬ二匹がいたら大変なことになっています。

 メメは咄嗟に二匹に声をかけました。

「ちょ、ちょっと、とにかく隠れて!」

「は、はい!」

 その言葉にハッとしたフレンは慌てて窓近くのカーテンにくるまるように隠れました。なんだかカーテンが膨らんでしまいとても不自然な感じです。

「フレン! それでは私が入れないではないか! もう少し詰められないのか!?」

「ここは満員です、ロデムさんは他を当たってください!」

 確かにカーテンはいっぱいでした。いっぱいどころかフレンの太くて立派なしっぽがひょっこりと出てしまっています。

どう考えてもロデムの入る場所はなさそうです。

 仕方ない、もう片方のカーテンを登るか!? と黒猫は猫らしい考えを思いつきましたが、二匹でカーテンの所に隠れていては見つかってしまう可能性が高くなってしまうでしょう。

 ああ、カーテンの色が黒だったら! とロデムは泣きたくなりました。

「猫さんはこっち!」

 メメが手招きをするので、黒猫のロデムはぬいぐるみ達の間に飛び込みました。でも、これではいくら何でもまる見えです。

「ほら、い、息をとめて! 来るんだぞ!」

「い、息? そうか!」

 扉が開き、お母さんが部屋に飛び込んできました。しかし……。

「……? 何もない?」

 あれほど大きな音がしたのに?

 ママさんの顔に緊張が浮かび、目は疑惑に凝らされました。ジーッとドアに手を掛けたまま何度も視線を往復させています。

 フレンは、まる見えだったしっぽを懸命に丸めてカーテンの中に隠したので、ママさんは気が付きません。しかし、ぬいぐるみ達の間に、丸くなって眠るようなポーズの見慣れぬ黒いものがあるではありませんか。

「……猫のぬいぐるみ? こんな子いたかしら?」

 それはもちろん「死んだフリ」ならぬ「ぬいぐるみのフリ」をしたロデムです。ロデムはぬいぐるみたちのなかで埋もれるようにぬいぐるみのフリをしていたのでした。

「……」

 ママさんは怪訝な顔で黒い猫のぬいぐるみを覗き込みます。

ロデムは必死に息を止めて、ぬいぐるみのフリをしました。息をしてお腹が動いたらバレてしまいます。

「……よく、出来ているわね?」

「……」

 お母さんがロデムを抱き上げようと手を伸ばしたまさにその時、唐突にママさんの携帯がなりました。

「あ、もう、こんな時間!」

 今日はパパさんとデートの約束をしていたのです。

時計を見れば、もう家を出なければならない時間。きっと電話の主はパパさんに違いありませんでした。

ロデムの体に触れる前にママさんの手が離れ、ママさんは慌てた様子でリビングを出ると、電話を取りながらバタバタと出かけていきました。

……。

家の中が静かになるとロデムは大きく息をついて全身がヘニャリとなりました。

「……あぶなかった」

 カメがドキドキしながら言うとギンがとなりで頷きます。

「皆さん、助かりました」

 ロデムがお礼を言うとカーテンにくるまっていたフレンも姿を現し、ロデムに習ってペコリと頭を下げてお礼を言いました。それからおもむろにこう言ったのです。

「あの、ところでここはどこですか?」


   ○


「なるほど、ここは北海道の札幌のマンションの一室、ということなんですね……」

 ロデムは座り心地のよいソファに香箱に座り、フレンはその下で伏せながらお互いに自己紹介と、ここがどこなのか、そして自分達がどうやってここまで来たのかなどを話し合いました。

「ふむ……」

 話し合いをしながらロデムとフレンは思いました。

どうして、ぬいぐるみがしゃべっているのだろう? と。

大体、しゃべっているだけでなく、動いているではありませんか。

ぬいぐるみと暮らしたことのない二匹は、もしかしかしたら、ぬいぐるみとはこういうものなのかもしれない……と考えを改めることになりました。

 ふむ、今度ぬいぐるみを見かけることがあったなら、ちゃんとあいさつをした方がよいのだな。とロデムは思いました。

 ぬいぐるみ達も思っていました。

どうして、猫と犬がしゃべっているのだろう? と。

大体、しゃべっているだけでなく、いきなり現れたりして。

 確かに、いきなり何もない所から降ってくる猫と犬ですから、きっと普通の猫と犬ではないのだろうなと思いました。

「……それで、ロデムさんとフレンさんは違う所から来たと?」

 二匹の話を聞いたぬいぐるみたちを代表してメメが言いました。

「そういうことになります。少なくとも主の家は北海道ではなかったし……」

「ロデムさんロデムさん、北海道って遠いんですか?」

「ああ、そうだな。少なくとも主の家からはかなりあるな。何とかして家に帰らないと寂しがりやの主のことが心配だし……。できれば、あの道を戻ることができたらいいのだが……」

「あの道?」

 ギンが首を傾げます。

「はい、フレン達が通って来た道です。キラキラした星空みたいな道をビューンってやって来たんですよ」

「……星空、ビューン……楽しそう」

 カメはちょうど海を泳ぐ亀のように星空を飛ぶ姿を思い浮かべ、にんまりしました。その横でギンは、頭や手足を甲羅の中に入れて火を噴きながらクルクル回転しながら飛んで行くカメを想像して、にんまりしていました。

「ふむ……」

 ロデムは頭を捻りました。

 ここに来ることが出来た要素は何だろう? 

ここに来ることができた理由……?

もしかしたら、同じような条件がそろえば帰ることができるのではないだろうか?

 不思議な缶、光る靄……。

しかし、両方とも、どこにも見当たりません。他に条件と言えば……?

