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切取線  作者: 本郷透
切り取られた一年間
3/7

迷わせる季節(下)

 翌朝登校すると、教室は参考書に目を通す生徒でいっぱいだった。俺は始業ギリギリに登校してきた為、最後の一人だった。誰も俺には目もくれない。ただひたすらに読んだり書いたりしている。

 テストだからと言って、こんなに必死に勉強するというのはおかしい気がした。まるで動きをプログラミングされた機械の様で不気味だ。

『……気が付いた?』

 メアが声を発する。

「……お前、喋るなよ。誰かに聞かれたらどうするんだよ」

 俺は小声でメアに喋るなと言う。

『大丈夫だよ。この人達全員生きてないから』

 生きてない、とはどういうことか。現に俺の眼前では、俺と同じ様に生きて、動いている。それが生きていないとは、どういうことだろうか。

 俺は気持ち悪くなって、荷物を降ろすとすぐに教室を後にした。

 閉鎖されているはずの屋上には、誰も立ち入らないから、そこに行った。

「あいつら全員生きてないってどういうことだよ」

『ウチが今言ってる、生きてるって言うのは、死体とかそういうことじゃないの。意思を持っているかどうか、つまり、疑うことを知っているかどうかって事なの。あの人達全員、生きてるフリして世界に馴染んでる、人形なの』

「それでも、生きてることに変わりは無いだろ」

『ううん。あの人達は自分の意思を持ってないの。ただの人形。それ以上でもそれ以下でもないの。自分が人間らしくある為に必要なことをする、それがあの人達だよ。でもね、そんな人形の中に一人だけ生きて居る人間が混ざったらどうなると思う? 当然違和感に気付くでしょ? 御主人は人形の中で生きる、唯一の人間だった』

「あいつら全員、ツクリモノだって言うのかよ」

『そうだよ。この街はツクリモノばっかりだよ』

 メアはそう言うとフェンスの向こう側に広がる、俺の住む街を眺めた。その目はどこか寂しそうで、戻らない何かを見ているようだった。

『ねえ、御主人、街を案内してよ。ここまでツクリモノで満たされた街を、ウチは見たことが無い。だから少しだけ、興味があるの。ねえ、お願い』

「勝手に行けば良いだろ。俺がわざわざ同行する必要なんて無いじゃないか」

『ううん、御主人に案内して欲しいの。ウチは御主人の側を離れることなんて、出来ないんだから──』

 メアの最後の一言は、とても深い意味を孕んでいる様に聞こえた。しかし何か事情があったとしても、俺はメアの個人的な都合に付き合うつもりは無い。俺の命が掛かっているとなれば話は別だが。

「嫌だ。俺の知ったことじゃねえよ」

『お~ね~が~い~!』

 その後俺とメアの消耗戦が始まり、結局俺が折れて日曜日にわざわざ街に繰り出すことになってしまった。


 俺はツクリモノの中でテストを受けながら、『選ばれた者』について考えていた。

 何に選ばれ、どうして選ばれたのか、そしてどうして目が赤くなったのか。

 瞳が赤くなる病気で、アルビノというのがある事を小学生の時の理科教師の雑談で知った。俺は鏡を見た瞬間にそれを疑った。しかしメアは違うと言う。俺もその後冷静に考えてみて、病気ではないと思った。その病気では、光が相当眩しく感じるらしい。しかし俺の視界は今まで通りの明るさだった。ではどうしてだろう。それに、選ばれた者にしか見えないとメアは言った。それは何故だ。

 これは病気や物理現象という現実的な話では片付けられない事だと気付き始めてる。

 俺の理解の範疇を超えているのは確かだった。

 何か──条件があるんだと思う。目が赤くなる、条件。俺の場合はきっと、メアに出会うことだったんだろう。現にメアに出会ってから目が赤くなった。じゃあ、メアの場合はどうだったのだろう。コレばっかりはメアに聞くしか知る術が無いだろうが、あいつは答えてくれないと思う。メアは自分の事については何も語らない。それがメアと話してみて知ったことだった。

