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地下室

「いきなり部屋なの?」

「お早うクロード、わたしの城は気に入ったかい?」

 この城の主がゴブラン織りの長椅子に寝転がって読みかけの本を傍らの先ほどの男に渡す。武骨な外観の中でこの部屋は中々に見事だった。

 毛足の長い複雑な模様を織り込んである絨毯が敷かれて、その上に置かれている調度類も細工の凝った見事なものばかりだ。

「陰気な城だけどこの部屋は綺麗だね」

 クロードの物言いにユリウスはクスリと笑う。

「そうだな、この部屋と寝室ぐらいしか上は使ってないからな。クロード、来て早々悪いが早速着替えてもらわないと」

「着替えるって何に?」

「そこにある」

 ユリウスが指し示した美しい螺鈿細工を施した机の上には、見覚えのある灰青色のローブが他の薄物と一緒に折り畳んであった。

「これって魔導師庁の人が着てたやつだよね?」

 クロードが広げて問うようにユリウスを見た。

「ふん、同じだな、これを着ないと下には行けないからね。これから行く所は呪で結界が張ってあるから常人では行けないのさ」

 立ち上がるとその言葉が終わらないうちからクロードの上着を背後からするりと引き抜いた。

「着替えくらい自分で出来るよ」

 クロードが慌てて抗議する。

「じゃあ、どうぞ」

 ユウリウスは後ろに下がって腕を組み、人の着替えを楽しそうに見ている。ローブを手に取って見ると灰青色の厚みのあるローブには濃い灰色の糸で何やかや模様や、異国風の言葉が隙間無く刺繍されていた。

 そして、下に着る薄物には嗅いだ事の無い香が焚き染めてあった。薄物は前開きで難なく着たが、ローブはどうすれば? そう思いあぐねていると「被って着るんだ」とユリウスが笑いながら言った。

「着たけど……」

「そのようだね」

 ユリウスが懐から銀で出来た竜の飾りに革紐を通したペンダントを取り出した。

「最後にこれを付けるのを忘れるな、クロード」

「この模様は……」

「そうだ、おまえの胸についている物と同じだ」

 ユリウスが、ローブの上からクロードの左胸に指を突きつけた。

「おまえの竜印は完成してないからね。その代わりだ。竜印が完成したらペンダントもローブも必要なくなる」

 ――竜印が完成するのは、現王が亡くなってクライブが王に即位した時。

「じゃあ行くよ」

「ユリウスは着替えないの?」

 歩き出したユリウスにクロードが不思議そうに言う。だって、下に降りるときはローブ着なきゃいけないと言った本人が着替えてないのだ。

 クロードに言われて初めて気がついたとばかりにユリウスは手を広げて自分の服装に目を落とした。

「そうだな……ラドビアス」

「はい、こちらに」

 いつの間に控えていたのか背後から短い応えがあって、クロードはビクッと振り返る。ラドビアスと呼ばれたユリウスの従者が立っていた。

「私のローブを持ってきてくれ」

「はい、畏まりました」

 ラドビアスは静かに出て行くと、すぐに黒いローブを手に戻って来た。そして、慣れた手付きでユリウスの服を脱がして服をさっと畳んでいく。あっと言う間にユリウスは下着一枚になった。

 さっき自分も同じようにして着替えをした筈なのに、クロードは視線をもじもじと彷徨わせていた。

「何をそわそわしている、クロード?」

 それに気づいたのか、ユリウスの声はずいぶんと楽しそうだ。

 ――くっそう、人が弱みを見せたら食いついてくることは解かってたのに。

 クロードはむうと口を尖らせる。まったくこういう所は絶対取りこぼさない奴、それがユリウスだった。

「可愛いよね、赤くなったりして」

 クロードの顎を持ち上げてユリウスがにたりと笑う。ローブを手にしたラドビアスが「風邪を召しますよ」と、言うがそんな事を聞く彼では無い。

 しかし、同じ男の体の筈なのにこっちが恥ずかしくなるような肌なのだ。牛乳に薔薇を溶かした色のあり得ないような色香を放つ体に亜麻色のウェーヴのかかった髪が揺れている。どぎまぎしているクロードの前でクシュンと、ユリウスがくしゃみをした。

