インダラの首
「ルーク、ユリウスが今命の危険にさらされているんじゃないかな」
「お解かりですか、クロード様」
モンドの廟の一つに姿を現した二人は沸きあがってくる不安を共有していた。それはユリウスと竜印で繋がっている所為だ。
『変じよ』クロードの言葉に指輪は姿を変え、長剣となりクロードの右手に収まる。そして目の前に広がる廟の中の有様に気付いてうっと呻いた。廊下には何人もの魔道師が血を流して絶命している。生臭い匂いの中死体を踏まないように歩いて行くと、部屋の大扉が開いている場所にたどり着く。そこには大量の血痕と魔方陣が残されていた。
「この魔方陣は収奪の形です」
ルークの言葉にクロードは頭を巡らす。
――収奪?
きっとバサラはユリウスから経典の場所を術で聞き出したのだ。サイトスに向かったのならクライブの身に危険が降りかかる。
助けなきゃ、でもその前にユリウスは何処だ? サイトスか、いや違う。
クロードが『鍵』に命ずる。
「おまえの宿敵はどこだ」
クロードは剣に導かれるまま廊下に出て、歩いていくとある部屋の前で止まった。
「誰です、まだ生きている者がいたのですか」
そう中から聞き覚えのある声がして、クロードはルークと左右に分かれて部屋に飛び込んだ。戸を開け放ったクロードの目に飛び込んできたのは寝台に寝かされている白い陶磁器のようなユリウスだった。そして、その横にはインダラがいた。
「何してるっ」
「クロード様、今カルラ様の傷の手当てをしておりました」
インダラは見つかったことなど何とも思ってないのか、あっけらかんと応えた。
「ユリウス、大丈夫?」
クロードが寝台に近づくと、ユリウスは服を脱がされて両腕と両足に綿布を巻かれていた。それ以外一糸を纏わぬ血の気が無い体の胸元に空いた刀傷にクロードは驚く。
「誰がこんな酷い事を……」
「申し訳ありません、主が少々やりすぎたみたいです」
言いながらインダラの口調には悪いと思ってはいる色は無い。淡々と傷口を手で触れながら呪を唱えて綿布で巻いていく。
その綿布を奪うように取り上げると、ルークはきっぱりとインダラに宣言した。
「あとの処置は私が致します。その手をどけて下さい。主の体に触れた感触も見た記憶も返して欲しいくらいです」
「インダラ、おまえは俺と片をつけるんだ。外に出ろ」
クロードの言葉にがインダラの眉が上がる。
「ふふ……片をつける、ですか。いいんですかそれで」
寝台の傍らに立てかけてあったレイピアを取り上げて、インダラは立ち上がって薄く笑った。
「死んじゃいますよ、クロード様」
「うるさい、来い」
廊下に出たインダラにクロードが打ちかかる。レイピアの根元でクロードの刀を受けたインダラの顔色が変わった。
「これは、護法神の」
へへっクロードが笑う。
「そういう事、契約したのは俺で」再度、上段から切りかかる。
「経典があるのも俺の中だっ」
インダラはクロードの思いの他鋭い太刀筋に間一髪避ける。しかし、間を空けずに真横から振り出された剣にレイピアを飛ばされた。インダラは素早く飛びのいて壁に刺さったレイピアを引き抜く。
――成るほど、護法神に護られているということか。
以前と同じと見くびっているとこちらが死ぬ。インダラが印を組んで呪を唱える。
『夜陰、下弦、闇路を通り彼の者の行く手を阻め』
「インダラ、覚悟」
剣を構えて走り込もうとしたクロードの体に黒い糸のような物が巻きつく。後から後から絡み付いてたちまち身動きが出来なくなった。
「うわあ、気持ち悪い」
「失礼ですね、それ私の髪ですが」
余裕の表情を見せてインダラが近づいて行く。
クロードが魔術においてまだ未熟で助かった。そう、にまりと笑いながらレイピアをクロードの胸に狙いをつけて構える。そこへ古いレーン文字が流れた。
『解、焼尽せよ』大きく呼ばわる声にインダラは身を伏せた。その上を火焔の竜が口を大きくあけて飛び、クロードの体を包みこんで燃え上がったあと一瞬で消えた。クロードに巻きついていた髪だけが焼け落ちてクロードの足元に灰になって溜まる。
「ルーク、助けてくれて嬉しいけど俺まで焼けるかと思ったよ」
「クロード様は『鍵』に護られておいでなので、まあ大丈夫かと思いましてね」
適当な理由を述べたルークにクロードは呆れた。
――思ったって……大丈夫だと知ってたわけじゃないんだ。
「足りない魔術は助っ人が来たよ、インダラ」
上唇を舌を出して舐めてクロードはぴりっとした痛みにうへっと声をあげた。まったく無傷とはいかないか。
「そちらが火ならこちらは水でいきますか」
インダラが早口で呪を唱える。
『龍神降臨し我に力を与えよ、濁、爆、撃』押し出すように組まれた手から龍の形を取った水流がクロードに向け噴射された。宙にレーン文字が手早く描かれる。盾と風、勢い。
『冷滅すべし』
インダラの術にルークの呪文が風の盾となり、それに当たる側から水流が凍っていく。
「クロード様」
ルークの声を合図に氷の間を潜って、クロードはインダラの懐にとび込む。クロードの剣は、インダラの印を組む手ごと腹まで刺し貫いた。
「ぐはっ」
どうっと腹に剣を刺したままインダラが倒れる。
「返してもらうよ、インダラ」
足で支えてクロードは両手で剣を引き抜いた。そこへルークの声がかかる。
「ちゃっちゃっと首を刎ねて下さい」
クロードはぎくりとルークを見返す。
「竜印のある者はめったな事では死にません。その者にもあるのでしょう?」
この一見優しそうな笑みを浮かべている男も間違いなく、ユリウスの僕なのであった。
「私は剣が使えませんので」
こういうところもユリウス似なのか。汚い力仕事はお願いねと、後ろへ下がるルークにくそっと舌打ちしながらクロードは剣を頭上に構える。そして剣は過たずインダラの首を刎ねた。ユリウスより長生きしていたバサラの従者の首が転がるのをクロードは目で追った。
「ルーク、ユリウスに付いていて。俺はサイトスに行く」
「お一人ではあまりに危険です」
「ユリウスを一人にしとけないだろ、クライブが心配だ」
「それはそうですが」
ルークをユリウスの所に行かせて、クロードが竜門を開けようと印を組んだところに声が……低いハスキーな声がした。