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不信という病

 ――なんで? と思ったがはたと気付く。 ラドビアスは不老のまま何百年も年月を重ねてきているのだ。 歳を取らないことへの恐れや急に年老いてしまう不安を解かれというのも無理な話か……。

「とにかく、クライブと外見が変わっていくのが。俺だけ子供のままっていうのが堪らないんだよ」

 そう、訴えるクロードの顔を見ながらラドビアスは、そうですかと短く応えた。

「クロード様」

 両肩に置いた手を滑らせて手首を掴むと、クロードをひょいと上体を起き上がらせる。 そして壁にかけてある剣を取ってクロードに差し出した。

「体を動かしたらすっきりしますよ」

 ラドビアスの言葉に、やる気が出ないクロードはそれでも渋々剣を受け取る。

「体を動かしたら背、伸びるかな」

「それは無理ですね」

「すっきりするだけ?」

「腕も上がります」

 ラドビアスの返事にクロードは大きいため息をついて剣を支えに立ち上がった。 中庭で半刻ほど打ち合ってクロードはへろへろになって座り込んで水を飲んでいた。

「すっきりしましたか」

 顔にかかる髪をかきあげながらラドビアスが聞いてきた。

「……そういえば、背のこと忘れていたかも」

「近く、出発しますか」

 さっきと同じ調子で軽く言われて、うっかり聞き逃すところだった。

「いいの?」

「いいですよ、お伴します」

 クロードは晴れ晴れとした顔をラドビアスに向けて水をごくごく飲んだ。




 数日後、朝食のテーブルにすでについていたクロードを見てクライブは驚く。 前に話をしたのはこの間廊下で話しかけたきりだし、態度もおかしかった。 ここで一緒に食事をするのも嫌がっていたようだったのにと嬉しいはずが、どこかざわざわと心が騒いだ。

「お早う、クロード」

「お早うございます。クライブ陛下、母上、姉上」

 マーガレットの挑発するような言葉にも、母親の小言にも愛想良く答えるクロードにクライブは不信が募る。 だが最後まで以前のように勝手に食堂から退出するでなく、クロードは大人しく座っていた。

「今日はやけに大人しいな、クロード?」

「ああ、今日は特別だから……」

「何が……?」

「それは内緒ですよ陛下、ごちそう様でした」

 席を立つクロードに少し不安になって、クライブが手を伸ばしたのをクロードががしりと握って笑いかけた。

「じゃあね、クライブ」

 久しぶりに名前を呼び捨てにされて、クライブはクロードとまた距離が近くなったような気がして嬉しくなった。

 ――やはりクロードはクロードだ。 魔道師庁へ続く廊下で初めて会ったときのように。 あのときもあっさりとそう言って……。

 クロードは手を離すとくるりと身を翻して食堂を後にする。 それを見送ってクライブはすとんと椅子に座り直した。

 ――また、来るよ、そう言って私の前からいなくなったんだった。

「クライブ陛下、少しクロードに気を許し過ぎですよ」

 母親の言葉にクライブはびっくりして母親を見た。

「確かにあなたの弟でしょうが悪い噂もあるのですよ、私はあの者がコーラル陛下に仕えていたようにあなたに仕えるなら黙っていようと思っていましたが」

「母上?」

 ――私の弟という事はあなたの子供ですよ。

 クライブは今までもクロードに会うと冷たく小言を言う母を心苦しく見ていたのだが、それはサイトスに外れた振る舞いをするクロードのためを思んばかってのことだと思っていたのに……。

昨日のことが甦ってクライブはこめかみを押さえた。



 昨日、久しぶりにぽっかりと半日の休みをもらって、新しく従者にした顔なじみの者と剣の手合わせした。 その後、しばらくは和やかに談笑していた。 新しく側付きになったのは、昔からクライブの遊び相手に選ばれたサイトスに居を構える伯爵以上の貴族の子弟らでクライブとは小さい頃から気心が知れている。

 その中の左軍将軍のレミントンの息子のライアンが急に声をひそめた。

「陛下、ここだけのお話という事でお許しを願いたい話があります」

「ここでは陛下もつける必要はないよライアン。君と私の仲だ。遠慮なくなんでも言ってくれ」

 クライブは皇太子の時より全ての者が遠くに行ってしまったように感じて寂しくなる。 消えていくのでは無く、いるのだが自分のまわりに今は無き結界が張ってあるように皆、一定の距離を置くのだ。 王とはなんて孤独なんだと寒々と思う。

「では、言いますが……クロード様のことです」

 ――クロードの事?

