ユリウスの正体
次の日の朝、クロードが小宮の前まで来ると、やはりラドビアスが門の所で待っていた。
「おはよう、ラドビアス」
「お早うございます、クロード様」
「俺が来るの、ずっと待ってたの?」
そうだと悪いなあと思いながらラドビアスを見ると、ラドビアスがにっこり笑う。
「いえ、途中に使い魔を見張りに出して、知らせを聞いてから出て参りますのでご心配無用ですよ」
使い魔って何?
クロードは今来た道を急いで振り返ったが、それらしい物は何も見え無かった。城に入り、そそくさと着替えてラドビアスに続いて地下に下りるが、やはり気分は良くない。
地下室には昨日嗅いだ例の香の香りが満ちていた。その中ですでにユリウスが机について分厚い異国の文字で書かれた本を開いて読んでいる。
「クロード様がおいでになりました」
ラドビアスの声にユリウスが顔を上げる。
「ああ、今朝は吐かなかっただろうな、クロード」
「吐いてません」
朝の挨拶が、これからこのやりとりだったら最低だと暗くなったクロードとは反対に、ユリウスは黒いローブ姿に髪を黒のリボンできりりと結び、先生モード全開でご機嫌だ。
「では、この国の成り立ちから……」
「成り立ちくらい、俺、習ってるよ」
昨日と同じ所で、またもや話を中断されてユリウスがむすっと顎で言えと示す。
「じゃあ、言ってみろ」
「えっと……レイモンドール国は五百年前、太陽王と言われたヴァイロン王によって統一された。王は、一人の魔道師に命じて魔道を使って国境に結界を張らせ、国を外国からの侵略から守り繁栄させて今日に至る。……んでしょ?」
ちょっぴり間の事をはしょったけどまあ、こんな感じだった筈とクロードはユリウスを伺う。
「まあ、それは表側の歴史だな、本当の所は少しずつ違う」
見てきたかのごとくユリウスは言い切る。へーえ? と、クロードが興味を示したのを見て、ユリウスはそうこなくちゃと満足そうに話し出した。
レイモンドール国の五百年と少し前、この島国は今は州となっている小さな国が互いに争って疲弊していた。
その上、この島の豊富な鉱物資源を手に入れようと大陸側からも何度と無く戦を仕掛けられ、戦乱の時代は長く続きどの国も貧しかった。
この島の北部に位置する、モンド国の三年前に王に即位したばかりの若い王、ヴァイロンがいた。そこに大陸側からルクサン皇国ドリゲルト率いる今までに無い大軍が押し寄せて、島にある他の国が次々と倒されていった。
つい三日ほどの短い間に主城を落とされ、ヴァイロンもモンド国の半分を占めるゴート山脈に逃げ込んだのだ。
彼は、そのゴート山脈で一人の魔道師と契約を交わした。
「どんな契約?」
クロードの質問は、黙って聞けと、一喝される。
その契約とはこの島国を魔道を奉じる国にする事、その代償としてヴァイロンを島国を統一した、建国の王とする。
王は即位する度に自分の半身を魔道側に引き渡すこと。王が即位する為には前王が死んだ後に直ちに『鍵』と契約を交わすこと。
『鍵』? またもやクロードが口を出すのをユリウスがぺしっとクロードのおでこを指で弾いた。
「痛っ!」
「これから話してやるから大人しく黙って聞け」
王が契約を交わすのは『鍵』だ。それは王と契約すると王の意思によって剣となり、指輪となる。いつもは王は指輪にして身に着けている。それを持っていることが王の証だ。
「もっともこの平安の世の中で『鍵』を剣に変えた王などいないがな」
「それと……」
ユリウスが付け加えるように話す。
「王の剣でその魔道師を斬れば、この島にかけられている呪はすべて無くなり、契約を破棄する事が出来る」
「それはお教えしなくても宜しいのでは」
ラドビアスが困ったように口を出した。
「うるさい」
これまた、ユリウスに一喝される。
しかし、そんなことよりクロードが気になったのは別の事だ。
「五百年以上前にヴァイロン王と契約した魔道師がまだ生きてんの?」
そっちの方が凄い。
