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謀る者と人外の道

「クロード様」

 王の寝所に走り込んで来たガリオールの声に、今まさに竜門を潜ろうとしていた少年が振り向く。

「謀りましたね」

 ガリオールが苦虫を噛んだように言うと「ばれた? ごめんガリオール。でも、俺剣が要るんだ。ユリウスが待ってるから行くね」クロードは言うだけ言うと竜門に消えた。今、クロードを追ってサイトスを離れるわけにもいかず、ガリオールは考えた末、ルークを呼んだ。

「クロード様をお守りしてくれ、『鍵』と契約なされたのはクライブ様では無くクロード様だ。後から私もここをリチャードに任せて行く」

「ええ? そうなの? じゃあ、お先に」

 頷いてルークがクロードの後を追いボルチモアへ向かった後、ガリオールは脱力して長いため息をついた。長いレイモンドールの歴史の中でさえ、胸に竜印のある者が『鍵』と契約を交わした事など無い。そんな事を考える者が出て来る事さえ、今まで頭に無かった。先程の体の不調は、竜印が成った為だったのか……ちらりとも考えなかった自分に腹が立つ。

 ――しかし、竜印を持つということは主と繋がるということだ。『鍵』は魔経典を守る護法神の役割があり、ガリオールをはじめ上位の魔道師たちでさえ、長時間『鍵』に触れていると体調が悪くなる。あの少年がこの先どのくらい経典を身の内に置いておけるのか、誰にも解からない。

 さて……これをどうするか、問題は山積している。




 ボルチモアの州城敷地内の小宮の中、へたり込んでいたアリスローザの目の前にぽっかりと穴が開いた。

 ――何?

 穴の縁に手がかかり現れた人物を見てアリスローザが声をあげる。

「クロード、どうして?」

 少年の後に灰青色のローブを来た男が続いて出て来た。

「ごめん、アリスローザ、どうもこうも、俺ははなっから魔道側の人間だったんだ」

「私を騙していたのね」

 アリスローザが噛み付くように言うのをやるせなくクロードは聞く。こうなることは……解かっていたのになってみるとやはり辛い。

(だま)すつもりは……」

 言いかけてクロードは後の言葉を飲み込んだ。

 ――騙すつもりが無かった……と言うつもりか。いや、初めから騙すつもりだったのだ。

「ごめん」

 それしかクロードは言える言葉が見つけられなかった。そして目の前に圧倒的な存在感で部屋にある球体に目をやる。

「あれは何?」

「何かは解かりませんが主の為さった事であるのは確かでしょうね」

 首を傾げてルークがクロードに言う。灰色の長い前髪が顔半分を隠して表情はよく見えないが自分の主の行方を心配しているのは間違いない。

 ――一体、ここでユリウスに何がおこったのか?

 クロードの視線が床に投げられている剣を(とら)えた。

 ――これは、トーマスの剣だ。この中にトーマスがいる? ではなくてトーマスに擬態した何者か。

 クロードは急にアリスローザに腕を引かれてはっと後ろを見た。

「兄様が……いえ、あれは兄様じゃないかも。とにかく兄様に化けてた者がユリウス様を連れてモンドの廟に行くって……窓から出ていったわ」

 青い顔でアリスローザが言いにくそうに小さく言った。さっきの出来事は本当の事なのにこうして口に出してみるとなんとも嘘臭い作り話のように思えていた。

 魔道師を排斥(はいせき)しようとしている兄が魔道師のように印を組んで、ユリウスを攫って窓から出て行く。その上、竜門からクロードが魔道師を従えて出て来るなんて。

「トラシュ様に擬態した誰か、ですね」

 ルークが考えるように呟く。

「主が気付かない程、巧みに擬態できる者?」

 ルークの呟く声にクロードはインダラの姿を思い描く。

 いや、インダラとトラシュは同じ時間別の場所に居た、となると別の誰かがこの国に入って来ているのだ。だとしたらユリウスの兄弟の内の誰かかその直系の僕だろう。

 トーマスとトラシュ、二人なのか、他にもいるのか。

「新しい血痕があります」

 ルークの指差す方を見ると、柱にべっとりと血がついていた。

「アリスローザ、ユリウスは怪我をしていた?」

「……していたわ」

 他でもない、自分の兄がそれをやった事を、アリスローザは兄を別人と疑っていたにも関わらずクロードに言うことが出来ない。

「ルーク、廟へ行こう」

「はい」

 竜門を開けるとクロードの後ろにアリスローザが走り寄る。

「私も連れて行って。兄様を追いかけなくては」

「それは出来ない」

 強く肩を押してクロードがアリスローザを押しとどめた。きっぱりと言われてアリスローザが癇癪を起して大声を出す。

「私が足手まといになるって言うの? そんな事には絶対ならないわよ、クロード」

「そうじゃ、無くて……」

 クロードがため息をついてアリスローザの両肩を持って自分に向かせた。(ほとん)ど同じ背の高さの為、顔が真正面に来てアリスローザは怒りも忘れて赤くなる。

「竜道は人外の道だ。知ってるだろう? 人は通れないんだ。俺は……俺は既に人ではないよ、その意味では。だから君には通ることが出来ない」

「人で無いってどういう……?」

 アリスローザの頬に手を滑らせてクロードは再度、ごめんと言った。ルークが印を組んでルーファスを呼ぶ。

「ルーファス、イーヴァルアイ様の元に案内してくれ」

「ご案内します」

 ルークの問いに聞き取りにくい風音のような声が答える。

「クロード様」

「うん、行こう。待っててアリスローザ」

 二人が暗闇に吸い込まれるように消えてその闇も現れた時のようにふいと消えた。





 残されたアリスローザはクロードの触れた感触を確かめるように自分のほおに触れる。兄だと思っていた者は誰か確かめるべくも無く姿を消し、また、好ましく思っていた年下の元気印の隣州の公子が、魔道師だと言い魔道師を従えて闇に消えた。

 自分は今迄何を見ていたのか? この目に映っていたのはすべてまやかしだったのか? では今迄自分がやってきた事は……? そうだ。

「お父様、お父様にお会いしなくては」

 今のアリスローザの困惑の淵から救い出してくれるのは父親しかいない。悪夢の中から現実の自分の見知っている世界へ帰るのだ。

 その一心でアリスローザは主城へ急ぐ。父親が見せていたものも、己の見栄えのいい一面であることにアリスローザは気付いていなかった。


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