 そうそう、俺以外の選ばれた者について整理するのを忘れていた。あと何人居るのか、どんな人物が選ばれたのか、それが子供なのか大人なのか、何もわからない。あいつは何と言っていた? 覚醒していない? 覚醒する条件とはなんだろうか。

 チャイムが鳴った。答案用紙が回収され、俺は三桁満点を取れるであろう自信ある用紙を提出した。

 その後は同じ様にして学校で過ごした。日曜日が来ないで欲しいと願いながら。


 しかしその日はあっさりとやってくるのだった。


 *


『御主人早くするの! ホラ!』

 メアに手を引かれ、玄関を引っ張り出される。

「おい、待てよ。鍵掛けさせろ!」

 ここ数日間で、コイツとの会話にも慣れてきた。表面上では信用もできる様になった。脳に直接語りかけてくる感覚というのは、簡単に慣れられるものではないと思うが、会話なんてコイツ以外にはしない。メアが言っていた様に、教室に居た連中は人の形をした何かだった。人間を装ってはいるが、完璧すぎて逆に気持ちが悪い。

 玄関の扉に鍵を掛け、メアを見る。メアは嬉しそうにしていた。外出なんて、毎日しているだろうに、何が楽しいと言うのだろうか。

「何処を見たいんだ」

『この街の全部を見たいの! 案内して!』

 メアはまたもや幼い子供のように目を輝かせる。そんなに俺の住む街が物珍しいのだろうか。

「じゃあまずは近い所から行くか……」

 俺の住んでいる地域は、新市街と旧市街の二つに分かれている。ある時期を境に都市開発が進み、旧市街は時間を忘れたかのように発展をぱたりと止め、農業生産にばかり利用される様になっていた。逆に新市街は毎日発展を続け、その規模を拡大している。発展に呼応して人々は集まり、更なる発展を呼ぶ。そういう連鎖で新市街は急速な発展をした。

 最初に向かったのは、旧市街だった。田んぼと畑しかないその場所の説明には然程時間は掛からなかった。何を育てているのか、それくらいを説明して、メアが見たいと言った方に歩いていった。

『あ! ねえねえ御主人、石段があるよ! この先は神社かな!』

 メアはある林の一部に、苔生(こけむ)した石段を見つけた。それは良く見なければ石段とは気付かないほど苔に覆われ、登っている途中に足を滑らせるのではないかと思われた。

『ねえ、行ってみようよ!』

「危険だからやめとこうぜ……」

『大丈夫、大丈夫! ホラ早く早く』

 メアは俺の手を掴んで無理矢理石段の上へと引っ張る。

 俺は足元に注意しながらゆっくりと歩みを進める。地面から僅かに浮いているから、メアにその心配は無い。

「おい待てよ! お前浮いてるから良いけど、俺落ちたら死ぬって!」

 死ぬ──その言葉を耳にした瞬間、メアが微かに震えた。

『ごめんごめん。ウチ、歩く感覚が解らないから』

 アハハ、と嘘っぽく笑い、誤魔化す。

「もう少しスピードを抑えてくれ」

 俺は特に深く追求はしなかった。興味も無い話を続けるのは嫌いだった。

 石段の周りには、鳥居が数多く並んでいた。まるで異界の住人を迎え入れるかの様に連なっていた。赤い筈の鳥居も苔生して、文字は見えない。

『わぁ……!』

 湿っぽい石段を登り終えると、薄暗かったそれまでと一転して、太陽の光が降り注ぐ明るい場所に出た。

 そこは寂れた神社だった。人々に忘れ去られ、信仰を失った神社。これほど寂しいものは無いと思った。

 御神木だったであろう大木は葉を落とし、乾燥して白っぽい。木で出来た境内も所々腐っていた。

「誰も居ないな──」

『──帰ろう、御主人』

 俺は素直にメアの言葉に従った。長く見ていても面白い事は無い。俺らは石段を降りた。

 俺が次に向かったのは、新市街の駅前だった。自宅からの最寄り駅は、徒歩二十分程で到着する。そこにはバスターミナルや、デパートが多く、大型の店が多い。平日休日を問わず人で賑わっており、この県でも数少ない大きな駅だ。そこを中心に、ビルやマンション、主要施設が揃っている。俺も遠出をする際にはこの駅を利用する。