 ライアンが咳払いを繰り返して、自分を鼓舞(こぶ)しているのを見て、クライブは嫌な予感がした。

「早く言ってくれ、ライアン」

 なかなか言い出さないライアンに焦れて強く言うと、ライアンの横にいた内務大臣の息子、ゴードンが口を切った。

「申し訳ありません、クライブ様。本当にいい話ではないので……私から申し上げます」

 今年十八歳になり成人式を迎える、ゴードンがこの中で一番の年長者らしく決意したように声を上げ、まわりの二人が目に見えてほっとした顔をした。

「今、この国が大変な状況になっている原因がクロード様にあるという話があります」

「まさか! 誰だそんな事を触れ回っているのは!」

 立ち上がったクライブの剣幕にライアンは目を伏せる。

「気をお静め下さい。この後をお聞きにならないのですか」

 ゴードンのいう事にクライブは、ぐっと拳を握り締める。

「解かったから……それで?」

「大陸の東にベオーク自治国という魔道師の国があるのをご存知ですか」

「話だけは、それが?」

「クロード様がベオーク自治国と通じておられると……。この度の混乱はベオーク自治国が結界を消して、このレイモンドール国をベオーク自治国の支配下に置く為に起こしたことではないかと」

 思いつめた顔でゴードンはクライブを見た。

 確かにボルチモア州の事はベオークが裏で糸を引いていたと報告があったが、クロードはそれを阻止したのだ。 それがなぜ反対に伝わっているのか。

「このレイモンドールの結界を張っていた要の魔道師の祖、イーヴァルアイを弑逆(しいぎゃく)したのはクロード様であるとも」

「ゴードン!」

 叫ぶように言うクライブにゴードンも顔色を無くし黙りこむ。

「もう、聞きたくない、帰る」

 足音荒く歩み去ろうとするクライブにライアンが背中に向かって叫んだ。

「クロード様は国の宝を持ってベオークに行かれるおつもりだと言うではありませんか、クライブ様、それは本当ですか」

 ――宝……? こんなでたらめを吹聴しているのは一体誰なのか。

「今聞いたことは根も葉も無い嘘だ。私とクロードの仲を割こうとしている者がいるようだ。とにかくこれ以上そんなばかな話を広めないでくれ」

 クライブはそう言いながらクロードがどこかへ行くことを言っていたのを思い出す。 暗くなって久しぶりの剣術も打ち切って自室に戻った。 体調が悪いと寝台にもぐり込むと従者が天医を呼びに出て行くのに乗っかってほかの従者たち、女官たちも追い出した。 いつもとあまりに違うクライブの様子に周りは戸惑うばかりだ。

 ――嫌だ……私はあんな話を信じない。 そう思うのにこの圧し掛かる嫌な感じは何なのだ? クロードは王位を欲していなかった。 それなのに『鍵』と契約した……なぜだ?

「この国の宝は何だと思われます?」

 誰もいないと思ったのにいきなり自分の頭の中を見透かすように放たれた言葉に、口をあけたまま声の主を捜す……。 その者は気付いた時にはクライブの目の前に立っていた。 父親の面影を映す、中年の魔道師姿の男。

「クロード……いや、コーラルになったのだよな」

「はい、陛下。クロードは言わば仮の名、王の半身の幼名みたいなものです」

 コーラルは王の、と言うところを強く言って口の端をにっと上げた。

「何の用だ、コーラル。私は気分が良くないのだ。大した用が無いのなら下がってくれないか」

 クライブはそのままコーラルに背を向ける。 その様子に憮然とした顔を浮かべたコーラルがやや乱暴に寝台に手を付いた。

「クライブ様の気鬱の原因の真相を知っていると私が言っても……ですか?」

「コーラル?」

「クロード様は『鍵』をお持ちになってベオーク自治国へ行かれるおつもりです。この国の王の証、五百年も大切に守られてきた宝ですよ、陛下」

 ――それは!

 尚も口を開こうとしたコーラルは、急に口を閉じて印を組んで姿を消した。

隠形(おんぎょう)いたします。この続きはまた後ほど、国王陛下」

 天医を始め、宰相のハーコートや母親まで入ってきてクライブはコーラルを呼び止めることが出来なかった。 このとき、医者になど治せない不信という病にクライブは罹患(りかん)したのだった。


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