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ダリウスの婚約

 何で今日はこんなに俺の部屋、満員御礼なんだ? しかも、ちっとも嬉しくないとクロードはフォークを置いた。ダリウスは朝早いというのにきちんと髪に櫛を入れて、お気に入りの長めの上着にマントまで羽織っている。

 朝から面倒だなとクロードは息を吐いた。

「お早うございます。ダリウス兄様」

 大人しく挨拶する弟にお早うと、簡単に挨拶を返し、ダリウスはエスペラントに視線を移した。

「朝食の席にいないと思ったらここに居たとはな。父上がお怒りになっていらしたぞ。朝の挨拶もしないで何をしているんだ。エスペラント」

「ごめんなさい、兄様、今から行って来ます」

 悪戯が見つかった子供のようにこそこそとエスペラントが部屋を出て行った。明らかに次兄のユリウスに対する態度とは違う。

「まったく、なんてお子様だろうねえ。躾がなってない」

 エスペラントが出て行った方を見ながらユリウスが冷たく言う。

「おまえも同じだということに気付いていないのか」

 ダリウスの怒気を含んだ声が飛ぶ。それに対し、ダリウスの肩に手を置いたユリウスは失笑気味に兄を見上げる。

「私が兄上や父上と同じ食卓で朝食を取ったりしたら父上は食欲不振になるでしょう? それとも兄上はそれを狙っていらっしゃる……とか?」

「また、お前はそんなことを」

「兄上、ご婚約のお話があるのでしょう。おめでとうございます」

 説教を続けようとするダリウスをユリウスが遮り、さらに話をころっと変えてダリウスを黙らせてしまう。

「……何でそれを知っている?」

 肩に置かれた手を払いのけて、ダリウスが睨むようにユリウスを見た。

「ダリウス兄様、本当なの? おめでとうございます」

 クロードのお祝いの言葉にダリウスは渋々頷く。

「まだ、正式な話では無いが内々にそんな話があるにはある」

 ダリウスは正当な跡継ぎで十九歳、そんな話があるのは不思議でも何でもない。しかし、堅物のダリウスらしく、正式に決まったわけでも無い話を弟といえども話すのは(はばか)られるらしい。

「それにしてもそんな情報をどこから仕入れてくるのだ?」

「まあ独自のルートがあるとしか申し上げられませんね。相手はサイトスのクライブ殿下の姉君、マーガレット様。ますますうちの格は上がるけど相手は従兄弟でしょ? そんなに血を濃くして大丈夫なのかな。それに兄上も大変だ。上から降される姫なんていうのはさあ」

 ユリウスが理由知り顔でダリウスを見る。

「え? 何で、何かあるの? お姫様なんてすごいじゃない」

 クロードの無邪気な意見を当のダリウスは無視する。

「あのねえ、一国の姫なんて矜持(きょうじ)の塊みたいなものなんだよ。それが公爵っていったって臣下の嫁になるんだから自分の夫は自分の臣下だと錯覚してそりゃあ大変……」

「ユリウス」

 ダリウスの強い声にユリウスがペロッと舌を出した。

 ダリウスにしても気が重いには重い。だが、自分にとって結婚は社会的地位を強固にするための契約に他ならない。そこには私情をはさむ余地などないと割り切っている。

 貴族の、しかも州公の子息である身で自由な恋愛結婚などと夢物語を思い描いても仕方の無いことだ。

「まあ、兄上には可愛い妾妃を見つけてあげるよ」

 事も無げに言うユリウスにクロードは目を丸くする。

「結婚もしてないうちから妾妃の斡旋話?」

「何言ってる、おまえも妾妃の子だろうに」

「やめなさい、ユリウス」

 すかさず、ダリウスが注意する。母親が違うということで阻害するのはおかしいと生真面目に考えているらしいダリウスからクロードは虐めたり辱めたりされたことは無い。それは有難かったが兄弟仲という面においては他人行儀としか言いようがない間柄であるのは明白だった。