 メアの気が済むまで付き合っていては、この膨大な都市を回りきる前に俺が倒れてしまうだろう。俺は端折りながら要所を説明し、適度なところで駅前を後にすることにした。

『えぇ~もう帰るの~?』

 メアは案の定不服そうだ。

「良く考えてもみろ、楽しみを一回で終えたらつまらないだろ? 某巨大な遊園地だって、一日で回りきれないから楽しいんだ。だから、な? 今日はこれで終わりだ」

 上手いこと言ってメアを説得する。

『むぅ~……確かに、一理あるの……。──よし、じゃあ今日はここまでにするの。御主人、今言ったこと忘れないでね。またいつか、この街案内してね』

 しまったと思いながら俺はメアの説得に成功したと思う。またいつか連れ回されると思うと眩暈がしたが、今は帰って休めることに感謝しなければ。

 俺は駅前の交差点で、信号が青になるのを待った。メアも隣に居る。

 バスターミナルがある事もあって、駅前は車通りが多い。信号が変わるのも長い時間を要する。

『一日が終わるのって、あっと言う間だね……』

 寂しそうにメアが言う。

「そうでもねえよ。俺は一日が長かった」

『御主人ずっと目を気にしてたもんね、プププ』

 メアは堪えきれないといったように笑った。

 そう、俺はこの赤い目になってからというものの、誰かに気付かれるのではないかとずっと気にしている。現に今日の服装だって、周りから目を見られにくい様に、パーカーを着て、フードを深く被っている。視界は狭いがその分見られない。

『そんなに気にしなくても、見える相手なんて限られてるんだからもっと堂々としてれば良いの。気にする必要なんて無いの』

「お前には解らないよ。人目を気にしないお前にはな」

『そんな言い方酷いの。大体御主人は人目を気にしすぎなの。男らしく堂々としてれば良いの』

「俺がそんなに女々しいってか」

『だって御主人、細かいことをいちいち気にしてグチグチと言い続けてるの。細かいことなんて放っておけば良いのに』

「うるせーよ! 人が気にしてることばっかり指摘しやがって。お前みたいな無神経な女大っ嫌いだ! 目の前から消えろ!」

 思わず発した大声にハッとする。最近メアとしか会話をしていない為、すっかり俺の生活にメアの存在が馴染んでしまった。周りの人からどう思われるとか、そんな事は頭から吹っ飛んでいた。

 交差点──周りに居るのは人、人、人──。その人達は全員俺を見ている。俺は周囲の人の視線を奪った。

 ヤバイ──。今の俺は変な人として周囲の人物の目に映っているに違いない。

 冷や汗が額に滲む。体裁を整えねば……しかしどうやって……。

 悩んでいると、背中に衝撃を感じた。ドンッ、と何かがぶつかったようだ。予期せぬ衝撃によろけ、車道に飛び出そうになる。しかし疲れ切った足に力を入れて踏み留まる。振り向くと、小学生の中学年位に見える男の子が居た。

「あ……ごめんなさい……」

 俺が振り向いたことで怒ったと感じたのか、その少年は謝ってきた。

「いや……気を付けろよ……」

 何と言えば良いのか解らなかった俺は、適当に返事をした。

「えっ……その目……」

 その子は顔を上げると、怯えたような表情になり、恐る恐る言葉を発した。俺はその瞬間に片手で目を塞ぎ、その子から目を背けた。

 ふと信号を見ると青に変わり、俺はその瞬簡、逃げ出すように駆け出した。


 横断歩道に踏み込んでから、時間の流れが変わった気がした。とても、ゆっくりとしていた。俺は、何事かと思い振り向く。その時視界に、自分に向かって走ってくるトラックが見えた。

 逃げなきゃ、轢かれる。

 そう思っても、身体は感じる時間と同じ様にゆっくりとしか動かず、逃げる事は出来ない。

 トラックはそのまま俺に突っ込んできて、俺は跳ね飛ばされた。身体が宙を舞う時間も、それまたゆっくりとしていた。

 俺は死ぬんだ──そんな事を悟った。不思議と痛みはしない。きっとまだ感覚として脳に伝わってないんだ。走馬灯──は──何故か見えない。俺の人生は走馬灯になる価値もなかったって事なのか──。


