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新王の契約

「ガリオール、父上のお姿が……」

 目の前で苦しそうな息をしている父親の顔から青年期の若さが消えていることに気付き、クライブがガリオールに(すが)るような眼を向けた。

 ――この人は……父上なのか……? 赤味の強い茶色の髪に僅かに白髪が混ざり、目じりには昨日までは無かった皺がある……どう見ても中年の男だ。

「クライブ殿下、御気を確かに聞いて下さいませ。陛下のお最後が近いのですよ」

 ガリオールの言葉に、クライブは目を見開いて父親を見つめた。

「ご葬儀の前に祭祀を執り行います。殿下、御気を強くお持ちになって急ぎ魔道師庁の方へおいで下さい。祭祀のお召し物をご用意します」

 ガリオールは、茫然とするクライブを気遣いながらもてきぱきと指示をとばし、クライブに魔道師を一人つけて支度のために部屋から出す。

「誰か、クロード様を魔道師庁の私の執務室にお呼びしなさい」

 がりオールにとっては何度も繰り返してきた行事だ。しかし今回は上位の魔道師は呼び戻してあるルークとリチャードしかいない。魔道師たちに命じて意識を失った王を寝台から細長い輿に乗せ変えて魔道師庁へ運ばせる。自分は剣を箱ごと捧げ持って王の輿の後に続いた。その列にクロードが走り寄る。

「ガリオール、何? 俺は何をすれば……」

 ガリオールは小さい溜息をついて輿を先に行かせるとクロードに向き直った。

「陛下の崩御がお近いのです。祭祀を執り行いますのでクロード様も魔道師庁の方へお越し下さい。衣装は直ぐにご用意させますからね」

 言って(きびす)を返すと剣を捧げ直し魔道師庁へ歩き、その後をクロードも追った。ガリオールは魔道師庁の最奥の双頭の竜の彫刻のある高い扉を十四年ぶりに開ける。そして輿より先に入ると、高い位置にある祭檀に剣を置いて一旦出て来た。

「ルーク、リチャード手伝ってくれ」

「はいはーい」

 この後に及んで緊張感のないルークの返事にガリオールはがっくりと肩を落とした。この自分と同期の魔道師は自分と同等の能力を持っているにも係わらず、格式だとか伝統というものに頓着しない。おかげで一緒にいるとこちらまで調子が狂ってしまう。

 王を乗せた輿をルークとリチャードの二人で運び入れて、祭檀の前に設えた寝台に横たえた。この中には王と王の半身、祭祀をしきる上位の魔道師、そして新しく王となる者とその半身以外は入れない決まりだ。

 現王の家族である王妃、長女であるマーガレット姫も入る事は出来ない。つまり王の死に目に跡継ぎ以外の家族は立ち会えない。勿論これもガリオールが作った決まりで、王の崩御に伴う『鍵』との契約を一部のもの以外に見せるつもりはガリオールには毛頭無かった。

 王とその半身がその生涯で二度訪れる場所、始まりと終わりの場所がここだ。ガリオールは石畳の床に膝をついて王の寝台に付き添っている男を考え深気に見下ろす。

 同じ竜印を持つ魔道師だが、半身の事は長く生きてきた自分にもよく解からない。自分は元を正せば子沢山の農夫の子供だ。おそらくこの国の黎明(れいめい)期に魔道師庁に入ったもの達は自分と似たりよったりだろう。

 貧乏人の子が口減らしのために廟に連れて行かれたのだ……。

 そこへ白い正装を纏ったクライブが緊張のためか青い顔をして入室し、その直ぐ後、うつむきかげんで王の半身と同じローブを纏ったクロードが続く。二人は、ガリオールが示した場所に立った。

「揃いましたか? じゃあ閉めちゃいますよ」

 相変わらず気の抜けるようなルークの声の後、ルークとリチャードがきっちりと内側から扉を閉める。と、同時に一瞬目を開けていられない程の光が、祭檀の上の剣から四方に飛びクライブは手で顔を覆う。

「ご逝去されました」

 ガリオールが静かに言ってルークに目配せし、それに気付いてルークが弔慰を表すレーン文字の呪文を唱え、リチャードが印を切る。剣は『鍵』に戻り、ガリオールが押し頂いてクライブの前に立った。