 ロデムはあの夜のことを思い出します。

「あとは、月の光……とか?」

「月!?」

 窓辺でまだ昇っていない月に想いを馳せていたうさぎのミミが長い耳をピンと跳ねあげました。

「今、月っていいました!?」

 香箱に座るロデムにずんずん近づき、ミミは鼻と鼻が触れるくらい顔を近づけ目を輝かせました。

「えっ? ええ……もしかしたら月の光には不思議な力があるのかと思って……」

「そうなんです! 我が眷属が懸命に働くあの月は特別な場所で、特別な力があって、特別な……!」

「ちょっと、ミミ、落ち着いて! ロデムさんが困っているわ」

 興奮するミミをメメがたしなめ、うさぎは我に返って、長い耳をヘニャリとさせました。

「私としたことが……」

「ごめん……月のことで、ちょっと興奮……してるんだ」

 カメがミミのかわりにゆっくりとした動作で頭をペコンと下げたので、ロデムとフレンはつられて頭を下げました。

「でもでも、確かにあの時、靄は月の光で光っていたように思いました!」

「うむ、靄も缶もないが、月はどこにでもある。皆さん、申し訳ないが夜になるまでここに居させてもらっても構わないですか?」

「そ、それはかまわないんだぞ」

「いえ、ちょっと待つのよ!」

ミミの耳がまたピンと立って、元気よく声を上げました。

「今度は何よ?」

「どうせ月を見るなら、もっと高い場所がいいわ! 月に近い所で見た方が月の力だって強いはずでしょう!」

 興奮気味のミミですが、今度はミミの言うことにも一理あるなとみんな思いました。

「ミミさん、どこかいい場所知っているんですか?」

「もちろんよ。私が案内するわ。みんなでお月見に出かけましょう!」

「「「ええっ」」」

 メメ、ギン、カメは思わず声をそろえてひっくり返りそうなほど驚きました。

なんてことを言いだすのでしょう。

「何よ、みんな出かけたくないの!?」

 ミミの言葉にメメもギンもカメも顔を見合わせます。

確かに、リーバーやコーハイはレオナちゃんの鞄に忍び込んでは外へと冒険に出ているのに、自分たちはいつも留守番ばかり。

ミミが言うように外への出てみたい気持ちがないわけではありません。

「でも……」

「そ、外に出て、み、見つかったらどうするんだぞ?」

「……うんうん」

 ミミ以外の顔は晴れません。しかし、月がうさぎを強くするのか、ミミは声を上げました。

「大丈夫、私に考えがあるわ。みんな手伝って!」

 ミミのあまりの勢いにロデムとフレンはただただ顔を見合わせるのでした。

 ミミの考えはこうでした。

レオナちゃんが以前塾に行く時に使っていたデイバックにギン、メメ、カメが入って一緒にフレンに運んでもらうのです。

「ちょ、ちょっと、せ、狭いんだぞ」

「……筆記用具が、入れっぱなし……」

「もうちょっと、詰めてくれない!?」

「もう時間がないんだからつべこべ言わないの!」

 メメ、ギン、カメが入り込んだピンク色のバックをフレンが器用に背負いました。

「どう? 重い?」

「いえ、全然平気です」

 フレンはバックから顔を出したメメに振り向きながら答えました。いくらギン、カメ、メメがバックの中に入っていると言っても重さはそれほどでもありません。

 やっぱりぬいぐるみなんだな、とフレンは不思議に納得しました。

「で、ミミさん、君はバックには入らないのかい?」

「当然。だって、そうしたら道案内が出来ないでしょう? 私はロデムさんに運んでもらうわ。黒猫は運ぶのが得意でしょう?」

「……うむ」

 ミミの言葉には納得しがたいものがありましたが、ロデムはちょうど親猫が子猫を咥えて運ぶように彼女を口で持ち上げてみました。すると、咥えられたミミは歓喜の声を上げて言いました。

「うんうん、とってもいいわ! これなら大きな声を出さなくても案内できるわ」

 うさぎを咥えた黒猫とデイバックを背負った三毛犬の準備が整いました。

 ……うむ、しかし、ぬいぐるみとはいえ、意外とミミさんは重いな?

猫紳士のロデムは内心ではそう思いましたが、口も塞がっていることだし、レディの前なのでそんなことは言いません。 

 女の子に「デカい」とか「巨大」とか「重い」とかいうと、それが例え本当の事であってもあまりいい結果にならないことをロデムの明晰な猫脳はちゃんと理解しているのです。

 ロデムが器用に玄関のドアを開け、二匹とぬいぐるみの一行のお出かけが始まったのでした。

 うさぎを咥えた黒猫の後ろに、デイバックを背負ったバーニーズマウンテンドックがトコトコと歩いていきます。

 猫だけならまだしも、大型犬が飼い主もなしで歩いているのはとても目立って、恐がれてしまうのではないかとロデムは少し心配していました。ですが、うさぎを咥えた小さな猫が大きな犬を引き連れている姿に見かけた人の顔は思わず綻びました。

 フレンはみんなから笑顔を向けられ、思わずしっぽを振って応えたくなってしまいます。予想していたよりも「お出かけ」は順調でした。

 とはいえ、やっぱりロデムは注目を集めていることが落ち着きません。

 あまり騒ぎが大きくなって、この辺りの野良猫たちに目をつけられたら面倒なことになってしまいますし、主のいないフレンを見て通報する人が現れても大変です。

「ミミさん、人目のあまりない裏道を行きたいんだが……」

 ロデムはミミを咥えながら器用に口をズラして言いました。

 すっかり外の世界に夢中になっていたミミは不思議そうな顔をして言いました。

「あら、どうして?」

「少し言いにくいのだけど、私の相棒は少々目立つものでね」

 そう言って呑気そうな顔をして歩くフレンにチラリと視線を向けて言いました。

「わかったわ。そこの路地を左に曲がって商店街の裏を通って行きましょう」

「了解した」

 ロデムはミミに言われた通り、路地を曲がりました。するとそこは人通りも少ない住宅街に面した道で、車が二台通るには少し窮屈な感じの道幅しかありません。

 もうとっくに小学校の下校時間は過ぎているはずでしたが、公園で遊んでいた帰りなのか、ランドセルを背負った子供たちの姿がちらほら見えました。

「わあっ! 小学生ですよ! ロデムさん!」

「ダメだぞ、フレン」

 子供好きなフレンがしっぽをぴょんと立てました。しかし、こんなオモシロ二匹が小学生に遭遇してただ済むとは思えません。 

黒い猫脳は的確な判断力をキラリと閃かせ「今は目的の場所に向かうのが先決だ」とカッコよく言おうとしましたが、ミミを咥えているのでうまく言えませんでした。

「ふがふが」と言う部分が多くなり、何だかカッコがつきません。

「もう、わかってますよ。あ、でも、あの子とか、可愛いですよね? 大きなウサギさんを抱いてますよ」

付き合いの長いフレンですので、ロデムのふがふがをちゃんと聞き取りました。

 フレンが言ったのはちょうど五歳くらいの女の子でしょうか。大きなうさぎのぬいぐるみを抱いて、赤いポストの所で一人で立っていました。

「ふふ、あの子、幸せそうな顔をしているわ」

 と、ミミが嬉しそうに目を細めました。

「幸せそうな? あの子?」

 ロデムが聞き返します。

「ええ、そうよ。あの子新人ね。うちのレオナちゃんもあれくらいの時はよく私を抱いていたっけ」

 どうやらミミが言っている新人の子というのは、女の子が抱いているうさぎのぬいぐるみのことのようでした。

 長くて垂れたふわふわの耳とクリーム色の毛並、見上げるようなつぶらな瞳に微笑むような口元からは、そういう生来のものとは別に、あの新人が女の子に抱かれて幸せを感じているから笑っているように見えるのかもしれません。

 誰かを待っているのか、それともお迎えにきたのか、心細そうな女の子をしっかりと新人うさぎが勇気づけていました。

「うんうん、やっぱり女の子が持つぬいぐるみって言ったらうさぎよね」

「あら、羊もいいけどね」

「ペンギンもいいんだぞ」

「……カメも」

 ミミの意見にメメや、ギン、カメはデイバックの中からかわるがわる顔を覗かせ反論しました。本当は、みんな反論するよりも女の子の様子を見たかったのですけどね。

「さて、先を急ごうか」

 ゆっくり歩いていたロデムは頃合いを見ていいました。ミミ達が揃って返事をすると、二匹は遅れを取り戻すように少し早足で歩き始めます。

「って、ちょっと待って!」

「うん?」

 バックから顔を覗かせていたメメの声にロデムとフレンは思わず足を止め振り返りました。

「あの子が!」

 人目の少ない裏通り。

あの女の子を腕に抱えた男が車に乗り込こもうとしているではありませんか。

「お、おい、あれって!」

 ギンが顔を出して声を上げました。

「誘拐!?」

 全員が驚きのあまり呆気にとられていると、エンジンのかけられていた銀色のワンボックスは瞬く間のうちに走り去ってしまいました。

「走れフレン! あの車を追うんだ!」

「はいっ!」

 いちはやく判断したロデムの声に、フレンは点火されたロケットのような勢いで走り出します。

 車が走り出していたこともありますが、もともと車との距離が離れてすぎていたために、いくら元気いっぱいのフレンの足で追ったと言っても、車はすぐに見えなくなってしまいました。

