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戴冠式の夜

「クライブ陛下はおいくつであられるのだ? 随分とお若いようだが」

「十五になられるのではないか……」

 新王となったクライブのあまりの若さに戸惑いが広がる。 今だかつてこのように若いまだ少年といえる歳で王位についた王はいなかった。 魔道側が要求する王の血を受け継いだ双子の一人を差し出すには体が成熟している必要があったのだ。

 王は『鍵』と契約すると不老になる為だからか、魔道に守られている間、幼い子供が王になることは皆無だった。 が、今は魔道の加護は無い。 理由が解からず、不安ばかりが小波のように広がっていくばかりだった。

「国王陛下の御前であることをお忘れか、控えなさい」

 大きい声では無い。 しかし宰相ハーコートの声はざわついた広間の端から端へ一陣の風のように通っていく。

「陛下、お言葉を」

 宰相のハーコートに軽くうなずいて、クライブが玉座から立ち上がる。

「皆も懸念(けねん)しているこの国を覆っていた結界はもはや存在しない。各州から出たままになっている州宰や上位の魔道師も戻ることは無い」

 小さくそこでどよめきがおこる。 それほど州候たちにとって州宰の存在は大きかったのだ。

「この国の結界術の要だった魔道師のイーヴァルアイが亡くなったことが原因で竜道は消え、竜印を受けた者もまた(しか)りだ。これからこのレイモンドールは魔道に頼る事無く新しい国としてあらねばならない」

 そこでクライブは一旦言葉を切って周囲をゆっくり見渡した。

「見ての通り私は若輩だ。政策、案件があれば遠慮なく奏上して欲しい。私からもこれからの国の有り様を勅書として記したので後で目を通すように。官の不足を補うために魔道師の還俗と各州に官吏を養成する大学の設立など早急に進めてもらいたい。これからは政治から魔道を排し人を以って(つかさど)ることとする」

 頬を赤くしてクライブが玉座に座り各州候、主だった貴族から拍手を送られてふーっと長い息をついた。

「ご立派でございましたよ」

 にっこりとハーコートに笑いかけられてクライブはもう一つ安堵のため息をついた。 それを一段下がった所に設けてある椅子に腰を降ろしていたクロードとラドビアスも、ほっと息をついてお互い顔を見合わせた。 それから長い州候のお祝いの挨拶が続き、終わったのはとっぷりと日も暮れた夜半の頃だった。

「疲れたーっ」

 大声とともに部屋に駆け戻るとクロードは寝台に飛び込んだ。

「寝台に上がられるなら履物を脱いでください。明日からは祝賀の宴が始まりますよ」

「ええーっ、もう勘弁して」

「いくらなんでも王弟が全く顔を出さないわけにはいきませんが、午前中我慢なさったらうまいこと出して差し上げます」

 ラドビアスの言葉にクロードはがばりと起き上がる。

「本当?」

「本当です」

 じゃあ我慢してやるかと靴を脱ぎ捨てるが、それにしても俺が王でなくて本当に良かったとクロードは思った。

 ――ごめん、クライブ。

 王の居室のある方へ手を合わせてクロードは正装のまま寝入ろうとしたが、ぐいと腕を掴まれる。

「お疲れでしょうがお湯を使って下さい」

「もういいよ、寝たい」

 ごろりと寝返りを打とうとしたクロードを軽々とラドビアスが抱え上げた。

「ぎゃあー何するんだっ」

「言う事をきかないからですよ、クロード様」

 わざと横抱きににしてすたすたとラドビアスが浴室へ連れて行く。

「わーっ降ろしてよ、恥ずかしいよ」

「だったら初めから言う事をおききになればよろしいのです」

 ぴしゃりと言って、それでも降ろすことなく歩くラドビアスの胸にクロードは顔を埋めた。 顔を上げたままだと廊下ですれ違う官の驚く顔を見てしまうからだ。 浴室に入るとラドビアスがやっとクロードを降ろした。

「お一人で大丈夫ですか、お世話をする女官を呼びます?」

「ラドビアス!」

 ――こいつ! いつだって俺は一人で入ってるだろう。

 真っ赤になったクロードにラドビアスがにこりと笑んでみせた。

「こちらにお着替えがございます、体を拭く布はこちらに。では見計らってお迎えにまいります」

 ぱたんと閉まる音にクロードはやれやれと服を脱いで裸になった。

「絶対日頃の憂さを俺をからかって晴らしているよ、ラドビアスの奴」

 しかし、湯に体を浸すと体中の疲れがお湯に溶けていくのが解かる。 そして……一つ、名案も思いついた。

 ――ラドビアスと一緒にお風呂に入ればいいじゃないか。

 上手い事やって服を脱がせて……と、中年の色ボケ親父のようなことを思いながらぶつぶつクロードが一人つぶやく。 上半身だけでも脱げばその体に誰の竜印があるのか、無いのか確かめられる。 口元までお湯に浸かりながらぶくぶくと泡を立ててクロードはそんな事を考えていた。 そして……自分が靴を履いて来ていないことを思い出す。

 ――しまった。俺、帰りも抱っこなのか。




 浴室を出たラドビアスは、その足で祭祀庁へ向かう。 大扉の前にいる警備の兵士も二人きりになっていて中に入るとコーラルが直々に出迎えた。

「ラドビアス様、何のご用です?」

「今日の祭祀の事と言えば解かると思うが」

「こちらに」

 ガリオールが使っていた執務室に入ると上座の椅子をラドビアスに勧めて、反対側にコーラルが座った。

「やはり、ラドビアス様には解かると思っておりましたが」

「古代レーン文字で呼ばわった名はクロード様だったな」

 ラドビアスがきつく言ってコーラルの返事を待つ。

「はい、『鍵』と契約を交わした御方はクロード様でございますから」

 コーラルは当然の事をした迄、と言うと後ろに控えていた魔道師に茶を入れるよう命じた。


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