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クロードの決心

「これじゃ、目立って仕方ないな」

「でも、馬より速いですよ」

 クロードの後ろにいるラドビアスの言葉にそれはそうだけど……とクロードは自分が(またが)っている獣を見る。

「まあ、戻す呪文が解からないんじゃ仕様がないか」

 サウンテイトゥーダの背中の前後にクロードとラドビアスが乗って低空で森林地帯を飛行している。わずか後方にはアウントゥエンが付かず離れず近くを飛んでいた。竜印が消えてクロードに封印されている経典を読むことも出来なくなり、魔獣たちを放っていくわけにもいかない。しかし、ボルチモア州の州都ケスラーに入るには街の中を通らなくては入れない。

「夜を待ちますか?」

「そうだな」

 ケスラーに入る手前の小さな森の中、大きく枝葉を茂らせた大木の根元で休みを取る。アウントゥエンとサウンティトゥーダも近くに伏せをして寛いでいた。クロードは視線を二頭の獣から暮れ行こうとしている西の空へ向けた。

 まるで太陽が別れを惜しんでいるようにオレンジの色でその場を染めていく。

 ――俺、これからどうしたらいい? ベオークから来た奴を始末してサイトスに戻って、それから?  自分に用意されていた居場所を己が壊してしまった……急にユリウスを刺した時の感触が甦えり、ショックを受けてクロードは息も出来ずオレンジ色に染まった自分の両手をただ、見つめた。

 ――殺したくなんて無かった……我侭で気まぐれな兄……サイトスにいる血の繋がった者たちなんかよりずっと好きだったのに。

 延々と繰り返される自責の呪縛にクロードはまたも囚われる。

「クロード様」

 両肩をラドビアスに掴まれてやっと我に帰ってクロードは大きく息をした。

「……ラドビアス、おまえはこれからどうする?」

「クロード様に付き従わせて頂きたいと存じますがお許し願えますか」

 頷くクロードにラドビアスが続けて言う。

「クロード様は王の位をクライブ様に移譲(いじょう)されるおつもりですか」

「察しがいいな」クロードがふっと笑う。

「俺が王になったのは『鍵』」を使いたかったからだ。ユリウスを助けたかったんだ。あの契約はクライブの名を(かた)って交わしたものだし、俺は魔道師だ。ユリウスが死んでこの国は生まれ変わる。これから政治に魔道を介入させたくないと思っているのに俺が王様じゃまずいだろ? クライブが王になって国を治めてくれたらいいと思うんだけど」

「では、クロード様はどうなさいます?」

「本当なら国が混乱している今、ガリオールの代わりにおまえがサイトスでクライブを助けて欲しいところだけれど……ラドビアスには俺と行ってもらいたい所がある」

 クロードはラドビアスから夕暮れの山々へ目を移した。

「ベオーク自治国へ行こうと思っている」

 そう言ってクロードは砂埃を掃って立ち上がる。

「遠いですよ、ベオークは」

「……そうだな」

 地理的にもベオーク自治国はこのレイモンドールからは遥かに遠い。大陸の東、ハオタイ皇国の北に位置する。それ以上にクロードは魔道師としては下の下だろう。ベオークに行って何ができるのか。

 そんな事は解からないが、自分に封じられた経典をどうするかを含めてベオークに行かなくては自分は先に進めない、そんな気がクロードはする。経典の始末はユリウスからクロードに託されたのだと思うのだ。

 第一、このまま『鍵』を持っていたらまたベオークから魔道師が取り返しに来て一騒動だ。やはりクライブではなくてクロードが『鍵』と契約して正解だろう。もし、取り出すとして命の保障などできないのだから……国王であるクライブじゃだめだ。

「陽が落ちましたね」

 ラドビアスの声に顔を上げると、さっきまで赤味の強い光に包まれていた景色は変わり、オレンジ色の光は山々の稜線だけを残して薄青色の空にとって変わっている。

 やがてこちらに頭を向けている二頭の魔獣たちの目が赤く光始め、すっかり闇が濃くなった頃。ケスラーの町並みの上空を飛んでいく大きな黒い影が闇にわずかにもう一つの闇を落としていく。