 ロデムは急いで塀の上に登り、車が走っていった方向を確認します。それから、へたり込んだフレンの元へとやってきて言いました。

「フレン!」

「はあはあ……車さんは速いですぅ」

 肩を落とすフレンを励ましながら、みんなあの女の子のことを心配しました。

「どうしよう、どう見てもあの子の知り合いって感じじゃなかったですよね?」

「うん、ゆ、誘拐っぽかったんだぞ」

 戸惑ったように言うメメにギンがそわそわしながら頷きました。

みんなは一度、辺りを見回します。

「ここ、他に……人、いない」

 カメが言いました。

確かに、小学生の一団はずいぶんと離れた所を歩いて行っているし、それ意外に人の姿はありません。

 連れ去られる時に口を塞がれていた女の子は声を上げることもできませんでした。女の子の悲鳴もない以上、誰かがこの異常に気が付くことは考えにくいように思えました。

 そう、この出来事を知っているのは、ここにいる黒猫と三毛犬、そしてぬいぐるみたちだけ。

「さて、どうするか……」

 ロデムは知恵を巡らせながらしっぽをぱたぱたと小刻みに弾ませ、言葉を零しました。このしっぽぱたぱたは考え込む時のロデムのクセです。

「もちろん助けにいくわ! うさぎを愛する女の子と仲間を見捨てておけないもの!」

 ミミが息を巻いて拳と耳を天に突き上げました。

「……でも、どうやって?」

 カメが聞き返して、ミミの耳は勢いをなくしたようにヘニャリとしました。

 車は走っていってしまい、もう影も形もありません。辛うじて走って行った方向がわかるくらいです。

 するとロデムが考えをまとめたのか顔を上げて言いました。

「……フレン、匂いを追えるか?」

「匂い?」

 フレンは首を傾げ、メメが驚いたように言いました。

「匂いって言っても、女の子は車に乗って行ってしまっているのよ、女の子の匂いのあるものも残っていないし……」

「いや、女の子の匂いじゃない。車の匂いだ」

「車?」

「そうだ、排気ガスの匂いを追うんだ」

 ロデムは車の後ろを走ったフレンならば、その排気ガスの匂いから車の行方がわかるのではないかと考えたのです。

「できそうか?」

「やってみます!」

 フレンは元気よく言いました。とはいえ、いくらフレンが犬であっても、やったことのない匂いの追跡が出来るどうかはフレン自身にもわかりません。けれど、ロデムに頼りにされていると思うと嬉しくなって思わず返事をしてしまったのでした。

 フレンは道に残った車の匂いを確かめました。

「行けると思います……ロデムさんついて来て下さい!」

 フレンは車のあとを追って走り始めました。

「よし」

 ロデムはミミを咥え、フレンの後を追って走り始めたのでした。

 走っていくフレンのあとを追いながら、ロデムは心の中で少しだけあった不安が自信に変わっていきました。

 フレンの案内する方向は、ロデムが塀の上から見た車が走っていく方向と同じだったのです。フレンはちゃんとわかっているんだとロデムは確信しました。

 フレンが追跡を始めて十五分ほど経った頃のこと。ロデム達は川沿いの閑静な住宅街を歩いていました。

 ここまで順調に走って来た一行でしたが、ここに来て急にフレンの足取りが重くなりました。

 土手が近くて、嗅いだことのない草の匂いや珍しい川の匂いが濃く、その上風も出てきてしまったのです。フレンは匂いをすっかり見失ってしまいました。

「もうわからないです……」

 ぐったりと疲れたように伏せると、フレンのしっぽがパタンとなりました。

デイバックの中からメメやカメ、ギンが顔を出して辺りを見回します。

 広い迷路のような住宅街を通って、車は走り去ってしまったのでしょうか?

 それとも、土手の方へ行ってしまったのでしょうか?

 なにか手がかりはないのでしょうか?

「どうしよう……」

「ほ、本当に、こ、こっちで合っていたのかだぞ?」

 メメもギンも落ち着きません。カメものんびりしているように見えましたが、そわそわしていました。

「匂いは確かに……でも、急に匂いが薄くなってきちゃって……」

 申し訳なさそうにうなだれるフレンを見ながら、ロデムは先ほど塀に登って確認した車のことを思い出しました。

 ロデムが何も言わなくても、あのとき車が走って行った方向に、フレンは確実に追跡していました。

フレンは確かに車の匂いを追うことができていたのです。だから、車はこの方向に来ているはずなのです。

 ……急に匂いが薄く?

「匂いが薄くなったというのなら、車が排気ガスを出すのをやめたのかもしれない」

 ロデムの言葉に地面に降ろされていたミミが顔を上げます。

「排気ガスを出すのをやめる? どうやってそんな事を?」

「そうか、車が止まったのね!」

 メメが気が付いたようにバックの中からから言うとロデムは頷きました。

「そう。おそらくどこかこの近くで車が止まったんだ。車が見当たらないのは走りさったんじゃなくて、私達が見つけられていないだけなんだ」

「じゃあ、手分けして探せば……」

 フレンはあらためて自分たちのいる場所を考えて言葉を飲み込みました。

「そ、そんな、こんな広い、ば、場所を探すなんて大変すぎるんだそ!」

 手分けして探すと言っても、ミミたちが動き回るわけにはいきません。フレンとロデムが別れて探すしかないのです。でも、それでは時間が掛かり過ぎてしまうでしょう。

「何か手がかりが必要だな」

 ロデムが言うとメメが「そういえば」と口を開きます「あの車。銀色で四角い形でよく見かける感じのものだったけど、横に大きな凹みがあったわ」

「そうだった?」

「ええ、確かにあったわ」

 ミミは首を傾げていましたが、メメは自信を持って言いました。

「私が上から見た所、天井にも傷があった。何かに引きずったような縦の傷が錆びた感じの印象だった」

 ロデムも記憶を辿り言いました。

フレンはよく覚えていませんでしたが、後ろを走っていたことでカメがナンバーを覚えていました。

「よ、よく覚えていたんだそ」

「……うん」

「これだけ、手がかりがあれば……」

 ロデムは、ミミを伏せて休んでいたフレンの首の裏に乗せてやると、キョロキョロと辺りを見回しました。

「どうしたんです?」

「関わらないままにしておきたかったが、こうなったらそうもいかない」

 ロデムは出来るかぎりの大きな声を上げていいました。

「私達を監視しているもの! 顔を見せてくれ! 私は君達と交渉がしたい!」

 ロデムの声が響いたあと、シンッと静まり返りました。フレンもミミ達も何のことだかわからず呆然としてしまいます。

ロデムはかまわずもう一度、声を張り上げました。

「協力してほしいんだ! どうか頼む!」

 すると、今度は電柱の陰や塀の陰、茂みの中がキラリと光りました。なんと、ロデム達を囲むように四方から四匹の猫達が姿を現したのです。

 鋭い目をしたしなやかなアビシニアンにたくましい体付きのキジトラとサバトラ、その三匹を率いていたのは耳の尖った小柄なベンガルでした。

 彼らはこの街を縄張りにする野良猫達です。突然現れた見知らぬ黒猫と三毛犬についた監視役……と言ったところでしょう。

 しかも、ただの監視役ではなさそうです。

 ロデムは四匹の姿を見てすぐに察しました。おそらく四匹とも腕に覚えのある精鋭部隊と言ったところでしょう。

 これは大きなフレンがいるために、このメンバーになったのかもしれないな、とロデムの猫脳は分析しました。

 ロデムは、街を歩き出した頃から彼らの存在には気が付いていたのですが、できるだけ関わらないようにして穏便に済ませようと考えていました。そのためにも目立たないようにして、彼らを刺激しないように行動したかったのです。