「これからクライブ殿下におかれましては王となる為、『鍵』と契約を交わして頂きます」

 『鍵』を跪いたクライブに手渡す。

「『鍵』を顔の前に掲げてお持ち下さいまし」

 言われた通り大人しく『鍵』を掲げるクライブにガリオールは「わたしの後に続いて同じ言葉を仰って下さい」と続けた。

「我、汝と契約する者なり。血の契約をする者なり」

 ガリオールが目で促す。

「我……汝と契約する……うっ」

 クライブが胸を押さえてうずくまる。驚いてガリオールが駆け寄る。

「どうしました? お加減が宜しくないのですか?」

「い、いや……大丈夫……」

 苦しそうな声でクライブは応える。

 ――さっき、お会いした時は何とも無かったが……。ガリオールも気にはなるが『鍵』との契約は後回しには出来ないと再度クライブに声をかける。

「もう一度お願いできますか、殿下?」

「わ、解かった。……我汝と契約する……者なり……血の契約をする者なり」

「変じよ、と」

「……変じ……よ」

 最後は消えそうな声になって『鍵』は掲げられるどころか苦しそうに右手に握りこまれ、胸に押さえ付けられていたが『鍵』には変化が起こった。

「熱っ」

 火傷するかと思うほどの熱さにクライブは『鍵』を取り落とした。『鍵』は形が曖昧になり……獣のような咆哮(ほうこう)が辺りの空気を震わした。それは世に新しい王が即位したことを知らせる竜の声と言われているものだ。

 その後に『鍵』は竜が巻きついている美しい細工を施してある長剣に姿を変えた。剣の刀身には古い呪文が隙間なく彫りこまれていた。

 そして……また変化して、ついに竜を象った美しい彫金の指輪になって床に転がった。蒼白で細かく震えているクライブに床から拾い上げた指輪をガリオールがクライブの右手にはめる。

「クライブ国王陛下、ご即位おめでとうございます」

 クライブの体調が悪いため仰々しい言葉も無い。儀式もそこそこに王となったクライブを祭祀所から退室させてガリオールは残された前王の半身に目を向けた。

「今からそなたはコーラルの名を与えられた。今日より上位の魔道師として魔道師庁のために力を尽くしてもらう」

 ガリオールの言葉にコーラルは深く頭を垂れた。

「コーラルの名を頂き魔道師庁の末席に加えて頂き真に有難うございます。魔道師庁のために生々世世力を尽くします」

 ガリオールはコーラルの言葉に満足してうなずくとクロードに視線を向けた。物事を粛々(しゅくしゅく)と済ませたい性格のガリオールにとって、仕方の無い事とはいえいろいろ省略した今回の祭祀は不満が残る。だが、一応すべてやるべきものの核は恙無く終わり、ガリオールはほっと胸を撫で下ろした。

「クロード様、今から国王クライブ陛下付きの魔道師としてサイトスの魔道師庁に属して頂きます。この度は準備期間が無くて魔道師としてのお勉強も中途でございましょうから続いてサイトスで学んで頂きます。……クロード様?」

 あまりの反応の無さに言葉を止めてガリオールがクロードに近づく。

「クロード様?」

 いつもならいちいちガリオールのいう事に反発したり、質問したり姦しいほどなのに大人しいというよりはまるで人形のように黙っているクロードの顔を両手で自分のほうへ向けてじっくりと見る。

 表情の無い顔、目の瞳孔が開き反応もなく、綺麗に切り揃えられた前髪がゆらりと揺れた。

 ――術にかかっている?

『解』

 大急ぎで印を組んで大声を出すと、がくりと仰け反ってクロードが倒れた。慌てて支え起こすとガリオールの腕の中でクロードはニ、三度頭を振って目を見開いた。

「ガリオール、祭祀は? 父上はどうなった?」

 その反応にごくりと喉を鳴らしてガリオールが呻いた。

「クライブ様でございますか?」

「何を言っているのだ、ガリオール?」

 言ってから自分の着衣に気付いたのか不思議そうな顔になった。

「何で私がローブを着ているのだ?」

「申し訳ございません、失礼いたします」

 王の遺体も唖然としているクライブもその場に残したまま、ガリオールが急いで魔道師庁から出て行った。

「やられたな、何か企んでいると思ってたが……ルーク、ガリオールの顔を見たか?」

「クロード様は『鍵』をどう使うおつもりなのか、どう使ってしまうのかが問題だ」

 灰色の瞳が心配そうにガリオールの走り去った方を見据えた。


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