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仕掛けられた罠

「えらく積極的だが……おまえ見た目よりごつい体だな……」

 しかも腕がどんどん締め付けてくる。

――力自慢の俺が抵抗できないほどなんて……いくら何でもおかしい。

 息が苦しくなり力を振り絞って、ユリウスの体を()ね退けよう顎に手をかける。渾身(こんしん)の力で後ろへ押すと、ぼきりと骨の折れる音がした。驚いたクビラにあらぬ方から声が聞こえる。

「何びっくりしているんですか、だからあんたは何百年経っても鳥頭なんだ」

 擬態を解いて元の姿に戻ったクビラが声のした方へ顔を向けると、部屋の北東の隅に見知った姿を認め、びくりとおのれを抱く物……に視線を戻す。

 術を施そうにも両の手を拘束されて締め付けてくる腕の中、クビラは自分が捕まっている物の仰け反って開いた口の中に折られた紙片を見つけた。

 口を使って食いつくようにそれを取り出すと床に吐き捨てると、途端にユリウスの姿は消えうせ、それは若い男の姿に変わった。その男はすっかり血を抜かれたのか体が(ろう)のように白い。

「昔も趣味が悪かったけど今でもバカで変態なんだな、死体に口付けしたりしてさ」

 ユリウスが印を組みながら笑った。

「くそっ」

 クビラはぎりぎりと体を締め付ける死体と格闘しながら、それでもだんだんとその関節を一つ一つ外していく。

 それを見てユリウスは印を結ぶスピードを上げて、呪文を唱える口調も早口になる。そして大きくレーン文字の開始を表す『カノ』の文字を宙に描いた。

包蔵(ほうぞう)せよ』ユリウスの声の後、床に昨晩、血で描いて隠蔽(いんぺい)魔法で隠していた魔方陣が浮き上がった。それはたちまち柵状になりクビラを取り囲む。鳥かごのようなそれの柵の太さがどんどん太くなり隙間を埋めていく。

「くそうっ、やめろ」

 片手が自由になったクビラがそこにシャムシールを抜いて投げつけた。後僅かで閉じようとしていた隙間にそれは突き刺さり、動きが止まる。大きく舌打ちしたユリウスが隙間に打ち込まれたシャムシールを抜こうと手を差し入れるが、その手はがしりと太い腕に掴まった。

「捕らえたぜ、カルラ」

 思ったより早く死体から自由になったクビラにユリウスが目を見開いた。

「捕らえたと言っても腕だけじゃありませんか。欲しいのならその刀を抜いて切って持って帰ればいい」

「何だと」

 クビラに力一杯引っ張られて肩口まで隙間に引きずり込まれてなお、ユリウスの憎まれ口は止まらない。

「この隙間から無理やり引っ張り込んで体中ちぎってやってもいいんだ。その時になって泣いて謝っても遅いんだぜ」

 脅しなのか、本気なのか殆ど笑い声のクビラが掴んだユリウスの手をぺろりと舐めた。

「気持ち悪いことは止めてください、そんな事をしなくてもあなたは充分気持ち悪いんだから」

 尚も逆なでする言葉にクビラがユリウスの腕に噛み付いて、それには流石のユリウスも悲鳴を上げた。

「痛い、やめろ」

 その声にクビラはにやりと笑う。もう一方の手を隙間に差し入れてぎりぎりと音を立てながら広げようとするのをユリウスは声も無く見つめる。

 ――血の魔方陣で作った檻を力技で壊そうとするなんて……なんてばか力なんだ。

 ぐにゃりと頭一つ出るくらいに広げた隙間からクビラが頭を出した。

「誰が気持ち悪いって? 良く聞こえなかったな。今近くへ寄るからもう一回言ってくれ」

 クビラの力を見くびっていたかとユリウスは唇を噛んだ。

「……しかし何だ、さっきから匂っているこの匂いは……嫌な匂いだ」

 クビラが鼻をひくつかせて顔をしかめる。

「そうですか? 私は全然気になりませんけど」

 クビラの様子にユリウスの目が細くなった。

「それ、このレイモンドール固有の香木が主成分なんですけどね。体の動きを阻害する毒性が強いんですよ。それに何種類かの呪草を混ぜて作ってあるんですが。面白いことにレイモンドール生まれの者や、長年居る者は耐性が出来ているようでこの毒は効かないようですよ」

 ぜえぜえと浅い息をし始めたクビラを見ながら、ユリウスはゆっくり話しを続ける。

「だから呪法を行う時の基本の香にしているんです。だけど大陸の出のあなたにはやはり毒性が強いでしょうね」

 脂汗を流してクビラは、ユリウスの手をついに離すと床に倒れ込んだ。それと同時にユリウスが隙間に刺さった剣を抜いた直後に檻はぴったりと閉じた。腕を擦りながらゆるりと笑うユリウスの前に巨大な球体が出来ていた。

「焼尽呪文で骨まで灰にしてやる。アニラを……母を殺したつけを払ってもらうぞ」

 そう言ってユリウスは剣を放り投げた。



「兄様、トラシュ兄様」

 サロンから中座したトラシュに妹が声をかける。

「どうした? アリス」

「小宮に面白いものを見に行かないこと?」

「面白いもの?」

 手を後ろ手に組んでにこにこと見上げるアリスローザに、トラシュが足を止めて聞く。

「クロードがトーマスに小宮で剣術を習っているの。今朝、従者がトーマスを呼びに来たのよ」

 くすくす笑いながら話すアリスローザにトラシュの眉がぴくりと上がった。

「それでトーマスは行ったのか」

「え? ええ……」

 兄の険しい顔にアリスローザはびっくりする。いつも穏やかな兄がついぞ見せた事の無い表情だったからだ。

「いけなかった……かしら?」

「いや、いい。行ってみる」

 そう言ってトラシュがアリスローザをおいたまま走り出す。アリスローザも後を追って走るが、あっという間にトラシュの後姿は見えなくなった。

 ――一体どうしたの? あんな兄様初めて見たわ……。

 でもこのところ少しおかしいとは感じていたのだ。いつもとは違う……どこがどうとは言えないのだが、ただ一番変なのは私の事をアリスと呼ぶことだ。今迄アリスなんて呼んだことは無かったのに……?

 取り残されたアリスローザは首を傾げて小宮へ歩き出した。


 印を組んで距離をショートカットしながらトラシュは唇を噛んだ。

 ――クビラ、カルラに落ちたか。

「お呼びですか」

 指を鳴らすと後ろに黒い人影が現れてついて走る。小宮の入り口で二人は急停止した。目の前には一人の男が長刀を下方に構えて立っていた。

「サンテラか、持ち慣れぬ刀を持っているな。おまえは短刀の方が好みだと思っていたけど」

 ふっと笑ってトラシュが言うと、横の黒髪の男がすらりと自分の得物を抜いた。


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