狂わせる季節(結)
「ハァ、ハァ、ハァ……ッ」
逃げるしかないじゃないか。わかりきってることだ。ここから逃げて、大人に助けを求めれば良い。遺された子供に出来ることなんてそれしかないじゃないか。
マリ、ラン、キキョウ、シンイチロー、レオ、そして──ハルカちゃん。
痛みを経験した皆をもう救うことなんて出来やしないけれど、そこに残った思いは、少しでも救われるかもしれない。生きる意味なんて、そんなものでいい。誰かを助ける為に、僕は生き残らないといけない。
「ハァ、ハァ、ハァ……ッ」
道にすらなってない坂道を、僕はただひたすらに、無我夢中で駆け下りる。坂を下るのだから、足が止まることはない。逆に言えば、障害物が現れたら回避する事が出来ない。けれどもそれでも早くここから去らないといけない。
「ハァ、ハァ、ハァ……ッ」
光が見えた。木々に多い尽くされた、光も通らないその場所の終わりを告げる目印が現れたのだ。それは、希望だった。この恐ろしい状況を打開してくれるという、希望。
僕の表情は無意識のうちに綻んだ。
しかし光を浴びた瞬間、感じた希望は絶望へと一転した。
「ハァ、ハァ、ハァ……ッ!? ど──どうしてッ!?」
光が差していた場所は、希望とはかけ離れた場所だった。僕は、神社に戻ってきていたのだ。
わけが分からない。あんなに坂を下ったのに、どうして僕は戻ってきているんだ──!?
どうして、どうして────そうだ、もう一度降りよう。そうすれば──!
ドクン。
心臓が嫌な音を立てた。
何が起こったのか理解できないまま、視界が傾く。そうしてあっという間に瞳は地面を見つめる。
遅れて痛みが伝わった。お腹の辺りがとても痛い。今まで体験したことのない鋭い痛みが、僕のお腹を貫いた。
じわじわと広がっていく暖かさは、きっと僕から流れる血液だ……。
見えている景色がぼんやりと曖昧になっていく。もうすぐ死ぬのが感覚で分かる。
それでも何故だか、はっきりと鮮明に、死んでいったみんなの姿が視えた。生前とは違う、赤い眼をして、全員で僕を見ている。
ああ……僕も今みんなの所に行くよ……。死んじゃってゴメンね……。
視界が真っ暗になった。
*
ハッとして目を開ける。見慣れた天井が視界に入る。どうして僕はこんな所に居るの? 確か僕は──殺されて──。
今までの記憶が鮮明に蘇る。最後は曖昧だけれど、死んだ筈の皆が僕を見ていた。そこから今考えられる事は一つ──僕は皆に殺されたのだ。
それなのに、どうして僕は今生きて居るのだろう。
分からない、解らない、判らない。
何一つ理解出来ないまま、時計の秒針が時を刻む。
「トウヤー、ハルカちゃんたち来たわよー。アンタ今日約束してたの忘れてるんじゃないの?」
一階から母の声が聞こえる。その内容は耳を疑うものだった。
ハルカちゃん達が──来た? 何をしに? まさか、死に損なった僕を、殺す為に、わざわざ家まで出向いてきたっていうの?
怖い、恐い、コワイ────。
どうしたら・・・…どうしたら、僕は身を守れる?
保身と生存の為に頭が働く。本能に従って出した答えは酷くシンプルで、誰にでもわかる程にはっきりしていた。
ミンナ、殺シテシマエバイイ。
結論を出した後の行動は、考える必要がなかった。立てかけてあった金属バットを手に取り、その瞬間を待つ。
扉が開いたその刹那、大きく振りかぶったそれを叩きつけてやれば良い。
それでいい。僕は何も間違ってない。
生きる事は、大切だ。その為なら、何をしても──許される。
僕はそうして、六人分の命を奪い取った。
「アハ……アハハ……アハハハハハハ!!」
怖イ奴ハ、皆殺シテシマエバイイ──。