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囚われの君

「これで少しは解かったんじゃないかい、人の痛みがさ」

「おまえは人なんかじゃないだろ。それよりあの時左腕を無くしたはずだ」

 突き立てられた剣の場所から血が流れて、ユリウスの顔から血の気が失せていく。

「そうそう、両手が揃ってないと印も組めないし困ったよ。ベオークに帰ってどうしようかと思ってたんだが……丁度寝込んでいる奴がいてさ」

 くつくつと笑う酷薄な笑顔を見て、ユリウスは、トラシュの姿を纏っていても自分との相似を認めざるを得ない。

「ビカラの腕を……奪ったのか……」

「奪ったんじゃない。ちょっと借りただけさ。ビカラにはもう要らないだろう。寝台から動けないんだし……ね」

 バサラはユリウスに立てた人差し指を横に振って否定の仕草をした。だが、言っている言葉はそれを肯定している。

「あれどうした? 気分でも悪いのかい? 顔色が悪いよ……」

 壁に突き刺された左手を残し、貧血のせいで身体がふらつき、崩れるユリウスを抱きとめてバサラは剣を抜いた。そこへぱたぱたと軽い足音が聞えた。

「兄様、クロードいました?」

 アリスローザが部屋に走り込んで来て……止まる。

「兄様……?」

「おや、下で止められなかったのかい? 二人ともお楽しみに夢中なのはいいが、鼠が入って来たのに気付かないとは……やれやれ」

 穏やかな声で話すのはいつもの兄だ。でも、トラシュに抱かれているユリウスの左腕からは血が流れ、トラシュ本人の持っている剣には、ユリウスのものと思しき血がべっとり付いている。

「……兄様、ユリウス様はどうされたの……?」

 この光景を見てさえ、アリスローザはトラシュがユリウスを刺したとは思えない。意味が知りたくて、おろおろと目の前の兄に尋ねる。

「ああ、ユリウスがいう事を聞かないものでね、つい」

 妹の問いに口をにんまりとさせて笑うトラシュに、ようやくアリスローザも疑うような目を向けた。

 ――これは兄ではない。

 急に恐ろしくなってアリスローザが後ろへ後ずさるのを追うようにトラシュが一歩一歩前に出る。

「あなたは誰なの?」

「何を言ってる、私はトラシュだよ、アリス。父上に予定が変わって私は、ユリウスとモンド州の廟に行くと伝えておいてくれ」

 トラシュはアリスローザにそう言い置くと、ユリウスを荷物のように肩に担いだ。そして剣に付いた血を自分の上着で拭いて鞘に戻し、素早く印を組む。中央にある檻のことなどもはや眼中にない。トラシュの周りにぐるぐると風が巻き起こり、その渦の中に入ったままトラシュは大きく開いた窓から出て行った。

 ――何なの? 

 後にはぺたりと座り込んだアリスローザが取り残された。

「お前達、久しぶりで仲良く遊んでいるのもいいがそろそろ終わりにしなさい。モンドの廟に行く」

 対峙している二人の間にユリウスを担いだバサラがふわりと降りて、振り下ろされた互いの剣を呪で弾いた。

「カルラ様、血が」

 ラドビアスが担がれているユリウスの垂らされた左腕の傷に気が付いて、手をだそうとするのをバサラが払い退けてユリウスをインダラに渡す。

「おまえにはやってもらう事がある。竜門を開けて案内しろ、モンドの廟だ」

「……バサラ様」

 躊躇(ちゅうちょ)するようにバサラから目を背けるが……がくりと首をうな垂れて観念したようにラドビアスは印を組んだ。

「アルベルト、ルーファス、サイロス 、解せよ」

 暗闇がぱっくりと口を開けた。

「じゃ行こうか、久しぶりだな……サンテラもいてカルラもいる」

 バサラが歌うように言うのをラドビアスは背中で聞いて、悔しそうに唇を噛んだ。




 レイモンドール国の首都サイトスの主城。その王の寝所にガリオールが(ただず)む。

 ――現王コーラルが二十七歳で即位してわずか十四年。なんと短い在位か。

 即位して直ぐに双子を授かった時点でこの王の治世は短いものになるとガリオールは思ったものだが、

普通は双子の成人を待ってからの崩御(ほうぎょ)となる例が多い。

 まれに王があまりにも高齢で双子を儲けたときなど成人前に崩御する事がある。それでも魔道の加護に護られているのか、王は人間の寿命に逆らうように永らえ、大抵は、双子が十七歳までになるまでこの世に留まるものなのに。

 ――わずか十四歳とは……。

 今迄ここまで年少で『鍵』と契約を交わした王はいない。果たしてクライブ様は子を成すことができるのだろうか? 今回は何もかも今までと違うようだ。

 今朝から剣は幾度も姿を変えて『鍵』に戻り、陽炎のような空気の歪みが今も剣を取り巻いている。ガリオールにとって要は王自身のことより『鍵』を何事もなく次の王へ引き継ぐことが大事なのだ。

 このレイモンドールを今ある形で恙無(つつがな)く動かしていくことこそが彼の使命である。王はそのための駒……重要な駒の一つでしかない。王という器が大事なのであってその中身については王の血を継いだ双子の一人なら顔ぶれが変わろうとあまり関係ない。何十年かでどうせ変わっていくのだ。

 まあ、御し易い人物にこしたことはない。

「父上……」

 クライブが心配そうに父親の手を取る。それを見て、自分の思いに埋没しかかっていたガリオールははっと意識を戻して先程の考えなど気取られぬように顔を取り(つくろ)った。


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