「だから風邪を引きますよと言いましたのに。いい加減、服着て下さいまし」

 ぼそっとラドビアスが言いながら薄い裾の長い前開きのシャツを着せ掛ける。

「うるさいよ、おまえ」

 言いながらも寒かったのか、ユリウスは手を動かして黒いローブを着ると壁際にあった燭台に火を点けた。

「じゃ行くよ、クロード」

 部屋の最奥に竜の彫刻が施してある一見、扉には見えない壁に向かってユリウスは印を結ぶ。

『アルベルト、ルーファス、サイロス、解せよ』

 低く唱えるとぽっかりと壁が消え、下方に続く階段が忽然と現れた。

 薄暗い中、前を行くユリウスが持った燭台の灯を頼りに下りていく。すると、後ろから足音が聞こえた。

 振り返るとまたもやいつの間に着替えたのか、灰青色のローブを着たラドビアスが付いて来ていた。

「灯をもう一つお持ちしました」

 ユリウスもこいつも魔道師なのだろうか? 自分の兄が魔道師だったなんて。もう一人の兄、ダリウスは知っているのだろうか。

 そんなことを考えながら階段を半分くらい下りた所で、クロードは頭痛が酷くなり、壁に手を付きながら下りていた。しかし、頭痛に加えて眩暈がクロードを襲い、とうとう前を下りるユリウスに倒れこんだ。

「おや、気分が良くないのかい?」

 抱きとめたユリウスに吐きそう、それだけ言ってクロードは気を失った。

「竜門をくぐった所では何ともなかったのに……鈍いのかな、この子」

 さして心配してない口調でユリウスは抱きとめたクロードを見る。

「私がお連れしましょう」

 差し出したラドビアスの手をユリウスが払う。

「いいよ、軽いし」

「――ですが」

 ラドビアスはユリウスのローブを指差す。

「吐かれてますよ、そこ」

「うっ」

 ユリウスの視線がその場所に移って、口元が引きつった。

「クロードは預ける」

「だから最初に言いましたのに……」

「うるさいっ」

 主人の憮然とする顔などどこ吹く風で、ラドビアスはクロードを肩にかついでさっさと階段を下りて行った。



 ――この匂い。今日着替えた服についているのと同じだ。

 クロードは、部屋中に満ちている香りに刺激を受けて目をさました。薄暗い壁一面に装飾的な外来の文字が描いてあり、床と天井は円や直線の組み合わせの図にやはり字がびっしり描いてある。

 二方の壁は天井から書棚が作り付けてあって、丸めた書物やら太い本がぎっしりと詰め込まれていた。

その書棚の手前に置かれている長椅子にクロードは寝かされていた。頭を上げて起きようとすると後頭部がズキリと痛んだ。

「目が覚めたか」

「うん」

 辛そうなクロードに構わず、ユリウスが手を引いて起き上がらせる。

「頭、痛い」

「すぐ、慣れる。それより、おまえ私が何者か知りたいだろう?」

「そりゃあ……知りたいよ」

 クロードは頭を押さえながらも座り直した。その横へユリウスが座る。

「私はこの州を任された魔道師……ということになっている。ハーコートに対してはね」

「って……それじゃあそうじゃ無いって事?」

 モンド州には魔道師の州宰がいないと思っていたが、そうではなかった。州宰が魔道師なのでは無く、魔道師は州公の子供になりすましていた……ということかとクロードは目を丸くした。


「なんでまた、そんな事?」

 ――そりゃあ父様も気分良くないよな。

「なんでって……」

 ユリウスの眉が上がる。その様子を見てクロードはあっと気づく。

「俺のお目付け役なの? ユリウス」

 クロードの言葉にユリウスが軽く息を吐いた。

「そうだな……そんなものかも」

 ラドビアスが咎めるような顔をしたが、ユリウスは無視する。

「さてと、勉強しなきゃあな。じゃあ、この国の成り立ちから……」

 言いかけたユリウスの言葉をラドビアスが遮った。

「ユリウス様、ダリウス様が城に後一ザンもすればお着きになられるようです」

 ユリウスが大きく舌打ちする。

「ちっ、今日から始めると言っておいたのにハーコートめ、息子を放っておいたか。ったく、ここまでの段取りをどうしてくれるんだ。これじゃあ、吐かれ損じゃないか」

 眉を顰めながらユリウスは、ふらつくクロードを立たせて肩を貸すと歩き出した。

「さっさと歩け、クロード」

 怒りの矛先が向けられたのか、有無を言わせずに歩かされ、クロードは気持ち悪いと泣き言を言うが、ユリウスに完全に無視された。

「ラドビアス、ダリウスを足止めしてくれ」

「はい」

 ユリウスに答えた後、ふいにラドビアスの気配が消えた。



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