 しかし、今は緊急事態。地元猫達の情報網と多くの目があればこの事態を何とかできるのではないかと考えたのです。 

 威圧感のある四匹は、主にロデムに目を向けたまま距離を保って近寄りました。

 フレンがいるためでしょう。

猫同士の敵対している時の警戒距離も遥かに遠く、安全な位置を保っています。

「私はロデム……先ほどこの街にやって来た旅猫だ」

 咄嗟にロデムは旅猫という言葉を作って自分の身分にしました。フレンもそれにつられて自己紹介しようとしましたが、ロデムにしっぽで合図され口を閉じました。

「縄張りに勝手に入った事は謝罪しなければならない。私達はすぐにここを出て行くつもりだったんだ。許してほしい」

「……あたしらにどんな用があるんだい?」

 答えたのはベンガルでした。牙を剥いたようなぶっきらぼうなもの言いでした。

この四匹のリーダーは、気の強そうな小柄なベンガルの女の子のようです。

 ロデムの後ろでフレンは不思議そうに首を傾げました。ロデムと地元の猫達の話が何だか聞き取りにくいのです。

 野良スラングと猫達の北海道訛りために犬のフレンでは聞き取りにくく、もしかしたらフレンの言葉も通じるかどうかもわからないほどです。

 また、フレンの背中でぬいぐるみ達も不思議な感覚になりました。

 ロデムの言っていることは理解できるのに、他の猫達の言っていることが聞き取ることができません。

 やっぱり、突然現れた猫と犬は不思議な猫と犬なのかもしれない、とまた思ったのでした。とにかくこうなったら、三毛犬とぬいぐるみたちは黒猫の交渉を見守るしかありません。

「人間の子供がさらわれたんだ。その子を助けたい。この辺りの情報を提供してもらえないだろうか?」

「人間の子を助ける? 何故?」

「理由はない。ただ、見過ごせないんだ」

 ロデムの言葉にベンガル達はお互いに顔を見合わせ、肩をすくめて鼻で笑いました。

 スラリとしたシャーロックを思わせる美しいアビシニアンの女が嘲笑を交えて言いました。

「あんたの優しい飼い主でもないんだろう? 旅猫さん?」

「人間のもめ事の首を突っ込めば面倒なことになる」と厳ついキジトラが言うと、その横でしゃがれ声のサバトラが「そうだそうだ」頷きました。

「確かにそうかもしれないが、子供をさらうような人間は、猫に対してもいい行動を起こさないとは思わないか?」

 その言葉に猫達の顔色にわずかに変化があったのをロデムは見逃しませんでした。

「もしかして……?」

「うるさい黒猫だね! 大体、よそ者のあんたになんでいきなり情報を提供しなきゃなんないのさ?」

「それは……」

 ベンガルは「まるで話にならない」とすぐに交渉を切り上げようとするの。

 本当だったら、手土産の一つで持って街の顔役にあいさつを済ませ、それからボスへの交渉が普通です。

 ロデムは実際にそんな場面に出くわしたことはありませんでしたが、常識として心得てはいました。

 例え手順を踏んでいたとしても、よそ者のロデムでは等価交換というわけにいかないこともわかってはいましたが、今はとにかく時間がおしいのです。

「君達に迷惑をかけるつもりはないんだ。ただ人間の子を助けたいだけなんだ。頼む! ボスにこの話を通してもらえないだろうか」

 順番がちぐはぐなのはわかっていても、それに構っていられないのです。

 ロデムが頭を下げたので、それを見ていたフレンも頭を下げてお願いしました。

 巨大な犬に突然頭を下げられ、思わず野良猫達の間に思いがけず緊張が走りました。

「あのデケェの、襲ってくるんじゃねぇよな?」

「た、たぶん、違うと思うわ……」

 キジトラとアビシニアンが声をひそめながら言うその横で仏頂面のままのサバトラのしっぽがすっかり縮みあがっていました。

「そ、そんな風にされても協力はできないね!」

 ベンガルが震え声を隠すように早口に言いました。勢いよく言ったおかげで鋭く啖呵を切ったようになり、ベンガルは思いがけずキジトラたちの尊敬のまなざしを受けることになりました。

 と、その時、

「面白いじゃないか。犬と猫が人間の子供を助けるために手を組んでいるなんて」

 澄んだ凛とした声がして、ロデムは思わず顔を上げました。

「姐さん!」

 キラキラと目を輝かせたベンガルの視線の先にはラグドールを思わせる大柄な銀色の美しい猫。その猫の登場に四匹は思わず道を開けました。

 高く上がったしっぽを優雅に揺らしながら、体の大きさに似合わずふわりとした軽妙な足取りでその猫は姿を見せたのです。

「……」

 その猫は四匹が距離を保っていた警戒距離をあっさり割って、ロデム達と距離を縮めました。その距離はすでに猫の喧嘩であれば間合いの中にいるほどです。

 この銀の猫の自信の表れなのでしょう。すこしも躊躇がありませんでした。

 そして近くに来れば、体格差に慣れているはずのロデムでさえ、その大きさと雰囲気に圧倒されました。

 この雰囲気、四匹の上役……もしかしたら、ボスか?

 ロデムは直感的に気を引き締めながらも「……しかし、またデカい女が出てきたな。どうも私はデカい女に縁があるらしい」と、内心思わずにいられませんでした。

 銀の猫は黒猫を品定めでもするかのように宝石のような蒼い瞳を何度か往復させ、自分よりも遥かに大きなフレンにも目を向けました。

 フレンは銀の猫に目を向けられると、その存在感と力強さに、この銀色の女が自分よりも遥かに大きいのではないかと一瞬錯覚してしまいました。

 ひれ伏しているキジトラやサバトラたちはいかにも荒くれ者といった風でしたが、この猫はどことなく気品を感じさせます。

同性だったら憧れるものもいるかもしれません。その証拠にベンガルの銀の猫に向けられた視線は傍から見ても特別な感情を抱いているように感じさせました。

「あんた、名前は?」

「ロデム」

「黒猫のロデム、確かに聞かない名前ね。私はシャロン。この辺りのトップさ」

 この雰囲気。確かにボスというのも頷けます。ここに来たばかりのロデムには彼女が本当にこのエリアのボスなのかはわかりませんが、自分から名前を名のっているあたり、すでに名前が知れているような有力なボスなのか、それとも自信の表れなのかどちらかでしょう。

