不埒な相談
――そんな時にラドビアスを連れて国を出ようとしている自分はやはり王の器ではない。
しかし、直ぐに出発出来るかと思っていたのに竜門が使えないのと上位の魔道師が消えたことが、国の機能をこんなに滅茶苦茶にするとは思わなかった。 クロードはあーあと今日何回目かのため息を出す。
――今までの王がユリウスとの契約を反故にするのを渋っていたわけだ。 考えなしの俺が現れるまでは……。
「この混乱を一応立て直すにはどの位かかるかな?」
「どの程度かによりますが」
「最小限でお願い」
ふーんとラドビアスは考え込む。
「大枠を作るのに一年ほどでしょうね、それを軌道にのせるまでと仰るなら十年はかかるかと……」
「そんなに待てないよ!」
クロードが慌てて椅子から立ち上がり、それを見てラドビアスがくすりと笑った。
「クライブ様、各州に早馬を飛ばして各州州候かその代理の者の登都をお命じ下さい。年を越しまして、後春の月に全州候の前でクライブ様の即位式と初心勅語を賜る式を取り行います。そこで今回のあらましとこれからの国事、州事についてお言葉をかけられるのが宜しいかと思います」
「解かった。しかし、さっきから出発とか待てないとか。まさかどこかへ行くつもりなのか」
心配そうにクライブがクロードを見つめた。
「今すぐとはいかないみたいだけど……俺の中に封印された物を突っ返しに行ってきたいんだ」
「突っ返すってどこへ、何を……?」
クライブは解かった様な解からない様なはぐらかされたクロードの言葉に頭を捻る。
「それはそうと」
ラドビアスがクロードの右手を指差した。
「対外的には王の証が無くなってしまうのはやはりまずいでしょうね」
「そう……だな」
クロードが何かを思いついたようにラドビアスににやりと笑いかける。
「じゃ、作っちゃう?」
クロードの言葉にそうですね、とあうんの呼吸でラドビアスが返した。
「そ、それは偽物を造るということか!」
クライブが悲鳴のような声をあげる横で。
「国の最高の技師を集めて作らせてから忘却術で記憶を消しましょう」
「術でぱっと出せないの? ぱっとさ……」
クロードとラドビアスは頭をつき合わせて、後ろ暗い相談を始めた。
「そのような事、許されるとは思えない」というクライブの言葉は、二人にあっさりと黙殺される。
「あ、指輪だけじゃあだめだよな。鍵と剣も要る」
「ではついでにそれを王位継承の時の三種の神器とか言うことにしては」
「それ、いい! それでいいよね、クライブ」
「そ、そのような……」
生真面目なクライブは絶句して、目の前で不埒な相談を続ける二人を唖然と見た。
さて……と、ラドビアスは立ち上がる。
「明日からは忙しくなりますよ。国境の結界が消えた今、我が国へ大陸の国の大型船が大挙して押し寄せてきます。大陸側の沿岸に兵を大量に割くことと、サイトス以外の州の港の整備を急がせませんと。それに係る役人の増強も急務です」
そこまで言ってぱん、と手を打つ。
「いいですか、今日はもうはしゃいでいないで早くお休み下さい」
いきなりの子供扱いにクロードはむくれる。
「ラドビアスは?」
すでに歩き出していたラドビアスが振り向いた。
「魔道師庁へ行ってまいります。コーラルがおりますから彼を祭祀長に命じて、これからの事を話し合ってきます」
てきぱきと言うとラドビアスは部屋を出て行った。
「クロード、頼みがある」
クライブが頼みの内容を言う前にクロードが「だめ」と応える。
「まだ、何も言ってないじゃないか」
クライブが拗ねたように言う。
「だってラドビアスを欲しいって話だろ、どうせ」
「正式に宰相として迎えたい」
「だめ……さてお子様は寝るか。前に居た部屋を借りるよ、お休みクライブ」
んーと大きく伸びをしてクロードは話を一方的に打ち切って席を立つ。 そして部屋の隅に目をやった。
「サウンティトゥーダ、アウントゥエン行くよ」
クロードが声をかけると、今迄置物のように微動だにしなかった異形のものが伸びをして立ち上がった。
「……これは」
顔を引きつらせて目だけで姿を追いながら、クライブは椅子から立ち上がって後ろへ下がる。
「ああ、クライブには紹介するの忘れてたっけ? こっちの赤っぽい狼みたいなのがアウントゥエン、黒っぽいワニみたいなのがサウンティトゥーダ、可愛いだろ」
自慢の愛玩物紹介のような説明にええっ? と苦笑いしているクライブの前を横切って、クロードは部屋の隅にいる二頭の魔獣の頭をがしがしとかいてやりながら魔獣を引き連れ部屋を出て行った。