 ダリウスやユリウスとももっと幼い頃から遊んだという記憶など全くない。なので部屋に押しかけられても鬱陶しいとしか思えないのが本音だ。

「だいたい、お二人とも朝っぱらから何の御用です? 俺は用があるんでもう行きますからね」

 話を終わらせてクロードは部屋を飛び出して行った。残された格好になったダリウスにユリウスが話しかける。

「クロードが気になっていらっしゃるんですか兄上?」

「ああ」

 ダリウスがクロードの出て行った方を見ながら言う。

「クロードも気になるが、おまえとクロードがこそこそ何かをしているのが気になっている」

「あははは……」

 ユリウスが破顔(はがん)する。

「兄上は真面目ですね。じゃあ少しだけ教えて差し上げますよ、耳を貸してください」

 ユリウスは、頭を傾げたダリウスの耳に口を近づけて肩に手を置いた。

「どこにでもいる州宰と兼任している魔道師がなぜこのモンド州だけいないと思います?」

 ユリウスが何を言うつもりなのか見当がつかず、頭を上げようとしたダリウスの頭をユリウスの手が押さえた。

「それは……私がいるからですよ、兄上」

 驚いたダリウスが頭に置かれた手を振り払って、ユリウスと対峙(たいじ)する。

「私が魔道師なんですよ、兄上」

 唇の片側を吊り上げてユリウスが笑い顔を向けた。

「どういうことだ?」

 ダリウスはユリウスの言っている事がすぐに頭の中に入ってこない。公子が魔道師なんて聞いたことがない。弟が何を言っているのか理解できなかった。

「二人でこそこそしているのはクロードも私の仲間にしようと画策中でして」

 ダリウスが尚も質問しようとするのをダリウスの口に指を押し当てて止める。

「少しだけと言ったでしょう、クロードを誘いにきたんですよ。では、クロードを見つけに退散いたします」

 ユリウスが部屋から出て行き際に、振り向きもせずに言う。

「ああ言い忘れてましたが、マーガレット姫、大変な美人らしいですよ。ラッキーでしたね兄上」

 手だけ後ろでに振って、ユリウスは出て行く。その後姿が消えてダリウスは忌々しそうに彼らしくも無くテーブルの足を蹴り付けた。



 何処に行くあても無く、ユリウスの小宮に早々と着いたクロードをラドビアスが門の所で待ち受ける。

「お早う、ラドビアス」

「お早うございます、クロード様。ユリウス様にお会いになりませんでしたか」

 部屋に通されて椅子に座ったクロードにラドビアスがお茶を入れた茶器を出しながら聞く。

「会ったけど……何?」

「今日は急な用がお出来になったのでお勉強はお休みにすると(おっしゃ)っておられたのですが」

「えーっ? 聞いてないけど」

 まあ、そんな話をするには聞かせたくない面子(めんつ)が大勢いたが。そこでクロードのお腹がグーッと鳴る。

「おや、お食事がまだでしたか」

「うん、まだみたいなもの、かな」

「何かお持ちしましょう。朝の残り物ですがよろしいですか」

「何でもいい」

 クロードの言葉ににっこりとしてラドビアスは部屋を出て行くと直ぐに戻ってきた。まるい甘いパンといくつかの果物が盆にのっている。

「これくらいしかありませんが」

 そう言って出されたパンをわしわしとクロードは口に入れる。

「うまい、ありがとうラドビアス」

 その前に座り、ラドビアスは器用に赤い楕円の実をナイフで剥いて四つに割って皿に落とし、次に黄みがかった実の方へと手をのばす。

 食事時に世話を焼かれるのが嫌いなはずなのに、ラドビアスにしてもらうのは何だかとても居心地がいい。くそっ、こんないい従者をユリウスは独り占めにしているとはずるい。

「お腹いっぱい、ご馳走様」そう言ったところですかさず濡らした綿布を渡され、手と口を拭いているところにこの城の主が帰ってきた。



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