離れ行く者
――クロードがそんなことをする筈が無い。 話をすれば何もかも笑い話にできる。
「母上、お先に失礼する」
クライブは乱暴に席を立つとクロードを追いかけて走り出した。 慌てて食堂の外に控えていた従者がそれを追いかける。
「お戻りになりましたか、クロード様」
荷物を二つにまとめて、サウンティトゥーダとアウントゥエンにつけた鞍に括りつけながらラドビアスが顔だけ戸口に向けた。
「もう宜しいのですか」
「うん、クライブに会って来たし、何やかや考えていると出発なんて出来ないよ」
「そうですね」
クロードは用意されていた服に着替える。 ラドビアスがクロードにマントを着せ掛けて前に回って留め金を止めると、二頭の魔獣をバルコニーに連れて行こうと彼の側を離れた。 その時、大きな音と共にクライブが飛び込んで来た。
「クロード、何をしている!」
あまりの切羽詰った表情にクロードは眉根を寄せた。
「何って……前に言ってたろ。俺ここから出るから」
「どこへ行く気だ、クロード」
クライブがクロードの手首を掴んで詰問するような強い口調で聞く。
「どこって……ベオーク自治国に行く」
「え?」
あまりに何のてらいも無く聞きたく無かった言葉を聞いて、クライブは一瞬何の反応も出来ない。
――今何て?
「な、何をしに行くつもりなんだ……まさか『鍵』をベオークに渡すつもりでは無いよな」
恐る恐る言うクライブの心情など解からないクロードは、頓着なく応える。
「何でクライブ、知っているの? そうだけど」
クロードの返事に雷に打たれたような衝撃を受けながら、クライブは小さく呻くように聞いた。
「クロード……君が……イーヴァルアイを殺したというのは……本当なのか」
自分で聞いておきながらクライブは返事を聞きたくないと耳を塞ぎたくなった。 しかし、ここではっきりさせなくてはならないのは解かっている。
「言う必要はありませんよ、クロード様」
剣呑なふいん気を察してラドビアスがバルコニーからクロードの元に戻ろうとするのをクライブが制する。
「止まれ! 話を聞くだけだ」
「一体どうした、クライブ」
敬称をつける事無く反対にクロードがクライブの肩を掴んで揺する。
――何を動揺しているんだ? しかしベオークの事といい、『鍵』のことなど誰に聞いたのか……そしてユリウスのことまで。 さっきまでのお気楽な気分が吹き飛んでクロードは無言でクライブを見て、その後ろに控えている年若い従者たちに視線を移す。
――何て陛下に似ていらっしゃるのか……。
祝賀の宴の二日目から顔を出したライアンら貴族の子弟たちにとって、表だって顔を出していなかったクロードを見るのは今日が初めてだったのだ。 王弟にしては地味な装いだった。 肩や肘に皮が縫い付けられた上着、皮で補強してあるズボンにブーツを履きマントを羽織っているその姿は騎乗しての長旅へのために違いない。
えてして悪い噂は本当のことが多いものだ。 ゴードンはライアンに目配せをする。 直ぐに陛下の安全を図りクロードを捕らえることができるようにと。
「答えてくれないか、君がイーヴァルアイを殺したのか」
「だったとしたら、どうする気なんだ?」
必死で聞いた事にクロードがはっきり答えないことにクライブは苛立つ。
「君はベオーク自治国と通じていてイーヴァルアイを殺して結界を解き、この国の宝である『鍵』を渡そうとしている、のか?」
「……?」
今度はクロードが唖然とクライブを僅かに見上げる。
――誰がそんな事を……。
しかし事実にうまく嘘を少し練り込むことでこんなにも事を見る目は違ってしまう。 だが、ユリウスを殺したのは確かにクロードで、その為に騙して『鍵』と契約したのも本当だ……。 ベオーク自治国に行こうとしているのも事実。 そのせいで国が混乱の最中であることも結果論とはいえ、否定できない。 しかし、弁明のためにここで経典のことやユリウスに関していることをクロードは言うつもりは無かった。
「ベオークにそそのかされたわけじゃ無いし、『鍵』の最初の所有者はベオークにいる。この混乱を引き起こしたのは俺かもしれないが、今は何も言えない」
「では君を行かせるわけには行かない。君を……一旦、地下宮へ幽閉する」
クライブが傷ついた顔で言うのをクロードは痛ましい思いで見るが、自分の意思を曲げる気も無い。
「話が終わりなら俺はもう行く、さようならクライブ」
「させるか!」
ゴードンが剣を抜き放ち、他のものもそれに習う。 それを見てクロードが冷たく笑う。
「何をするつもりか知らないけど君たちの主は俺の手の中だよ」
クライブの背後から首に手を回してクロードが『変じよ』と言うのに応えて、指輪は長い剣に変わりクライブの咽元につきつけられた。