尋問
この回はやや残酷な描写が入ります。こころしてお読みくださいませ。
モンド州ゴート山脈の廟。
ヴァイロンが命からがら山脈にあるハンゲル山にイーヴァルアイと会った五百年前は、長大な岩肌を掘り込んで造られた廟が一つきりあるだけだった。その後、長年に渡り次々と大小の廟がゴート山脈に建てられて、今ではモンドの廟と言えばゴート山脈一帯を指している。
「起きろ、カルラ。着いたよ、起きて」
昼寝をしている子を起こすようにバサラが揺さぶるとユリウスが薄目を開けた。
「うるさい……寝かせろ」
「ふーん、寝起きが悪い子はお仕置きだな」
優しく言う言葉とは裏腹に、目を閉じるユリウスの左腕の傷口にバサラが指を突っ込んだ。
「ぐはっ、や、やめ……」
上がるユリウスの悲鳴に「ほら、目が覚めたろ? 起こすの得意なんだ」と、笑いながらバサラが血の付いた指をぺろりと舐めた。
「この……変態野郎」
痛みに引きつりながらユリウスが悪態をつく。
この二人は本当に何から何までよく似ているとラドビアスは密かにため息をついた。顔形は勿論の事、しゃべり方、思考傾向まで双子のように似ている。しかし、バサラがカルラのことを交配相手と見なしている以上、決して相容れる事はこの先無いのだろう。
「何を深刻な顔をしているんだ、サンテラ。晩飯の心配なら鹿肉の煮込みがいいな」
物思いに沈んでいたラドビアスにバサラが暢気に言う。
「今晩はそんな手の込んだ料理は無理です」
からかう自分に対してのラドビアスの律儀な応えに、からからと楽しそうにバサラは笑った。
「カルラのことが心配か? ほら見てみろ。傷口がもう塞がりかけている。私達の体がそんなに柔な体じゃないのを知っているだろう?」
バサラがユリウスの左腕を持ち上げてラドビアスに見せた。
「まあだけど痛みはそこら辺の人間と同じだ。いやどうなのかな? そう思っているけど……血も流れるし……だからこそこうする事に意味がある」
言うと同時にバサラはユリウスを押し倒すと、今度は右腕に剣を突きたてた。
「うぐっ」
「お止めください、バサラ様」
飛び出そうとするラドビアスを、インダラが後ろから羽交い絞めにして止める。
「主のなされることに手を出すな、無礼者め」
「くっ」
何をされてもカルラが生きてさえいればと思っていたが、思いの外自分は耐えられそうに無いとラドビアスは奥歯を噛みしめた。
「カルラ、もう右手も封じたよ。今度はどこがいい? 要望は喜んで拝聴するが」
――我が弟、いや妹か……。
カルラは剣術、体術が不得意だ。それは意図して自分が彼が幼い頃から習得する機会を奪ったからだ。自分の影響下から抜け出した後も習得しなかった事はこの際、福音だろう。これでやっかいな禁術を繰り出す両手を止めてしまえば簡単に攻略できる。
「じゃあ、おまえの首を……よこせ」
「今のはダメだな。面白くない、減点一だ」
バサラはユリウスの返事に生徒を叱る先生のように言うと、後ろに顔を向けて僕を呼んだ。
「インダラ、おまえの剣を貸せっ」
バサラの声に後方でラドビアスを押さえ込んでいるインダラが腰からレイピアを抜いて放ってよこした。
「無精者が。主人に投げてよこす奴があるか。カルラも私もろくな僕を持っていないな。そう思うだろ?」
ひょいと受け取ったレイピアでバサラはユリウスに語り掛けながら左太腿をついと突き刺した。
「ああっ」
「経典はどこにある、カルラ」
「……鼻噛んで捨てた」
「うっ」
バサラが右の太腿にレイピアを刺し替える。
「おまえ言ってることがどんどん面白くなくなっているぞ。残念だな、また減点だ」
言いながら二度、三度とユリウスの頬を張る。
「経典の場所はどこだ?」
「……バサラ、おまえさっきから同じ事ばかり言って……呆けたんじゃないのか、くそじじい」
