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王の資質

「そりゃあ、クライブだろう」

 弾かれたように顔を背けるクライブをよそにクロードが言う。

「どうして『鍵』と契約したのは君じゃないかっ」

 喰ってかかるクライブにクロードが淡々と言い返した。

「契約する時、俺はクライブとして契約したし、イーヴァルアイが死んでこの契約も意味が無くなったと思わないか」

「意味が無いってどういう?」

 んーとそれは……とクロードは、どう言おうかと頭をくしゃくしゃとかきむしる。

「つまり、もう竜道も無く国境を守る結界も消えた。この国は魔道から離れる時期が来た。この国の王も魔道に関わりのない者がなるべきだと思うんだ。俺は不老だ、これは普通じゃない」

「王が不老なのは普通じゃない、のか?」

 クライブが()に落ちないように言った。クライブにとって王が死を迎えるまで歳を取らないのは不思議でもなんでもない。この間まで常識だったのだ。

「普通じゃ無いんだよ、クライブ。魔術の介在しない国の王にクライブがなってよ」

「周りの者は、祭祀中にクロード様が入れ替わったことなど知りませんしね」

 混ぜ返すようにラドビアスがしれっと言ってペンをクライブに渡す。

「……解かった」

 クライブは少しの間考え込んでいたが小さくうなずくと丁寧にサインをした。

「クロード様、指輪をお借りできますか?」

 ラドビアスに指輪を手渡すと、ラドビアスが竜の飾りの部分に爪をひっかけて上に跳ね上げると、それは印章になっていた。それを朱肉につけると慎重に羊皮紙に押す。

「そんなふうになっているなんて知らなかった」

 クロードは布で拭いて渡された指輪をへえーと眺めた。

「でもいちいち裁可(さいか)する書類にこれを押すのは大変そうだな」

 クロードの言葉にラドビアスが笑いながら答える。

「一般の書類は違う印があります。国冶の大事、今の場合は宰相の任命要請です。まあ、そんな場合だけです。押しやすいほかの御璽(ぎょじ)があるのでしょうが、どこにあるか私が知らないので今はこれを使わせて頂いたのでご心配無用ですよ」

 ――いちいちクライブに貸さなきゃいけなかったら出かけられないところだった。

 クロードはほっと息をついた。

「次にボルチモア州のことですが」

「ボルチモア州がどうかしたのか」

 クライブが首を傾げる。

「ええっ、知らないの? 謀反(むほん)騒ぎがあって……ガリオールに国軍出してもらったんだけど」

「謀反……」

 ――この顔は本当に何も知らないって顔だ。ガリオールの奴、本当に好き勝手にやってたんだな。 

 魔導師が好き勝手やっているという抗議は正しかったということだろう。クロードは、はあーとため息をついた。

「とにかく、謀反を企てた州候を捕らえてサイトスに移送させている。国軍の責任者、左軍将軍が帰ってきたら詳細を聞いてよ」

「左軍……レミントン将軍が動いていたなんて、知らなかった」

 ショックを受けるクライブに構わず、ラドビアスは話を進めていく。

「スノーフォーク伯爵にボルチモアをお任せになってはと思いますが」

「スノーフォーク?」

 サイトスに城を持つ貴族の名前にクライブが反応した。

「ボルチモア元州候ドミニクの子供の一人で、スノーフォーク伯爵にご養子にいかれた方がいらしたはずです。確かルイス……」

「ルイス・カーランドのことを言っているのか」

「知っておられますか、クライブ様?」

「私の剣術の練習相手になってくれている……友人だ」

「左様でしたか。それに伴いスノーフォーク伯爵の位を格上げして頂くよう、お願いします。ドミニクの血筋に縁がある方で、今回の策謀に加担されなかったのは、スノーフォーク伯だけでしたから」

 ラドビアスの話に納得がいかないのか、クライブは眉根を寄せる。

「何で今更謀反を企てたドミニクの血筋を次の州候に任ずるのだ。王が(あなど)られるとは思わないのか」

「今はそんな事言ってる場合じゃないからさ、クライブ」

 横で大人しく聞いていたクロードが口を出した。

「ボルチモア州は州候が居なくなった今でもドミニクの係累(けいるい)は山ほど残っているんだ。それを一掃している余裕は今この国にはないよ。と、するならスノーフォーク伯を州候に任ずることでボルチモアの者たちには王の温情を見せる。一方、スノーフォーク伯にとっては爵位が上がり、無冠の立場から州候として対面を保ったままサイトスを出る事ができる。 なんといっても身内に謀反人を出したのだからこのままサイトスにいるのは肩身が狭いだろうし、ね。養子に入ったルイスにしてもスノーフォーク家から廃嫡(はいてき)される心配がなくなる。そして、自分の生まれ育った場所の跡取りになることができるんだから、王に感謝するってもんじゃあない?」

「そう、言われればそうだ」

「だろ? ラドビアス、考えたな」

 クロードがラドビアスに笑いかけた。

 相手の思っている事をこんなに的確に瞬時に解かってしまうクロードに、ラドビアスはユリウスがクロードのことを聡いのは解かっていると言っていたのを思い出した。

 ――それにしてもカルラ様の人の資質を見極める目はいつも正しかった。

 まだ、個性のかけらも見せないような幼子を一瞥(いちべつ)して選んでいたが、そのどれもが後になってみれば正しかったのだと解かる。

 王になる者は素直でまわりの意見をよく聞き、穏やかな性格の者が多い。対して王の半身として魔道師になる者は、自主独立の傾向が強く扱いにくいが頭がきれる者が多い。と、いうことは今まで魔道師庁の言うとおりに国政を行っている分にはクライブが王で良かったのだ。

 だが、王が自分で切り開いて行かなければならない局面に立たされているこの国の王にふさわしいのは……クライブではない。

 ラドビアスはそっと額に手を当てた。

「この件にはあと、三州の州候が係わっている。その後も決めないと」

 クロードがため息混じりに言う。

「彼らの嫡子(ちゃくし)に継がせることにして、暫く国軍を駐留させましょう。州宰としてサイトスから官吏を送る事にして、何年かはサイトスの事実状直轄地扱いにすることでどうでしょう?」

 ラドビアスがさらりと応える。

「その案で話を進めてくれ」

 ラドビアスに返事を返すクライブにクロードもうなずく。しかし、こうなってみるとハーコートが一刻も早くサイトスへ来ないと、ラドビアスはサイトスを離れることは出来そうに無い。

 ラドビアスの辣腕(らつわん)ぶりにクロードはラドビアスがこのままサイトスへ留まることを選んだら……と心配になった。

 ガリオール以前の宰相がラドビアスだったことなどクロードは知る由も無い。しかし、それを心配するほどレイモンドールの政庁内はすかすかと(もろ)くなっている。


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