「一体、これは何だ?」

 顎を擦りながらボルチモア州候ドミニクが州城敷地内にある小宮の一室で突然に現れた球体を見上げる。隣の州宰代理のダニアンに尋ねるがダニアンにも解かるわけもなく、さあと首をひねる官吏たちと同じようにぽかんと見ていた。

「これの事をトラシュは何か言っておったか」

 ドミニクの問いに後ろにいるアリスローザが無言で首を左右に振り、他の誰も声をあげる者が無く、ドミニクが苛立ちを抑えきれず、大声を出した。

「誰か、これが何か解かるものは?」

「知っていると思うんだけど、たぶん」

 ドミニクに応えるように放たれた声が壊れた窓の外から聞こえて、いっせいに皆がそちらを見る。

「それは呪で形成した檻だ、そして中にいるのは……」

 クロードの言葉を引き継いでラドビアスが続ける。

「ベオーク自治国から来たクビラ様です」

「あんたが裏で密約を交わしたビカラの弟だよ」

「ぶ、礼なっ」

 州候である自分にこのような無礼な口を利く少年はモンド州の公子であった筈。ところがモンド州に送った使者は、そんな名前の公子はいないと追い返されてきたのだ。

「無礼者め、捕らえよっ」

 その声にドミニクの後方に控えていた兵士たちが剣を構えるが、その間に大きな魔獣が割って入って威嚇(いかく)の唸りをあげた。驚く兵士たちの背後にもう一頭の朱色の大きな狼のような獣が飛び込んで来て挟みこむような布陣となる。

「俺に手を出すのは止めたほうがいい、もう直ぐ国軍がここに着くからな」

「国軍だと? 誰の命で……」

 (わず)かにたじろいでドミニクがクロードを見つめた。

「王への反逆罪は斬首かサイトスの地下宮への終身幽閉だからね」

 言いながらクロードは自分の手にはめている指輪をドミニクに見せる。

「先の王、コーラルが亡くなり、新しく『鍵』と契約したのは俺だ」

「まっ、まさか……」

「クロード?」ドミニクとアリスローザが同時に叫ぶ。

『変じよ』クロードの言葉に指輪はその姿を長剣へと変えてクロードの手に収まる。その剣をクロードはピシリとドミニクの喉元に突きつけた。王の証を突きつけられてドミニクは驚愕(きょうがく)に目を見開いた。

「た、確かに……あなた様は国王陛下……」

「ラドビアス」

 クロードに呼ばれてラドビアスが前に出る。

「ドミニク候と含む事無く話がしたい」

「畏まりました」

 ラドビアスが喉元に剣を突きつけられて固まっているドミニクの前に立って印を組む。

『我に寄りて力を貸せ、捕縛、落手、剥縛、おまえの口蓋の主は私だ』

「ベオーク自治国と繋がっている証拠となる物を持っているか聞いてくれ」

 クロードに頷いてラドビアスがドミニクに向いた。

「ベオークからの書簡か何かもっているのか、答えよ」

 ドミニクは助けを求めるように目をうろうろと彷徨(さまよ)わせて(あらが)う素振りを見せるが、口は勝手に動いてしまう。

「教皇ビカラからの親書は……私の寝所の絵画の裏に……隠している……」

 ドミニクは自分の口を慌てて押さえるがもう遅い。それを軽く笑ってクロードがラドビウスに命を下した。

「正直に言ってくれてありがとう、ドミニク。ラドビアス、取ってきてくれ」

「畏まりました」

 クロードに短く応えてドミニクにかけた術を解くとラドビアスは部屋を出て行った。

「お父様が反逆罪ってどういうこと?」

 ショックから立ち直ってアリスローザがクロードに詰め寄る。

「お父様は王には忠誠を誓っているわ、クロード、違うのよ私の話を聞いて」

 剣を指輪に戻して右手にはめながらクロードは静かにアリスローザを見る。


 いよいよお話も後半に入ります。引き続きよろしくお願いします。

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