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トラシュを纏うバサラ

「ここは私が」

「じゃあ頼むよ、インダラ」

 そう言って先を急ごうとするトラシュに、ラドビアスが打ちかかろうとするのをインダラが割って入る。

「おいおい、おまえの相手は私だ」そう言いながら素早く間合いを詰めると、インダラは空いている手でラドビアスを殴りつけて離れた。ラドビアスはトラシュに気を取られていたため、(あご)にインダラの拳をまともに受けて体勢をくずされるが、懐からダガーをインダラに立て続けに三本投げつけた。その間に充分な間合いを取る。

 太いラドビアスのバスターソードに対して、インダラの持つレイピアは細長く不利に見える。しかしインダラは余裕の笑みを浮かべた。

「久しぶりに打ち合える機会は嬉しい限りだが、時間稼ぎのつもりか? あきらめるんだな。この五百年カルラ様を独り占めにしていたのだからな。もうそろそろ主にお返しするのが筋というものだ」

「カルラ様と私はおまえのような下種が考えるような関係ではない。変な勘ぐりはやめろ」

 ラドビアスがバスターソードをインダラに振り降ろす。インダラはそのバスターソードをレイピアの柄のところで受け、金属がぶつかる音が大きく響いた。その剣にひらりと足をかけて弾みをつけて宙返り、ラドビアスの後頭部を狙ってレイピアを付き込む。それを間一髪、ラドビアスはバスターソードで頭上で跳ね返しざま、着地しようとするインダラの背中を蹴りつけた。

 また一たび二人は睨みあう。

「おまえも存外甲斐性が無いな。まあそれなら我が主だけが、カルラ様と結ばれたお一人だと考えてよいのか? それは我が主は喜ばれるだろう」

「うるさい」

 ラドビアスの頬をレイピアが風を切る音とともに掠り血が滲む。

「動揺しているみたいだな、相棒?」

 楽しそうにインダラは円を描くように足を運ぶ。

「おまえの話は昔から自分が思っているほど面白くない」

 ラドビアスが頬の血を手で拭った。




 階段を登りながら香の匂いがするのにトラシュが気付いて顔をしかめる。

 ――嫌な……匂いだ。

 ある部屋の前で特にその匂いがきつい。

 ――この中か。 

 トラシュは扉を開けると同時に印を組み呪を唱える。

『風勢我に寄りて力を成し外法を排外せしめよ、廃呪、解毒、封緘せよ』

 呪文が終わるやいなや、突風が吹いて窓が大きく開いた。 するとその風はうずを巻き、部屋中に満ちていた香を香炉ごと吹き飛ばし、部屋を覆っていた結界まで消してしまった。

「カルラ久しぶりだな、元気そうでなにより」

 久しぶりに会ったふつうの兄弟のような挨拶をして、部屋に入ってきたトラシュにユリウスの印を組む手が止まる。

「トラシュ……じゃない。いつからだ、バサラ」

「うーん、ほんの十日前くらい……かな」

 ――ではこちらに来た時にはすでに成り変っていたということか。 驚愕(きょうがく)するユリウスにおかまいなくバサラは目の前の球体に目をやる。

「さて、その檻を解して中の獣を返してもらおうか。一応私達の兄と呼ばれているばかが入っているのだろう? 禁術で作った檻はどうも私の呪法では解けないようだ」

 宙にふいっと浮かぶと、足を組んでトラシュの姿でバサラがにやりと笑う。

「それに入っているばかを返すから、それ持って家に帰るっていうのは無理だろうな」

「そりゃあ、無理だな。何年好き勝手させていたと思っているんだ、家出少女君」

「少女じゃない!」

 バサラは声を荒げるユリウスの前にすとっと降りると、ゆっくり顔をめぐらした。

「そうかな? 少女に見えるけど……普通百年以上、幼体のままなんて考えられないけどね」

 ユリウスの顎を掴んで引き寄せるのをぱしりとユリウスが払う。

「幼体……だと?」

「おまえの体の事だよ。今でも前のままであるならね」

 横を向いたユリウスを目だけで追って、バサラはクスリと笑った。

「普通は遅くても四、五十年も経てばどちらかの性に決まるというのに、おまえときたら今だにどちらでもない。……いやどちらにでも変わる可能性のある体のまま。なぜかな?」

「知るわけないだろう、そんなこと!」

 自分が気にしていることをずけずけと言うバサラにいらいらとユリウスは返す。

「私が思うに……おまえは自分が女性になることを拒否しているくせに、男性化に背く想いを抱いているから……じゃないか?」

 ユリウスの背後にまわりこんで楽しそうにバサラは(ささや)く。

「おまえもつくづくひつこいよね、ヴァイロンにこだわっているのだろう」

「ばかばかしい!」

 ユリウスが思わず大声を出した。

「クビラがばかだと思っていたがおまえも底なしのばかだ。ヴァイロンは私がレイモンドールに逃げ込むために利用しただけの男だ。実際一緒にいたのだって合わせても一年に満たない。それを、何だって……」

「その通り、ヴァイロンはそれだけの男だ。しかもあいつが死んだのはもう何百年も昔だ。いくら私達が長生きだからって一途にも程があるというものだ。おまえ、女性としてヴァイロンに思いを告げたかったのじゃないか? それが原因だと思うけど」

 バサラは最後に少しばかにした口調になり、ふんと鼻をならした。

「吟遊詩人かおまえは。話を作るな!」

 ユリウスが毒づいてもバサラは気にも留めない。

「いろんな女で試したがどの女も(はら)むことは出来なかった。やっぱりおまえしかだめなようだよ」

 言いながら、バサラがユリウスの背中に手を回す。

「何言ってる! ハイラがいるだろう、この嘘つきめ!」

「あ、ああ……」

 ユリウスの言に眉をひそめて、バサラはハイラの姿を思い出して苦い顔をする。

「あれは……女どころか人の姿とも思えないじゃないか。カルラ、おまえと私は特別だ。いいかい、よく聞いて、カルラ。他の奴らには触れさせない、私と共にベオークへ帰ろう。私が守ってやると言っただろう?」

 甘い言葉を紡ぐバサラの腹にがしっと肘を打ちつけて、ユリウスがバサラから逃れた。

「ばかが! 寝言は寝てから言え! 自分の母親と寝てたくせに! 何が特別だ! 他の奴に触らせないだと? 自分の血しか残したくないだけだろうが!」

 ユリウスはが次々と術をとばすが、バサラは易々と防いでユリウスを追い詰めて行く。

「正直、兄上たちは鬱陶(うっとう)しくて仕方がない。おまえがビカラの息の根を止めてくれたら良かったのに。中途半端にしておくから後が大変だったんだよ」

 ひょいとユリウスが飛ばした炎で出来た剣をバサラは頭を傾けて避ける。 そして腰の剣を抜いてあっという間も与えず、ユリウスの左腕ごと壁に突き刺した。

「ぐはっ!」

 痛みに顔を歪めるユリウスに長い口付けをして、バサラはにやりと唇を上げる。

「痛いだろう? 四百五十年前くらい前だったか……確か私も左腕を傷つけられて痛かったな。あれはザーリア州城の地下だったよね、カルラ」

 懐かしい昔話でもしているようにバサラが穏やかに言う。


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