十五夜(作:奈月ねこ)
一週間ほど前からだった。夜になると僕の周りで誰かの話し声がする。空耳だろうか。
三日前、確かに僕は聞いた。夜に誰かが話している。でも家族じゃない。泥棒?でも毎晩はおかしい。
二日前、僕は寝ずの番をすることにした。
ざわざわ
「誰?」
僕は怖くなり、思わず声を出してしまった。急に辺りはしんと静まり返った。
何かいる。絶対突き止めてやる!
前日、また寝ずの番をすることにした。だが、寝不足でいつの間にか眠ってしまっていた。
当日、お母さんが何か作っている。
「何作ってるの?」
「月見だんごよ。今日は『十五夜』なのよ。作物の収穫を前に感謝する日なの。それに『中秋の名月』と言ってお月見をするのよ」
「へえ、そうなんだ。このススキは?」
「魔除けよ」
「ふーん。一本もらってもいい?」
「いいけど何に使うの?」
「……内緒」
僕はススキをもらうことに成功した。ススキは魔除けなんだ!これで今夜は大丈夫だ!
「貴史、お月見するわよ」
「はーい」
大きくて明るい月。今日は空気が澄み渡り、いつもより月がくっきりと見える。綺麗な月に僕は見とれた。
「去年より月が大きく感じるね」
「お父さん、僕、去年のことあんまり覚えてないよ」
「そうか、貴史はまだ小さいからね。今日の月をよく見ておくといいよ」
「うん!」
「そろそろ貴史は寝る時間だな」
「そうね、お月見も出来たし寝ましょうか」
僕は自分の部屋に行った。でも今日こそ声の正体を突き止めてやる!魔除けのススキもあるんだ!
そして、深夜、動き出すものたちがいる。
ざわざわざわ
来た!僕はそっと窓辺に近寄った。どうやら外から声がする。僕は階段を降りて縁側に行ってみた。すると、月見だんごに群がっているものたちがいる。あれは何?
「おだんご……」
思わず僕の口から言葉が漏れた。おだんごを手に持っていたものたちは一斉に僕を見た。人ではない何か。なんと表現したらいいかわからない。人の雰囲気を感じられない。
『見られたぞ』
『なに、子供だから見えるんだ。心配には及ばん』
『そうだ、そうだ』
皆が口々に話す。これだ。一週間前から聞こえてきた声。そうだ!ススキ!僕はススキを彼らの目の前に突き出した。しかし彼らは笑っているだけだ。
「な、なんなんだよ」
『我らは魔ではない。そんなものは効かぬ。坊主、一緒に来るか?』
『この子供を誘うので?』
『まぁ、だんごももらったしな』
『坊主、喜べ。主様からのお誘いだ』
「ヌシサマって?どこへ行くの?」
『月見だ』
僕は好奇心に負けて、彼らについて行くことにした。不思議と彼らのことが怖くはなかったからだ。庭の生垣を越え、狭い路地に入り、いつの間にか開けた場所に出てきた。
「わぁ、凄いお月様」
家で見た月の二倍はあるだろうか。とても明るい。そんな月に照らされて、人ではないものたちが集っていた。
『人間だ』
『人間がいるぞ』
ざわざわざわ
『静まれ!主様が招かれたのだ』
しんと静まった人ではないものたち。
『さあ、今宵は楽しもう』
主様の一声で宴会が始まった。
「あ、あの……あなたたちは……それに、ヌシサマって……?」
『我々は人が"もののけ"と呼ぶものたちだ。イタズラをする"もののけ"もいるが、ほとんどは人には関わらない。心配せずとも良い。私が一応この辺りの"もののけ"の面倒を見ているのだ。だから主と呼ばれている』
「へぇ、そうなんだ」
僕は周りをよく見てみた。
『あそこのだんごは……』
『こっちのだんごが旨い……』
『あっちは果物が……』
口々にだんごを食べながら月見をする。ああ、人ももののけたちも同じなんだ!踊り出すものたち。ざわざわと語り合うものたち。神々しい月と、もののけたちの幻想的な光景。でも、何故かしっくりと馴染んでいる。僕は他の家のだんごも食べさせてもらった。楽しいひととき。
『坊主、来月も来ると良い』
「えっ、来月も何かあるの?」
『……月見だ。片見月は良くないからな』
僕の記憶はここまでだった。
「おはよう。貴史、朝よ」
「えっ、ここどこ?」
「何言ってるの。自分の部屋でしょう。朝ごはんが出来てるから下に来なさい」
「……うん。おはよう……ねえ、お母さん、来月もお月見があるの?」
「あら、よく知ってるわね。『十三夜』というものがあるわ」
「……カタミツキって?」
「そんなことも知ってるの?」
「ねえ、なんのこと?」
「そうね。『十五夜』と『十三夜』は対になっていて、昔は両方の月を見ないと『片見月』と言って縁起が悪いとされたそうよ。さあ、とりあえずはごはんを食べてからね」
「うん!」
縁起が悪い……もののけでも縁起を気にするのかな。そもそも昨日のことは現実?いつの間にか家に帰ってるし、あの場所はどこだったのかもわからない。僕が寝ぼけただけなのかなあ。あ、早く起きないと、お母さんに叱られる!
そして、僕がベッドから降りた時だった。
コロコロコロ
食べかけのだんごが床に転がった。