どちらにしろ「なら、話は早い」とロデムはシャロンに協力を求めました。ですが、彼女はゆったりとしっぽを揺らすだけで首を縦には振りませんでした。

「もし本当にそんな危険な人間が存在して、その上特定されるとしたら、こちらにとっても悪くない話だ」

 そんな人間は猫を襲うこともあるし、特に子猫が標的にされることも多いから、と言葉を続けます。

「だが、それはあくまで本当だったらの話。あんたがスパイである可能性だってある」

「……どうしたら信用してもらえる?」

 ロデムは北海道札幌まで来た経緯を説明しようかと思いましたが、その理由は到底信じてもらえる内容ではありません。疑いを濃くしてしまうだけではないかと思い、適当な言葉を探しているとその隙にシャロンが提案をしました。

「条件がある」

「条件?」

 顔を洗いながら言うシャロンにロデムは思わず聞き返します。

「私達も同行させてもらう」

「……」

 ロデムは同行という名の監視される、ということだなとすぐに察しがつきました。

 同行と言っても、彼女たちは本当についてくるだけでしょう。何かあってもそれ以上の協力はしてくれないだろうし、何もなければないでそれ相応の覚悟をしていなければならないとロデムは肝に銘じました。

「同行するメンバーは? まさか全員ではないだろう?」

 ロデムとフレンだけでも目立つのに、野良猫が五匹もいたら目立つどころ騒ぎではなくなってしまいます。

「私とこの子がついて行く」

「この子?」

「あたしのことさ」

 シャロンに言われて、さきほどのベンガルが前に出ました。ロデムと比べても小柄な猫ですが、気の強そうな自信を帯びた瞳と鋭い爪と牙をいつでも抜き放ちそうな尖った気配がシャロンと一緒にいることで益々増しているようです。

