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ユリウスにとってのクロード

「クロード様、起きて下さい」

 ラドビアスに肩を揺すられ、うーんと寝返りを打ってクロードは再び寝入ろうとした。 が、それを見逃してもらえるわけも無い。 がしりと両腕を取られて無理やり体を起こされたクロードは、やっと目を(こす)りながらラドビアスに声をかける。

「んー、お早うラドビアス」

「お早うございます、クロード様。明日からはお一人で起きてくださいね」

「えーっ冷たいなあ」

 クロードが甘え半分に抗議の声をあげた。

「私は忙しいのですよ。今も仕事を中断して来ているのです」

 ラドビアスが扉の所で洗面の器や水、替えの衣服を持って立っている女官のところへ歩いて行って、次々に受け取っては寝台際のテーブルに置いていく。

「何しろ皆怖がってこの部屋には誰も入ってこれないのですから」

「……怖い?」

「そうです」

 ラドビアスが顎をしゃくってみせる方をクロードが見ると、自分の寝台の足元側の部屋の一角が大きな固まり二つに占領されていた。

「怖い……ってこの事?」

 首を自分の体に突っ込むようにして丸まっている二頭の魔獣を微笑ましく見て、返す瞳で入り口で固まっている女官たちを見る。

 ――結構可愛いと思うんだけど。 サウンティトゥーダの大きな口(何しろ大男の上半身を一口なのだ)の横にある長い髭が寝息の度にゆらゆらと揺れている。 アウントゥエンなんか赤毛の犬みたいだし。 (しかし大きさは尋常じゃないのだが)薄く開いた口からのぞく大人の指ほどもある牙の間からべろりと舌を垂らして寝ているのも……可愛いと思うんだけどな……。

「部屋にこれらを入れるのを止めてもらわないと私以外誰もここへは入れないのですからクロード様お一人で起きてください。とりあえず、顔を洗って下さい」

 事務的に言うラドビアスにクロードが甘えた声を出す。

「ラドビアスお願い、毎日起こしに来てよ」

 という事は魔獣を部屋から出す気は無いのだと苦笑しながら、顔をあげたクロードをすかさずラドビアスは用意していた布でごしごしと拭いた。

「仕方ありませんね。何で私がお仕えする方は、皆手がかかる方ばかりなんでしょうかね」

 呆れたようにいいながらもラドビアスの手は着替えの服を取る。

「さあ、着替えて下さい」

「はいはい」

 クロードは生返事を返して夜着を豪快に投げ飛ばす。 するとすかさず、首を伸ばしたサウンティトゥーダが口で咥えて受け止めた。

「うまい」

 クロードが走りよって頭を撫でてやると、隣のアウントゥエンがぐわっと喉を鳴らして自分にもやってくれと催促する。

「クロード様着替えて下さい、私は忙しいんです」

 ラドビアスが、サウンティトゥーダの口に手を突っ込んで夜着を回収してぴしりと言う。

「はいはい」

「クロード様」

「解かってるって」

 アウントゥエンの構ってくれ光線を背中に受けながら、着替えているクロードの髪にラドビアスがブラシを入れた。

「うわっ、そんなのいいよ」

「駄目です、じっとしてて下さい」

 一人で仕度しろとか口では言うものの何やかやと世話を焼くラドビアスに以前、ユリウスがうるさいとか言いながら世話を焼かれていた事をクロードはふと思い出す。 途端にクロードはしんみりしてしまった。

「どうか……しましたか」

 ラドビアスの気遣う声にクロードは、はっと我に返る。

「いや、今日の服は紫だから……思い出して」

 それを聞いてラドビアスのブラシをかける手が止まった。

「紫の服、ユリウスが好きだったよね。よく……着ていた」

 紫の服にゆるく髪を後ろに編み込んで酒を飲んでいたエスペラントの成人のお披露目の宴。  その時の姿が思い出されてクロードの胸が詰まる――あれはほんの数ヶ月前のことなのに。

「紫はヴァイロン様がお好きな色でしたから」

「ヴァイロン? 初代の王だよね」

「はい、そうです」

「ヴァイロンってさあ、ユリウスにとって何だったの?」

 ラドビアスは目を見開いてクロードを見る……暫くの沈黙が落ちた。

「さあ、本当の所は私にも解かりません」

「待ってるって、ヴァイロンの事だよな」

 クロードの言葉を聞いて、びくりとラドビアスの(まぶた)が痙攣するがその口調は変わらない。

「私はその場におりませんでしたから……たぶん、そうでしょうね」

 クロードは自分の生まれる遥か昔の男に嫉妬している、と思った――それは仕方ないことなのに。 自分のような王の半身は数え切れないくらい彼の前にいたのだ。 クロードはその何番目なのか、いずれにせよ大勢の中の一人であることは間違いない。

「俺なんてユリウスからしたら只の僕候補だったのかな」

 ラドビアスに否定してもらいたくてずるいと思いながらもクロードはわざと口に出す。 それを知っているのかラドビアスが優しく目を細めた。

「クロード様は特別でございますよ」

「本当?」

「ええ、もう、終わりますからじっとしていて下さい」

 服と同じ紫の幅広のリボンで、クロードのシルバーブロンドの髪をラドビアスはきゅっと結ぶ。

「思ったより話し込んでしまって時間がありません、食堂へお急ぎ下さい。外にいる女官がご案内します。陛下がお待ちになっていますよ」

 はい、終わりと背中を叩かれてクロードは外に追い出された。

「サウンティトゥーダ、アウントゥエン!」

 行きかけて二頭の魔獣に声をかけると二頭の魔獣が揃って付いて行こうとする。 それをラドビアスが手のひらを立てて止めた。

「駄目です、あとで牛の頭でもやっておきます。まさか食堂へ連れて行こうなどと考えてないでしょうね、クロード様」

「まさか」

 まさにそう考えていたが小さく舌打ちして二頭を見ると、魔獣たちも不服そうに鼻を鳴らしてその場に伏せた。

「さ、急いで下さい」

 クロードは渋々食堂へ向かう。 歩きながらヴァイロンとユリウスの事をはぐらかされたのに気付いた。

「こちらです、クロード様」

 女官に案内された朝食用の小さな(と、いっても充分広い)食堂に入ると、クライブがすでに上座に座っていた。 クロードは済まなそうな顔を急いで作って座る。

「お早う、クロード」

「お早うございます、遅くなりました。……だいぶ待った?」

「少しね」

 クライブは笑いながら横に座る二人の女性を見やった。

 ――気付いていた。 部屋に入った時から当然見えていたのだから。 じゃあ……この人が。

「クロード、私達の母上と姉上だ」


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