 地面に叩きつけられた時、時間が元に戻り、俺は意識を失った。


 *


 白い──。

 白い天井が、眼前には広がっていた。

 消毒液独特の匂いが鼻腔をくすぐる。ああ、ここは病院なんだと状況を認識する。

 でも、どうして俺はこんな所に居るんだ? 予防接種なんて、今年は無かった筈だ。

 どうして、どうして、と、思考を巡らせるうちに、シャッとカーテンの開く音がした。

「ああ、目が覚めましたか」

 どうやら医者か、看護師の様だ。俺は一体どうしたのだろう。

「自分がどうなったのか、わかりますか?」

「いいえ」

 俺ははっきりと答える。何があったのか思い出せない。

「貴方は交通事故に遭って、救急車で運ばれたんです。出来る限りの処置はしたので一命は取り留めました。骨折をしているのでしばらく不自由かもしれませんが、後遺症などは無いと思います。しばらくはこの部屋でゆっくりと療養してください。ご両親には連絡が付き次第入院に必要なものを用意していただきます」

 医者は、テンプレート通りに俺の状態を告げるだけ告げて、仕事に戻ってしまった。その様子を見て、メアがこの世界の人間は生きていないと言ったことを実感した。

 ん? そういえばメアは何処に行ったんだ?

 俺に必ず付き纏うメアの姿は、視界には入らなかった。俺から離れることが出来ないと言っていたような気がするが、アレは嘘だったのだろうか。それとも、俺の元を去れる、来るべき時というのが来てしまったのだろうか。

 何にせよ、静かだ。動くものが無い為、俺の部屋には音がない。無音は、案外苦痛だ。

 俺は無音のストレスを誤魔化す様に、眠りに就いた。夢の中へと逃避することにした。

 現実からの逃避は、とても心地よかった。いくらでもこのまどろみの中に居たい、そう思った。


 *


 入院生活を表す一言は、これしかないと思う。「暇」だ。

 身体が動かせないから何も出来ない。元々何もするつもりなんて無いが、あまりにも何も出来ないというのはこう……痒い所に手が届かない位にもどかしい。

 病室は個室だから誰とも会話なんて出来ないし、あ、でも、看護師は時々来るか。でも正直言ってあの人達との会話も面白みが無い。怪我の話か薬の話しかしないからな。興味無い話をされても子供な俺には辛いだけだ。

 ギプスが取れた日にはそれはもう大喜びだった。それなりに動くようになったからな。売店に下りていって、漫画やら小説やら、とにかく読みたかったものを何冊か購入して読みふけった。けれども俺の所持金では限界があり、たったの数冊では膨大な時間をただ余らせるだけだった。それならばいっそ、自分で書いてみようかとも思ったが、紙もペンも手元には無い。

 両親は見舞いには来なかった。必要なものだけを置いて、仕事が忙しいと言ってすぐに帰ってしまった。一応着替えやその他の日常生活に必要なものはあるから困らないが、どうせなら娯楽用の何かを置いて行って欲しかった。何なら勉強道具でも良い。時間を潰したい。

 退屈で退屈で、本当に退屈で、俺はもうどうして良いか解らなかった。退屈から逃れる方法が睡眠だけというのは如何なものだろうか。

 遊びに行きたいと心の底から思ったのは多分これが初めてだろう。

 そういうわけで、俺は病室を抜け出した。動けるという事実が俺を突き動かす。

 今まで特に入ったことも無い病院だったから、冒険心をくすぐられた。俺は案外健康体なのだ。

 病院内に目新しい物は特にない。ただ、総合病院ということもあって、院内は綺麗だった。人の命を預かっているのだから、清潔なのは当たり前といえば当たり前の事だが。

 時間も忘れて歩き回った。エレベーターに何回乗ったのかすら覚えていない。しかし、怖いという印象のあった病院も、夜ではない為特に怖いと感じることも無かった。

 そうして昼を過ぎたあたりだろうか。ある一つの病室に目が留まった。

 ドアは開け放たれており、そこから見える白いカーテンは風でゆらゆらと揺れていた。俺にはそれが何だか神秘的に見えていた。何故かその部屋に惹かれた。自然と足が動いていた。勝手に人の病室に入るのは如何なものかと思うが、コレばっかりは俺に止められない。衝動とでも言えば良いのか、よく解らないものに突き動かされていた。

