三種の神器
――祭祀庁か……。
クロードは西側へ目を向けて権を手放し名前を祭祀庁と変えた場所を思い、またこれから向かう苦行を思い出し息を吐いた。 砂を噛むような食事を終えてクロードが部屋に戻るとラドビアスが待っていた。
「参りましょうか」
二人が西側の長い廊下を通り、大きな扉を開けるとその中はがらんとしている。
「何か働いている魔道師の数が少ないよね」
クロードが寂しそうに言う。
「はい、還俗して官吏になった者が大勢いますから」
ラドビアスは何の感傷もないようで自分で次々と扉を開けていく。
――そうか……魔道師はもう国政に携わらない為、今迄国政に携わっていた者は官吏になったのだ。
やけに風通しの良くなった庁内を見回して、クロードはガリオールがてきぱきと指図をしていた頃との差に物悲しくなった。 いつも俺は口先だけで後になって自分のしたことを思い知るのだ。
ラドビアスが大きな箱から細長い箱と小さい箱をそっと取り出して机に置くと、括ってある紐を解いて箱を持ち上げる。
「クロード様、こちらへおいで下さい」
クロードが机を見ると、そこには美しい彫金が施されて宝石がそこここに散りばめられた剣と鍵、指輪があった。
「うわーきれいだね」
クロードがラドビアスの横で感心しながら眺める。 レイモンドールは三十日ほどを一の月として十二か月で一年としている。 その四ヶ月ほどが厚い雪に完全に閉ざされる。 その間、農作業などはまったくできない。 そのことが長い事、この島国が貧しい要因であった。
しかし、この国は山中から稀少な宝石、鉱物が豊富に産出される。 屋内作業としてそれを加工する技術がこの数百年のうちに発達し、他に並ぶ国はないと言われるようになっていた。 他にも細かい細工を施した木工細工など、細工物全般においてレイモンドール産の物は他国の二倍以上はする高級品として出回っている。 唯一、開かれているサイトスの港からはこういった品々が海を渡っていくのだ。
「でもこれ、本物と大分違うよね。本物より豪華で……」
――本物よりかなりけばけばしい。
クロードは自分の指にある本物を目の前に上げる。
「そうですね、クロード様がお持ちの物は実用を兼ねておりますからね」
――そうか、これらは見栄えがして豪華で神々しい感じがすればいいのだ。 指輪以外は身につけることも使うこともないのだから。
「本物を知っているのはコーラルだけですから見栄えが良ければいいんですよ」
ラドビアスがあっさり言いながら、丁寧に包みなおして箱に収めていく。
「では、消しますか? 職工たち」
ラドビアスの言葉にぎょっとしてクロードは唾を飲み込んだ。
「もしかして今、物騒なことを考えてましたか? 消すのは記憶ですよ、クロード様。そういうお話だったでしょう」
くつくつと手を口元に当ててラドビアスが笑った。
「解かってるよ」
クロードはやられたと思いながら手にかいた汗を上着で拭った。 穏やかな笑顔のこの男が何人も手にかけているのを知っているから、この手の冗談は笑えないのだ。
「一足先にハーコート公が近々サイトスにお着きになられます。ご長子のダリウス様もご一緒ですよ、ダリウス様は直ぐお帰りになられるようですが」
「ダリウス兄様が来るの?」
久しぶりに会えると心が浮き立ったが、直ぐにダリウスは自分のことなど覚えていないのを思い出し一気に気が塞いだ。 結局、二日後に到着したダリウスにも会いたくなくて、クロードは王城の城壁に上って海を眺めていた。 結界が消えてここから大陸側の陸地が良く見えるのだ。
「王陛下……まさか?」
あまりにも聞き覚えのある声にクロードは思わず振り返る。
「ダリウス兄……」
兄様と続けそうになって慌てて言葉を飲み込む。 不思議そうに見上げるダリウスはまた少し背が伸びて大人っぽくなっていた。 長い黒髪も腰まで伸びている。
「あ、クライブ王の弟のクロードです。あなたは今度宰相を拝命されたモンド州公、ハーコート公爵のご子息でしたよね」
クロードの言葉にはっとダリウスが片膝を付いた。
「失礼いたしました。陛下の弟君とは知らず……しかしそのような方がこんな所で供もつけずにいらっしゃるとは」
「ここから一番大陸が良く見えるんだ」
「実は私もそう聞いて参ったのですが」
そう言って後ろに控えている従者を一瞥して、何かを思い出したようにクロードを見つめた。
「何?」
「いえ、以前にもどこかで同じようなことがあったような気がして……思い違いでしょう。お気になさらないで下さい」
「別に気になど」
クロードは嬉しくて笑い出しそうになる。 モンド州にガリオールが来た時もクロードは城壁に立ってダリウスが呼びに来たのだった。
記憶はなくなっているのでは無く。 どこかへ仕舞い込まれているのだとクロードはダリウスを見ながら、やはり会えて良かったと思った。
バルザクト・ロイス・ヴァン・ハーコート公爵がサイトスに到着して宰相の任に就いてから、急速に国政は形を取り戻していく。 年が明けると、続々と各州から州候、または州候代理がサイトスに到着して王宮も賑やかになっていった。 それからは、あっという間に時が流れていく。
怠情なときも忙しくしているときも一刻は一刻のはずなのに、通り過ぎていく時の流れは確かに違うのだとクロードは思う。
戴冠、即位式を迎えたその日、祭祀庁の大扉が左右に大きく開かれた。 中ほどにある階を大きくぶち抜いた広い空間に、モンド州のゴート山脈にある廟の内部に似せた教会が造られている。 今そこはぎっしりと貴族や軍の将軍らが両膝を床につけていた。 高い壇上には祭祀長のコーラルが厳かにレーン文字を宙に描いて、祝福の言葉を古代の言葉を紡いで大きく印を切る。 最後にコーラルが美しい冠をクライブの頭に載せて戴冠式は終わった。 人々が続々と祭祀庁から出て行き玉座のある大広間に場所を移す。
今度は新王の初心勅語が始まる。 初めてクライブ国王を見る貴族達がひそひそと言葉を交わしていた。