クロードの言葉にユリウスとラドビアスが顔を見合わせた。
「クロード様、これをご覧下さい」
ラドビアスが胸元をぐっと下げて自分の左胸を見せる。赤紫の鮮やかな、クロードの薄いものとは違って少し模様に沿って盛り上がっている、それ。
「これを頂いた者はそれが完成した時点から歳を取りません。つまり、ヴァイロン様と契約をされた魔道師のイーヴァルアイ様が亡くなるまで、不慮の事故や相当の怪我以外は不老不死となります」
じゃあ俺は、あと数年後に竜印が完成したら成長が止まってしまうということなのか? 大人になれないの? そんなの嫌だと言ってみるが、ユリウスには完全に無視されてしまった。
「初期の頃にイーヴァルアイ様から直々に竜印を頂いた魔道師は三人おりますが、その者たちは今でもおりますよ。先ほどお会いになった、ガリオールもその中の一人です」
歴代の王の半身が竜印を受けて上位の魔道師になり、州宰や各所の代官を務めているということか。
「じゃあ、ガリオールも何代目かの王の半身だったの?」
いいえと、ラドビアスは即座に首を振る。
「国内の各所にある廟から上がって来た優秀な魔道師にも竜印が授けられますから今は、ざっと二百人あまりでしょうか」
それでも何十万人といる魔道師の中での二百人とはほんの一握りの人数でしかない。
「ねえ、ラドビアス、竜印を持つ魔道師がエリートなのは解かったけど、そのラドビアスが従者みたいなことをしているって事はユリウスがラドビアスと同位の魔道師な訳無いよね?」
クロードの問いにラドビアスはユリウスを見る。
「……まあ、そうだな」
言いにくそうにユリウスが肯定するのを見て、ラドビアスがくすっと笑った。
「私の名前はもう一つ、あってそれは……イーヴァルアイという」
「イーヴァルアイってあの五百年前、ヴァイロン王と契約したっていう?」
「そうだ、十七歳よりは少し、上だったかな」
「そりゃあ思いっきりさば読みし過ぎだって」
「うるさい、人を年寄り扱いするなよ」
ユリウスがプイッと顔を背けた。
「宰相のガリオールは王の半身じゃ無いってさっき言ってたけど?」
顔を背けたユリウスに代わりにラドビアスがクロードに答える。
「初期のモンド州の廟で飛び抜けて優秀な魔道師が二人おりまして。一人が首都サイトスで宰相と魔道師長を勤めております、ガリオール。今一人がモンドの廟を束ねている廟長のルークともうします」
ラドビアスが昔語りをする親戚の小父さんみたいに話すのを聞いて、少し背中がぞくりとする。
見た目は二十代後半から三十代前半に見えるが、なんといっても十七歳と偽称してきたユリウスが五百年以上生きているのだ。
十四歳のクロードにしてみれば考えの及ばない長い年月だ。
「歴史はもういい、次だ、次」
ユリウスが書棚から巻物を抜き出して机に広げる。
「印の種類と、範字の読み、書き……だな」
それを覗き込んだクロードが声を上げる。
「知ってる。それって大陸の東にあるバラナシっていう国の昔の文字だよね」
「何で知ってる?」
訝しそうに聞くユリウスにクロードが種明かしする。
「言うからさ、そんなに怖い顔しないでくれる?」
怖いと言う割りに平然と机の上に腰掛けてユリウスと向かい合う。
「話は簡単、昨日、帰りに予習したいってラドビアスに頼んだら、最初はこれでしょうって見せてくれたんだ。で、どんぴしゃりってわけで」
「ラドビアス、出過ぎたまねをするな」
ユリウスが手に持った巻物で殴りつけようとするのに驚いたクロードが手を掴んだ。
「やめろ、俺が頼んだんだっ」
「離せ、クロード、ラドビアスは従者じゃなくて私の僕だ、僕が勝手な事をするからだ。おまえも私の僕のことで口出しするんじゃない」
「嫌だ、俺が関係してるんだから口出して何が悪い」
「まだ十四のガキのくせして生意気な口を利くな、クロード」
「なんだよ、それを言うなら人の何倍も生きてるくせに大人気ないんだよ」
だんだん話がずれて子供の喧嘩のようになっていった。