 四匹の部隊の中でもリーダーを務めている彼女は、シャロンからの信頼も厚いだろう、とロデムは思いました。

 彼女は名前を名のりませんでしたが、ロデムは気にしません。自分はまだ疑われているのですから、そう簡単に名前を名のるはずがありません。

「問題はないだろう?」

「ああ、問題はない。では、本題に入りたい」

 ロデムは走り去った車の形、傷や凹みなどの特徴を伝え、最後にナンバーを言いました。

「ナンバー?」

 アビシニアンは首を傾げましたし、キジトラとサバトラはナンバーには興味がないようです。

「それで、そのナンバーの特徴は?」

 シャロンは如何にも知った風の顔で聞き返しましたが、おそらく野良である彼女達はナンバーを読むことはないのでしょう。

 ロデムやフレン、ぬいぐるみたちは人間と暮らしているので、数字を読む機会に触れていますが猫達には必要のないものです。

 シャロンもボスとして知らないとは言いにくいのでしょう。ここで彼女の面子を潰すわけにはいきません。

「そうだな。丸が四つ、棒が一つだ。車の前と後ろに付けられているプレートに書かれているんだ」

「なるほど車の前後のプレートに丸が四つ、棒が一つだな。みんなわかったか!」

「「おおっ」」

 シャロンの号令でキジトラ、サバトラ、アビシニアンは仲間に伝令をするために走り去り、この場にはベンガルとシャロンが残りました。

「ロデムさん、うまくいったんですか?」

「ああ、協力してもらえることになった」

 不安そうなフレンにロデムはわざとシャロン達にも聞こえるような声で言いました。

「そうですか! いい猫さん達ですねぇ!」

 フレンは上機嫌でしっぽを振ると、ミミ達も「協力的で助かるわ」と喜びました。

 それから二十分ほどしてサバトラ、キジトラの二匹が特徴の似た車を見つけたと報告に戻りました。

 そう、車は二台発見されたのです。

「シャロン、すぐに確認したい」

「ああ、わかっている。走るよ!」

 サバトラの発見した車が近かったために、まずはそこに向かいました。

その車は住宅街外れの工場に止めてありました。

 ずいぶんと泥がはねて汚れていますが、四角くて銀色、横には凹みもあります。上から確認することができないので、天井に傷があるかどうかはわかりません。

「あんなに泥で汚れていたかしら?」

 メメが言いました。

 確かに傷や凹みはあってもあんなに泥はついていなかったように思います。泥はついさっきついたもののようにも思えませんでした。

 それに……

……5317か。

何よりナンバーが違いました。

「確かに似ているけど……あの車じゃないな」

 サバトラは無表情でしたがしっぽがヘニャリとなってがっかりしました。

 次はキジトラが案内します。キジトラの情報網でその車は工場から南へ歩いた公園の駐車場に止まっているとのことでした。

 四角くて銀色、あの時の車と同じ種類。

ですが、横の凹みは小さい感じがします。

「あ、あの凹み、い、位置が違うんだぞ」

 その凹みは後ろからみると左側にありました。逃げ去った車は右側にあったのです。

それに……。

 ……2846。

 やはりナンバーが違いました。

「かなり近いけど、あの車じゃないみたいだ」

 キジトラは難しい顔のままでしたが、しっぽをヘニャリとさせました。

 最後に、一番遠くまで伝令に行っていたアビシニアンが軽やかな足取りで戻ってきました。

「私も見つけたよ。こっちだ」

 今度はアビシニアンの案内で走り出しました。すでにかなりの時間が過ぎ、陽は落ち、辺りは暗くなり始めています。

「あの子大丈夫かしら?」

 フレンの首にしがみついたミミがポツリと言いました。確かにもうずいぶんと時間が経ってしまっています。

 ロデムも平静を装っていますが、内心では焦りを感じていました。

 アビシニアンは背の低い高架下を通り抜け、土手の方へと抜けて行きました。

 そこはフレンが匂いを追えずに立ち止った場所から五百メートルも離れていない場所でした。

アビシニアンの弟分のソマリが一行の到着に無邪気に顔を上げました。

「あ、姐さん! わっ! わっ! 小姐さんにシャロンさんまで!」

 ソマリは登場した猫達の顔ぶれに思わず飛び上がりました。

「誰が小さいって?」

 どうやら「小姐さん」とはベンガルのことらしく、ソマリの少年は会って早々にベンガルにお仕置きされました。

 ……やれやれ、小さいのを気にしているのか、大きくてもダメ、小さくてもダメとは女というのは難しいものだ。黒猫はソマリに同情してしまいました。

 ソマリは幹部クラスの登場やその後ろから見たことのない巨大な犬が現れたので気が気ではありません。

「車はどこだい?」

 シャロンが尋ねました。

「は、はい、あの草むらの向こうに小屋があるんですが、その傍に止まっているんです」

 ベンガルが少し高い所に駆け上がり、その小屋の方へ視線を向けました。

住宅街と川、そして対面して繁華街の入口が見える三点を結ぶようにその小屋はひっそりと草むらに隠れるよう建っています。

「確かに小屋がある。四角くて、銀色、横に凹みのある車も……」

 ロデムも確認しました。確かに特徴通りの車。そして、ナンバーは……

 ……6189。カメの言った通りのナンバーだ。間違いない。

 ロデムが頷いていると、ベンガルも納得したように言いました。

「確かに丸が四つ、棒が一つだ。あいつで間違いないな」

 ベンガルは不敵に笑います。

なるほど、確かに四匹を率いていただけのことはある、ロデムは感心しました。

689で丸が四つ、1で棒が一つ、ベンガルはすぐに理解したのです。

「ありがとう。皆さんのおかげで目的のものを発見できた。礼を言う」

「待ちな、まだ終わっていないだろう? 本当にあそこに人間の子がいるのか、確認させてもらうよ」

 シャロンはふさふさのしっぽを揺らしながら言いました。

「ああ、わかっている」

「この子を連れて行きな。私らはあんたの後ろをついて行く」

 シャロンはそう言ってベンガルを前に出しました。ボスに指名され、ベンガルはロデムのそばに歩み寄ります。

「わかった。ここから先は私の言うことを聞いてくれ」

「あんたより前に出ることはないよ」

「充分だ」

 ロデムはフレン達に目で合図をすると、小屋に向かって歩き出しました。その後ろをシャロン達が続きます。

 小屋の近くで止まっていた車の中は散らかっていますが、女の子の姿も新人うさぎの姿もありません。

「小屋に誰かいますね……」

 フレンが鼻を利かせました。

 小屋はロデム達が歩いて来た側にドアがあり、その左手側に大きな窓、奥に月を望むように小窓があり、そこから煙草の煙が空に向かって昇って行っていたのです。

 ロデムはピンと耳を立てると、小屋の中からの音を敏感に聞き取りました。

 イスの後ろ脚でバランスをとっているような床が軋む音とそこから少し離れたところで何やら床の上でもがくような音。

 ロデムはその音の感じから、ドアを入って右手側にあの男、左手側にあの女の子が縛られているのではないかと予想しました。

「女の子……? 人間の女の子のわりには音が小さいような?」

 ベンガルが首を傾げました。

 確かにまるで大きなクッションの上にでも寝かされているかのような音なのです。

「フレン……」

「はい!」

 ロデムはフレンの背に飛び乗り、頭まで駆け上がると窓を覗き込みました。

「……!」

「ロデムさん、どうですか? 見えますか?」

「ああ、見えた。あの子と犯人だ……」

 しかしこれは……。

 机、ベッド、椅子、手足を縛られもがく女の子と男の背中、そして台に乗せられた新人うさぎ。男の手には煙草、その横には刃渡り十五センチはあるナイフが置かれていたのです。

 人間に知らせている時間はないか……しかし、そうだとしら……。

 ロデムがフレンの頭の上で悩んでいると我慢しきれずミミもベンガルが周囲を警戒している隙にロデムの頭に登って中を見ました。

「な、なにこれは!」

 その光景にミミの胸に怒りの炎が燃え上がり、思わず声を上げました。

「みんな! 行くわよ!」

 ミミはロデムの頭からの飛び降りると本物のうさぎのような速さで走り出していました。その後ろ姿だけ見たベンガルはなんでこんなところにうさぎが? と首を傾げたほど。

「お、おい!」

「ミミ!」

 メメが呼びましたが、すでに止められるような勢いではありません。

 こうなったら、私達だけで何とかするしかない!

 ロデムはフレンから降りると、フレンの背負っていたデイバックを降ろさせ、メメ達に言いました。

「君達の中で文字をかける者はいるか?」

 メメ、カメ、ギンは顔を見合わせたあと、メメが小さな手を上げました。

「私、少しだけなら」

「よし、だったら……」

 ロデムは考えた作戦をメメ達に伝えます。

「ちょっと……さっきから何独り言を話しているの?」

 ぬいぐるみの声が聞こえないベンガルが不満そうに声で言います。

「ああ、ちょっとした作戦会議さ」

「へぇ、どんな?」

 ベンガルの問いにロデムはニヤリと笑みを浮かべて言いました。

「これから突入する」

「……!」

 ロデムの唐突の決断にベンガルは思わずドキッとしました。そして、一瞬監視役であることも、後ろでシャロンが見守っていることも忘れて、血が騒ぐのを感じたのです。

「フレン……本気でいいぞ」

 ロデムは囁くように言いました。

「……?」

「ここから先は本気プロレスだ!」

   

   ●   


 満月だった。

 彼、佐々木芳清、二十八歳は、自分の趣味や嗜好が他人のものとは明らかに違うことを自覚していました。その趣味に費やされる時間が、芳清にとって人生で最も甘美な時間であり、最も充実した時間だったのです。

 それは「奪う」こと。奪ったものを復元できないほどに切り刻むこと。

 その奪ったものに持ち主の愛情があればあるほど望ましいと考えていました。

 幼き頃、好きな女の子の着せ替え人形を奪い穢した時の興奮が、脳のどこかに焼焦げた飴細工のようにこびりつき、黒く固く、強固に快楽的な回路に結びついていたのです。

 今日は、いい獲物を手に入れることができた。

 女の子。縄で縛りあげられた女の子。

 今日はいい月だ。

 芳清が楽しみに手を染めるのは土曜日か満月の日、そして、決まって夜に行うと決めていました。

 土曜日は準備がスムーズに進む。

 満月は気分を高揚させる。

 夜はこの秘密を守ってくれる。

 そう信じていたのです。だから今まで、誰にも知られることもなく、何年も何年もこうして楽しみを続け、昼間は社会人として生きて来ることができたと心底信じていたのです。。

「それにしても、ああ……」

 久しぶりだ。

 こんな素敵な楽しみに巡り合わせてもらえるなんて。

 やはり、土曜の満月は格別だ。と、興奮しきった瞳で縛られた女の子のそばに、深淵の断崖絶壁の縁ギリギリにつま先をそろえて立ち、そこから覗き込むように怯えた女の子を見下ろしました。

 女の子は怯えたようにたじろぎ動き、その小さな足が芳清の足に触れると彼は急に顔色を変えて悲鳴に似た声を上げて飛びのきました。

「うわっ! ……チッ! 縛っているっていうのに予測不能の動きをしやがる!」

 芳清は早くなった胸を左手で押さえながら、右手でナイフを取りました。

 泣き叫ぶ姿。それが心を満たしてくれる。

 芳清は心の中で呪文のように唱えます。

 恐怖に引きつる姿。それが安息を与えてくれる。

 芳清はそう唱えながら、まるで今しがた狩猟でとってきたかのように、うさぎのぬいぐるみの両耳を乱暴に掴み上げました。

 女の子の目に絶望の色が浮かびます。

 この部屋に入って来た時から、あの子がどうなってしまうのか、女の子には予想がついていました。

 部屋の中には無残に切り刻まれた多くのぬいぐるみ。ぬいぐるみの中身とその中身を包んでいたものとが散乱し、乱雑に部屋の隅に押しやられ、山のようになっていたのです。女の子が寝ているこの場所も、おそらく以前はぬいぐるみであったであろうものの上でした。

 女の子の目に涙が浮かびます。

 誕生日に初めて出逢い、友達になった、あの子もこんな風にされてしまう!

「いい顔だ、最高の夜だ」

 満悦の芳清が大仰にナイフを振り上げた瞬間。

 どこからともなく音楽が……。

「音?」

 音楽。それは心を癒す素敵なオルゴールの音色。

「なんだ!?  このども頃に聞いたことのあるような、心地のいい癒しのメロディーは!?」

 芳清は思わず手を止め、耳を澄ませ、その音を辿れば、そこには「うさぎ?」小窓に踊る月下に兎影。

「なぜ、あんなところにうさぎが!?」

 戸惑う男の背後でバンッと勢いよくドアが破られました。

「な、なんだ!?」

 ナイフを持ったままの男は思わず声を上げましたが、その勢いはすっかり削がれてしまいました。

 だってそこにいたのは……

「なんだあのデカい犬は!?」

 ……。

 そのデカい犬……はもちろんフレンでした。そして、フレンはしっかりと芳清の言葉を耳にしてしまったのです。

「チッ」

 フレンは舌打ちをして唸り声を上げると牙を剥いて咆えました「誰がデカいだって!?  テメェの喉笛食いちぎってやろうか!」

「……」

 ……フレン?

