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地下宮の少女

 そう言ってクライブはその女性たちと優しく見詰め合う。

「えっと、お早うございます」

 何と挨拶していいかわからず、やはりお早うかなとクロードは朝の挨拶をした。 目の前の女性はクライブとクロードとは色目の違うブロンドの髪で、サファイア色の瞳の美しい三十台後半の女性だった。 その横にいる十代後半の母親似の女性は、ダリウスと婚約するというマーガレットらしい。

「お早う、クロード、会うのは十四年ぶりなのかしら」

「姉のマーガレットよ、本当にクライブとそっくりなのね。祭祀長になったクロードはお父様より随分と年寄りになってしまったけど……あなたは歳を取るの?」

 えんりょの無い物言いにクロードは言葉に詰まる。

「姉上、もういいでしょう? 食事にしましょう」

 クライブが助け船を出してクロードはこっそりため息を付いた。 別段、感極まったとか懐かしくてどうとか、そんな事を期待していたわけでは無かったが、こういうのはあんまりだと思った。 モンドの城で得られなかったものが手に入ると思ったばちが当たったとでも言うのか。

 クロードは内心落胆してもそもそと食事を続けた。

「慣れない執務に陛下はとても疲れているの。あなたも陛下の側つきとなるのなら少しは執務室に顔を出しなさい」

「え……?」

 母親の言葉に、そうかこの人たちにとって自分は家族というより臣下なのだと、クロードは愕然(がくぜん)とした。 前王の半身コーラルと同じ、魔道師になった子供はもう自分の子どもではない――そういうことなのだ。

「母上、姉上、今までとは違うのですよ、クロードは私の影にはなりません」

 クライブが慌てて言うが、クロードは我慢できずにかたんと席を立つ。

「申し訳ありませんが気分が良くないので失礼します」

 何とかそう言って足早に食堂を出て行くと、自分の部屋に駆け込んだ。

 ――やっぱり俺は血の繋がりだけで、長い空白を瞬時に埋めることができるとは思えない。 そんなことを期待しているとさっきみたいに返って白々とぽっかり空いた穴に落ちてしまう。 俺もユリウスも血縁とのかかわりに問題があるのだ。 まあ考えてみればそれもこれもユリウスのせいなのだが、今更だろう。

 一旦、クライブが王位につくと決めてから、クロードは意識して王の執務室には近づく事を避けていた。 日中は手の空いている兵士相手に剣や体術を学び、間に執務の手が空いたラドビアスに魔術を習う。 それ以外はモンド州に居たときのように、一人で王宮内をうろついていた。 そのことについて王もラドビアスも黙認している以上、他の官が止め立てできるわけも無く、いつの間にかそれが普通になっていた。

 勿論それについて表立って意見される事は無かったが、影ではいろいろ言われていることもクロードは知っていた。 だけど、特に爵位をもらったり、官職についたりするわけにはいかなかった。

 ――俺はここから居なくなるのだから。

 あてにされてクライブの対抗馬に祭り上げられて騒動になる懸念など小指の先程望んでいないのだ。 国王の食客扱いで丁度いい。




 サイトスの王城の地下には主に政治犯の貴族、それもかなり上流の者だけが幽閉、投獄される為の裏宮が造られている。 断首されず、終身幽閉の刑を受けた者は一般の牢獄とは比較にならない程の恵まれた部屋で、飢えることも無く世話する者もいる……。 だがそこを出る事は死ぬまでない。

 地下宮の入り口の前、警備の兵士たちが、がたりと崩れるように倒れた。 その倒れた兵士の間をクロードが縫って歩く。 大きな錠前の穴に手を触れてから印を結ぶ。 すると、びしりと言う音と僅かに閃光が走り、錠が外れた。 ゆっくり分厚い戸を開くとぎいぎいと耳障りな音が地下にひびくが誰も起き上がる様子もない。

入り口近くには審判が下される前に留め置かれる牢がある。 その牢の戸の錠もさっきと同じように外してクロードは戸を開けた。 部屋には薄茶のドレスを着た明るいブロンドの少女が座っていた。

 天井近くにある明り取りの為の窓が横長に大きく取ってあり、地下にしては明るい。 だからといってここが獄であることには代わりがなかった。

 戸の開く音に少女が振り向く。

「クロード! いえ、国王陛下だったわね。何のご用かしら、王自ら罪人に会いに来るなんて」

 その強い口調にクロードは思わず笑う。

「俺は、国王じゃないから不敬罪が加算されないけど君って相変わらずだな」

「国王じゃ……ない?」

 アリスローザはクロードの右手に指輪があるのを認めて眉根を寄せ、怒りを含んだ顔でクロードを見る。

「その指輪は何? 偽物なの?」

「ああ……これ?」

 クロードがよいしょとアリスローザの向かいの椅子に腰掛けた。

「君には朗報かもね、レイモンドールの表舞台から魔道師は退場することになり、魔道師で『鍵』と契約した俺は王では無くなった。今は兄のクライブが王だよ。戴冠、即位式はまだ先なんだけど」

「どういう事?」

「この国の魔道師の祖、イーヴァルアイが死んで術が解けて竜道も結界も消えた」

 言ったクロードは自分の胸をそっとなぞる。 そこは竜印があった場所だった。

「魔道師が政治から手を引くの?」

 興奮気味にアリスローザの声が大きくなる。

「ああ」

 反対に幾分気落ちしたようにクロードうなずく。

 ――そうだ、俺がこの手でイーヴァルアイを殺したんだ。

 何度その話題に触れても慣れることが出来ない。 思うだけで胸が苦しい。

「そう、良かったわ、これからレイモンドールはいい方向へ変わっていくわ。ありがとうクロード。このことを知らせに来てくれて。裁判でお父様のように斬首となってもここで一生幽閉となっても悔いはないわ」

 アリスローザの口調が変わり、クロードの手を握り決然と言った。

「あのさ、君は裁判にかけられない」

 クロードの言葉にアリスローザが怪訝な顔になり握っていた手を離した。

「え?」

「ボルチモアへ返そうと思っているんだ。この国が……ボルチモアがどう変わるか見てみたいだろ?」

「それはそうだけど」

 口ごもるアリスローザにクロードはにやりと笑う。

「俺がモンド州の三男だったことを覚えているのは君だけなんだ。ユリウスっていう兄貴がいたことも。俺にとって大事な思い出なんだ。一人ぐらい思い出話を出来る相手が欲しいと思ってさ」

「クロード、それ本当の理由じゃないわよね」

「それだけじゃだめ? じゃ君を地下宮に置いていたくない……っていうのも理由として脆弱(ぜいじゃく)かな」

 クロードの言葉にアリスローザの顔が赤く染まったが、それに気付く様子も無いのがクロードなのだった。

「また来るよ。スノーフォーク家に預けられる事になると思うけど、暫くはここでがまんしてね。裏工作しなきゃあ」

 すくっと立ち上がるとアリスローザの返事を待たずにクロードは牢の戸を閉めた。


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