 頬を擽る風は、まだ冷たい。北の方にある俺の住む県は、まだ春とは言い難い気温だった。

 真っ白な箱みたいな病室に一歩踏み入る。いけないことをしているという実感はあったが、そんなものでは収まらない衝動が、歩みを進める。

 この部屋の主は不在だろうか。だとしたら、何て無用心なんだろう。部屋のドアも、窓も開け放っているなんて。

 誰も居ないものと思って中に入った俺は、ベッドに眠っていた人物を見てただただ驚いていた。人が居たことに? ……いいや、そんな事気にならない位に大きな驚きがそこには眠っていた。


 ベッドで眠っていたのは、メアだった──。


 どうして……何で……。

 驚きは俺の脳内で渦を巻いて、思考を掻き乱す。正常な判断なんて出来やしない。

 体中から伸びるよく解らない色とりどりのコードはよく解らない機械に向かって伸びている。この世に一人の人間を繋ぎ止める生命線。それらに繋がれた良く見知った人物。ついこの間まで元気に笑って自分の周りを飛び回っていた少女。それが今、死にそうな顔色でベッドの上に眠っている。


 メア──お前が姿を現さなくなったのは──。


 その先の思考は、許されなかった。

 突如として襲ってきた頭痛と吐き気、眩暈に襲われ、俺は立っていられずに床に倒れ伏した。苦しみの中で、俺の意識は途絶えた。


 *

 目を覚ますと、よく知った部屋が視界に入った。茶色いフローリングに勉強机、俺の部屋だ。

 違和感すら覚える。どうして俺は自分の部屋に居るんだろ……。何か、違う。コレじゃない。そんな感じがする。

 何で俺は今ここに居るんだろう。確か今まで──


 ──病院に居た筈だ。


 そう思い至った瞬間、俺は現実がおかしいことに気付く。

 確かに俺は病院で倒れた。それなのにどうして家に居る? 今までの事全てが夢だったというのか!? いや、それは──。

 ふと、窓に映った俺の顔を見る。夜は光を反射して、俺の目にその姿を焼き付ける。底に映る真っ赤な目は、それが現実だったことを俺に告げる。

 俺は居ても経っても居られなくなり、階段を駆け下りる。リビングに駆け込んだ時に、母親が居た事に俺はとにかく驚いた。

「え……母さん……?」

「アンタいい加減昼前に起きなさいよ。あと学校行きなさい」

「え? 俺ちゃんと行ってた……」

「何言ってるの、友達居ないからって一ヶ月も登校拒否してたでしょ。あの学校受験したのはアンタなんだからちゃんと行きなさいよ。友達が落ちたとかそんなの良いわけでしかないでしょ」

 どうやら俺はずっと登校拒否をしていたらしい。一ヶ月もの間学校に行かず、ずっとニートの様な生活を続けていたらしい。

 じゃあ、俺のあの一ヶ月近い時間は何だって言うんだ? メアと過ごした時間は、全て夢だったというのか?

 ──メア? そうだ、メアだ。病院に行けば、アイツが居る……!

 俺は家を飛び出して走った。病院まで止まる事無く、一目散に走った。

 メアの病室はしっかりと覚えていた。そこに向かって病院内ですら俺は走った。途中色んな人に酷い目で見られた気がするが、そんな事に構っている余裕は無い。


 四階の、東病棟の、一番奥──!


 記憶を辿り、足を止めたその場所には、病室なんてなかった。そこは壁で埋まっていた。


 俺の知ってる世界は、そこにはなかった。

 なあ──何が現実なんだ? 俺にはもう、何が何だか解らねえよ……。

 誰か──教えてくれよ──。

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