 フレンのドスの効いた咆哮にそばにいたロデムは思わず二度見してしまいました。 

 フレンの陰に隠れながら、部屋の中へと侵入する作戦だったロデムは思わず足を止めて、気の毒そうにあの男を見てから、もう一度フレンに目を向けます。

 えっと、尻尾振っているし、そんな……まあ大丈夫だよな……。

 黒い猫は少しだけ大きな犬に本気を出しなさいと言ったことを後悔しました。

「何唸ってるんだよ! こんなバカデカくて凶暴そうな犬、この辺にいなかっただろう!?」

 ……。

 ロデムは天に祈りました。神様、男をもうそれ以上しゃべらせないでください、と。

 かくしてフレンの本気プロレスのゴングが鳴りました。

ロデムはその陰に隠れ、あの女の子のもとに駆け付けると、彼女を縛っていたロープを牙で解きます。

「ね、猫さん!?」

 女の子は驚いた様子で黒猫を見ました。

 まさか猫が助けに来てくれるなんて。

と、同時にロデムは確信しました。

 この部屋のぬいぐるみの残骸。

そう、あの男が誘拐したのはぬいぐるみであり、女の子はあくまで付録にすぎなかったのです。

「くそ、この犬!」

「てめぇのケツに風穴開けてやるよ!」

 ああ、早く、早くしないと……。

「お前、なかなかやるじゃんか!」

 いつの間にか、ベンガルまでフレンと一緒に男を翻弄していました。大きな犬と小さな猫にかき回され、男は目を廻しそうになりながら生傷が増えて行きます。 

ロデムはやっとの想いで女の子の縄を解くと女の子のお尻を頭で押して立たせ、逃げるように促しました。

「ね、猫さん! ウサコが!」

「早く逃げなさい! うさぎはあなたを裏切らないわ!」

「う、うん!」

 どこからともなく天の声。正確には小窓にいたミミの力強い声に女の子はわけもわからず走り出しました。

「フレン! 女の子は逃がした! もういいぞ!」 

「いいえ……」

「えっ?」

「まだよ。こんな人間にはきついお仕置きが必要だわ!」

 月下にうさぎの声が響きました。

「ここに眠る仲間達! 今こそ私達の力を見せるときよ!」

 ミミの声に反応して、部屋に山のように押し込められていた元ぬいぐるみ達がモゾモゾ、と動き出したと思うと一つの巨大なぬいぐるみの塊となって立ち上がりました。

「フレン、巻き込まれるな!」

「はいっ!」

 フレンは咄嗟のことでしたがすばやく反応しましたが、その横にいたベンガルの方まで気が回りませんでした。

 ベンガルはあまりの出来事に足がすくみその場を動けなくなってしまいました。

「う、うにゃあ!」

 このままでは、巨大ぬいぐるみに巻き込まれる! そう思い、子供のように声を上げた瞬間、ふわりと体が持ち上げられました。気が付くと、ベンガルは何事もなかったかのように移動していたのです。

「……?」

「間に合ったか」

 ロデムがベンガルの首を咥え、走り抜けていたのです。ベンガルはハッとして暴れました。

「は、放せ! そんな所を噛むな!」

「やれやれ……」

 ロデムは暴れるベンガルを放すとほぼ同時にもう一つの悲鳴を聞きました。

「う、うわぁっ!」

 恐怖に顔をひきつらせ、転げるように出口に向かって走り出す男は、出口近くで盛大に何かに足をひっかけ転び、その衝撃で転んだ男の背中に何かが降って来きたのです。彼が慌ててそれを見ると、それは芳清が見た事もないペンギンのぬいぐるみ。

 芳清はそのペンギンのぬいぐるみを投げ捨てて逃げていったのでした。

 部屋のドアの陰から男を転ばせるために縄を仕掛けていたカメが顔を出し、投げられたギンに心配そうに声を掛けます。

「ギン……大丈夫……?」

「く、くそぉ、ぬ、ぬいぐるみじゃなかったら大変なことになっていたんだぞ」

「でも、うまく行ったわね」

 メメが言いました。

「ああ、そっちもうまく行ったようだな」

 ロデムが言ったので、メメとカメ、ギンは満足げに頷きました。

 そんなロデムの後ろでは興奮したミミとフレンが月に向かい遠吠えを上げていたのでした。


   ○


 どうなっているんだ? 

 ぬいぐるみが……切り刻んだぬいぐるみが? それに月にうさぎに、オルゴール……それにあの犬に小さな猫……!

 殺したはずのぬいぐるみの逆襲は芳清の心に深々と楔を打ち込む恐怖体験となりました。しばらくあの部屋どころか、暗い夜道も歩きたくありません。

 通行人の目が気になりましたが彼は人通りが多くて、できるだけ灯りの多い商店街の道を歩きながら、流れた冷や汗を拭い、いまだに落ち着かない胸の鼓動を落ちつかせるように行く当てもなく歩きました。

 それにしても、今までこんなことはなかったのに……。

 何か異変でも起きているのだろうか? 芳清は思わず、空を見上げ、携帯で曜日を確認しました。しかし、自分のルールには何ら反している所はありません。

 こんな日もある。ということか……。今回は運が悪かっただけ……。

「ああ、ちょっといいですか?」

「えっ?」

 突然声を掛けられ芳清が振り向くと、そこには警察官が二人。

「えっ、あの、なんですか?」

「背中にこんなものが張ってあったんだけど……」

『このひとはユウカイはんです。ツウホウしてください』

 警察官が手にしたメモ紙に書かれた文字は極端な丸字でしたがしっかりとそう読み取れました。

 芳清の頭の中が一瞬真っ白になりました。

 なんだ? なんだよ、これ……!?

