雷公羅漢召喚
「もうおまえがサイトスへ行く必要はないよ、クロード」
目の前に開いたばかりの竜門からトラシュの姿がゆっくりと現れた。
「ずるいな、おまえが王になったんだって？ 行ったり来たり手間をかけさせるなよ、クロード」
「おまえ誰だ、トラシュのマネなんかしてクライブとガリオールをどうした？」
「ああ、不意をついて術をかけ口を割らせたんで、何も手荒なことはしてないけど。あ、でも術を解すのを忘れた、かな」
男はにやりと笑って印を結んだ。
「私も術を解いておこう。この男の体は動きにくい」
すると背中がぱっくり割れて蝉が脱皮するように中から男が姿を現わす。古い衣服を脱ぎ捨てるように男の体を横に払った。
「この体では初めまして……かな、クロード。カルラのいや、ユリウスって名乗ってたんだったな。兄のバサラだ」
クロードはごくりと唾を飲み込んだ。亜麻色の軽くウェーブした髪を緩く結んで背中に垂らし、インダラと同じようなハオタイ風の片側に合わせのある服を着ている。その男バサラはあまりにユリウスに似ていた。ユリウスより幾分しっかりした卵形の顔に細い弧を描く眉、美しい水色の瞳。
だが一つ一つが似ているが少しづつ違う。彼、バサラに対して中性的などの印象を持つ者はいないだろう。体つきもすらりとしているが華奢では無い。程よく筋肉のついた剣術も体術も得意な男の体だ。それなのに口の端を吊り上げて笑うその様はユリウスそのものだった。
「あれ？ 私の僕はどこですか、クロード」
クロードが無言で指差す方をバサラが目で追う。
「あらら繋げるの大変なのに。まあいいでしょう、あと一仕事終えたらベオークに帰れますから許してあげましょう、この件は」
にっこりと笑ってバサラは自分の腰から剣を抜く。
「だからさっさと経典を寄こせ、くそガキ」
バサラの声が合図になってクロードも剣を構えて走り出した。上から振り下ろされた剣をバサラは剣で打ち返しざま左手に持っていたダガーでクロードの肩を刺した。
「痛ってえ」
クロードが肩を庇って後ろへよろけた。
「そりゃあ痛いだろうよ、私は二刀流なんだよ、気をつけてね、クロード」
バサラは流れるような動きで瞬時にクロードとの間合いを詰める。右手の長刀で胸を狙って切りつけながら、クロードが長刀に気を取られている隙に左手のダガーで下弦から切りつけてくる。
その攻撃は容赦なく、対峙してまだ間がないのにクロードはもう息があがっていた。
「何、はあはあ言ってる？ おまえの師はカルラだからなあ、運動不足なんじゃないか？」
対するバサラは笑う余裕をみせて呪を唱えると、すいっと宙を駆け上がるようにして体を浮かべて立つ。
「今はダガーしか体に当ててないけど次はこっちでもいくよ、クロード」
見せびらかすようにバサラが長剣を斜めに構えてみせた。
「刀身が波打っているだろう？ フランベルジュというのだよ、これで斬ると傷口が塞がりにくく、殺傷能力に優れている」
バサラは言い終わると同時にクロードの頭上からフランベルジュを振り下ろした。クロードはぎりぎりでその剣を転がって避けた。床に剣を打ち付ける大きな衝撃音がしてバサラはにやりと笑みを浮かべると今度は低い姿勢から足を踏み出しながら横様にフランベルジュを振り抜く。
その横からの斬撃にクロードはようやく剣を合わした。そして左手から繰り出されたダガーは後ろから来たラドビアスのダガーによって止められ弾かれた。
「おい、今度はそちら側につくのかサンテラ、せわしない奴だな」
まったく、とバサラは呟いて剣を腰に収めると印を組んだ。
『我 召喚する者成り招魂、招請、、招来、、雷公羅漢』
唱えられた呪文を聞いて、ラドビアスがクロードの服を掴んで引きずるように目の前の部屋に飛び込んだ。
「何、何だよ」
クロードの問いが終わらぬ間に、もの凄い音と振動が廊下を伝わってクロードがいる部屋まで振るえさせた。
「バサラ様が雷公羅漢を召喚したようです」
説明になっていないラドビアスの言葉にクロードは首を傾げた。
「その雷公羅漢って何？」
クロードは戸を少し開けて外をうかがう。そこにいたのは異国風の黒い甲冑を着た大男だった。男が大太刀を振るい、その度に稲妻が走り雷がそこら中に落ちる。
クロードは閉まらない口をあわあわとさせながらそっと戸を閉めてラドビアスを見た。
「あれは反則だろ……何、あれ」
「あともう一体別の羅漢をバサラ様は召喚できます」
「嘘だろ、こっちも何か無いの？ ラドビアス、なんか持ってない？」
「残念ですが私は持っていません」
そう都合の良いことは起こらないかとがっくりするクロードが壁に背中を預けて座った目の前に、竜門が開きユリウスを抱いたルークが出てきた。
「ちょっと、何で今ここにユリウスを連れてくるんだ」
「うるさい……私の言うとおりにしろっ」
相変わらず苦しそうなユリウスにクロードは気が気でない。
「何するつもりだよ、勝てるの？」
「勝つんだよ、ぼけっ」
ユリウスが唇を吊り上げる。
「おまえが『鍵』を継いだと聞いたが、そうならこちらにも勝算は充分ある。降ろしてくれ、ルーク」
気遣いながらそろりとユリウスをルークが立たせると、ユリウスが覚束ない足取りでクロードのところにやって来て、思わずクロードは立ち上がってユリウスを抱きとめた。
「少しこのまま、じっとしていろ」
ユリウスはクロードの胸元に手をやってレーン文字の呪文を唱えた。