痛みを堪えながらも口を割らないユリウスにバサラは大きなため息をついた。
「カルラ……もしかしておまえ楽しんでる? 実を言うと私もちょっと楽しんじゃってるけどそろそろ遊びは終わりにしないか? 母様に遊びは一刻だけといつも言われていただろ?」
バサラがユリウスの顎を掴んで目を細める。そして、太腿から抜いたレイピアをゆっくり右の胸に刺しこんでいく。ごぼごぼと空気の漏れる音がしてユリウスの口から血が流れ落ちた。
「……おまえは……母様と一刻以上……遊んでいただろ……ぼけ……この嘘つき」
その答えに鼻を鳴らしてバサラが無造作にレイピアを引き抜いた。
「せっかく猶予を与えたのに。おまえに優しくしたいというわたしの思いをちっとも理解しない子にはお仕置きが必要だな」
芝居がかった仕草でバサラはレイピアを上段に構えると躊躇い無く左側に振り下ろした。が、そのレイピアはインダラを振り切ったラドビアスの剣が弾いた。
「お止めください、バサラ様。カルラ様を殺すおつもりですか」
「……サンテラ」
ラドビアスの剣幕にバサラが値踏みするように見つめる。
「おまえはカルラにとって虜囚の価値があるのか?」
「ありません」
ラドビアスが短く応えた。自分の命など無くなったところでユリウスが一かけらも心を動かすことなど無いだろうと即答するとバサラは大げさに天を仰いだ。
「ふーん、これでは埒が明かない。カルラも私も自分以外心を寄せる者がいないとは泣けるな」
バサラはレイピアをからんと放り投げるとユリウスの右腕に刺していた剣を抜いて腰に戻し、ざっと廟の中をざっと見回して白墨を見つけて掴むとその場にしゃがみ込む。
「仕方ないな……それとも初めからこうすれば良かった?」
ぶつぶつ言いながら魔方陣を描いているバサラに、やれやれとインダラが呆れたような顔を見せた。
「楽しんでおられましたよね」
「まあね」
さらさらと描きあげるとバサラは立ち上がってラドビアスに声をかける。
「真ん中に寝かせろ。線を消すなよ」
ラドビアスが魔方陣の真ん中にユリウスを降ろして下がったのを、バサラがバカにしたように見た。
「わたしにもカルラにもどっちつかずで、おまえ最低の僕だな」
呟いてバサラは印を組んで呪を唱える。
『我に寄りて力を貸さんとせよ、捕縛、落手、剥縛、おまえの口蓋の主は私だ』
血の気無く仰向けに横たわるユリウスの胸倉を掴んで乱暴に上体を起こした。
「経典の在り処を言え」
ユリウスが口に溜めていた血を吐いてバサラの顔にかかった。
「経典の在り処だ、カルラ」
苦しそうに口を閉じようとするがユリウスの口が勝手に動く。バサラの術中に堕ちたユリウスはもう質問に答えるしかない。
「……王に……王の体に封じてある……」
「バサラ様」
バサラとインダラが顔を見合す。バサラは大きく舌打ちしてユリウスの体を突き放すように床に落とすとラドビアスに命じた。
「竜門を開けろ、サンテラ。 サイトスだ。インダラ、カルラを頼む」
「はい」
ラドビアスとバサラが竜門に消えて、インダラが思いついたようにユリウスに屈み込む。
「そうでした」
ユリウスの口に手のひらを置いて術を解く。
『解』
「寝台にお連れしますよ」
インダラが抱き上げるが、ユリウスの反応は鈍く、血を大量に失った体は体温を維持することを諦めたように冷えていく。
「本当にバサラ様も遊びが過ぎる。カルラ様が死んでしまっていたらどうするつもりだったのか」
インダラは軽くため息をついて部屋を出る。そしてきょろきょろと周りを見回した。
「はて、寝室は一体どこでしょう。聞こうにもここに居た魔道師は全員殺してしまった。私も主と同じですね。考えが足りない」
くすりとインダラは笑みを浮かべた。