「こ、これは何かのいたずら……」

「実は今日、五歳の女の子が行方不明になっていましてね。今、捜索中なんですよ。少し話だけでも聞かせてもらえないですかね」

「……」


   月夜に響くメロディー


 やっとの想いで、ロデム達は本来の目的地であった、月の見える場所へとやってくることができました。もちろん、監視役のベンガルも一緒です。

 その場所から見える月は、それはそれは見事なお月様でした。

「確かに、ここならよく月が見えるな」

 メメ、ギン、カメもバックの中から出るとみんなでまん丸のお月様を眺めます。

 ギンは芝の上でゴロンと横になり、カメはくつろぐフレンの背中の上でうっとりしました。メメは夜風を楽しみながら、ミミの姿を探します。

 ミミはすでに木に登り、太い枝に腰を下ろして月を見ていたのです。

「ミミ、そんな所に登ったら……!」

 と言おうとして口を開いた時、またオルゴールの音が聞こえてきたのです。

 ミミが、幼い頃のレオナちゃんに聞かせてあげたオルゴール。

 月夜に響くメロディーに、猫も犬も、ペンギンもカメも、羊もうっとりとしてしまいました。

 そう言えば、ミミがレオナちゃんに抱かれて、パパさんやママさんと外に出かけたことがあると話をしていたことを、メメは静かに思い出しました。

 それはこの場所だったのでしょう。

ここは月のよく見える場所であり、ミミの想い出の場所でもあったのです。

 メメはミミに声をかけるのをやめ、助けられた新人うさぎのウサコのとなりに腰かけました。

「あなたも大変だったわね」

「……本当にありがとうございました」

 ウサコはなで肩の肩を落としながらいいました。長い耳もヘニャリとして元気がありません。

「カンナちゃん、無事に帰れたでしょうか?」

 カンナちゃんとはあの女の子の名前でした。メメはこんな時でも持ち主の心配をしているなんて、この新人ももう一人前のぬいぐるみね、と思いました。

「大丈夫、ロデムさんがうまくやってくれたみたいだからね」

 そう言ってウサコに笑いかけるとメメとウサコは月灯りで浮かぶ二匹の猫影に目を向けました。

 黒猫とその監視役。

小柄な監視役は、ついさっき、ぬいぐるみの秘密を知りった時から、よりロデムのそばを歩くようになっていました。

「それで、あんたらは本当にここに月を見に来ただけだったのかい?」

 ベンガルはロデムに言いました。

「ふむ、まあな」

 ロデムはここで何か起きるのではないかと期待していたのですが、結局何も置きませんでした。月はこれ以上ないくらいに顔を見せ、月の光も降り注いでいます。もし、月の光がここへ来た要因の一つであるならば、これ以上の状態はないはずでした。

 ……やはり、あの缶や光る靄がないとダメなのか……?

「……ふむ」

 ロデムは肩を落とし、物思いにふけるように目を閉じると小刻みにしっぽをぱたぱたさせました。

「な、なあ、あんた、旅をしているんだろう? どっか行く当てがあるのか?」

「いや、そういうわけじゃあ……」

「……だったら、このままこの街にいたらどうだ? あたしからシャロン姐さんに口をきいてやるよ!」

 ベンガルが震えそうになる声を必死に保ちながら、少し怒鳴るような、甘えるような声で言いました。

 けれど、ロデムのしっぽはまだぱたぱたしたままだったのです。ベンガルがそわそわしながらロデムを覗き込むと黒猫はやっと気が付いたのか「……うむ」と頷きました。

「本当か!?」

ベンガルは思わず飛び跳ねました。

「少し考えてから……」

「うんうん、焦ることはないさ。ゆっくり考えればいい! 明日になったら、コーデリアの名を訪ねてくれ! 悪いようにはしないから!」

「コーデリア?」

「あ、あたしの名前だ……コーデリア、わ、忘れるなよ」

「ああ、ありがとう。コーデリア」

 ロデムがお礼を言ったので、コーデリアはとてもとても喜んだのでした。

 ロデム達はこうして月のよく見える場所でのお月見をおえ、それぞれの家へと帰っていったのです。

 その時、帰り道を行くフレンのしっぽが何だかぼんやりと輝き始めていたことを、その時は誰も気が付かなかったのでした。


   ☆彡


「ええ、そうなんですか……最近ね……」

 玄関の方からママさん同士のいつもより高めの声で話す話し声が聞こえてきます。 

ご近所付き合い情報交換。

日々、新しい情報を仕入れ、ご近所と自治会の荒波をうまく乗り切っていくのは大変なことです。

 メメは玄関から聞こえて来るママさん達の噂話に耳を傾けていました。

 リビングには誰もいないので、ロボット掃除機「ルンちゃん」の上に乗ったゴールデンレトリバーのぬいぐるみ、リーバーが遊んでいます。そのわきでビーグルのぬいぐるみであるコーハイが先ほどから順番待ちをしていました。

「そうなんですって、不思議なこともあるものね……」

 そう不思議なこともあるものです。

 ここ数日の噂話は行方不明になった五歳の女の子が一人で戻って来た、という話で持ち切りでした。しかも、女の子が帰って来た時、銀色の大きな猫率いる数匹の猫に囲われ、まるで猫達に護衛されるようにして現れたというのです。

 女の子がお母さんと再会すると猫達はすぐにどこかへ行ってしまったそうです。

 不思議なことはまだまだ続きました。

 女の子のお父さんが朝家を出ようとすると、家の前に女の子の誕生日に上げたはずのうさぎのぬいぐるみが置かれていたというのです。

 少し汚れてしまっていましたが、そのうさぎは紛れもなくその女の子のうさぎです。

誰が、うさぎを女の子の家の前まで連れ

てきたのでしょう?

 どうして、そのうさぎがその女の子のものだとわかったのでしょう? 

どうして、その女の子の家を知ることができたのでしょう?

 不思議なことはもう一つ。

 女の子は大喜びでうさぎを抱いて言ったのです。

「おかえり。帰ってくるって信じてた!」

 女の子の言葉に女の子のパパもママも首を傾げたそうです。まるで親しい友達と約束でもしたような口ぶりだったのですから。

 そしてひっそり広がった噂話をもう一つ。

 誘拐犯として疑われた男がすぐに釈放されたという噂。でも、不思議なことは釈放されたあとのこと。男が釈放されて街に戻ってきたら、なぜかいつも数匹の猫がその男を監視するように歩いているのだとか。

 その猫達の中で、小柄な一匹の猫が、ぬいぐるみと会話ができるというのは街のぬいぐるみ達の噂話。

 近所の誰もが噂する不思議な話をしている頃、人間の誰もが話をしない不思議な話をしている子達もいました。

「ロデムさん達、どこにいっちゃったのかしら?」

「気がついたらいなくなっていたものね」

 ミミとメメはゆっくりとくつろいでいたカメに寄りかかりながら言いました。

 あの日、月の見える場所では何も起きることはありませんでした。ロデム達はミミ達をこの家に連れて帰ったのです。

ギンが「こ、今晩はどうするんだ? よ、よかったら、こ、今夜、ここ泊まっていけばいいんだぞ」と言おうと振り返った時、すでに二匹はいなくなっていたのです。

「ロデムとフレン、不思議な二匹だったんだぞ」

「ロデム? それは一体誰だ?」

 充分に遊んで上機嫌のリーバーがぴょこんとルンちゃんから降りて言うと、その後ろで順番待ちをしていたコーハイも興味深げに言いました。

「自分も気になるッス! フレンって誰なんスか?」

 リーバーとコーハイの言葉にギン、カメ、ミミ、メメは顔を見合わせ思わず笑みが浮かびました。そして、おもむろにミミが代表して言いました。

「そうね、どこから話をしたらいいかしら? 黒い名探偵と大きな助手、そして私達の活躍の話を……」


                              終わり


 

 こちらの「月夜に響くメロディー」に登場する個性豊かなぬいぐるみ達は(リーバー、コーハイ、ミミ、メメ、ギン、カメ)は鈴木りん様の「ぬいぐるみ犬探偵リーバー」に登場するぬいぐるみ達です。

 また時代設定はぬいぐるみ達の持ち主であるレオナちゃんが高校生の「ぬいぐるみ犬探偵 リーバーの「新」冒険」に沿わせていただきました。

 レオナちゃんとリーバー、コーハイが活躍する「ぬいぐるみ犬探偵シリーズ」の他にもレオナちゃんが助手役を務める「双子女子高生探偵リナルナシリーズ」もございます。まだ、未読の方は是非、そちらもよろしくお願いいたします。

 鈴木りん様、今回は二匹を受け入れていただき、誠にありがとうございました。 


                               紫生サラ


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